夜は煌々としたくないので壁掛けのベットライトだけつけてる。その柔らかい灯りだけが課題を片付けてる手元を照らした。
「ぁ……」
端に置いてあったスマホが目に入った。
そうだった。
スマホを手に取ってメールのアプリを開く。
『前の〇〇美術館主催の海の絵のコンテスト
の結果が今日出てたよ』
画面に表示されたメッセージを読み返す。
もう一度書き直そうか迷った。
「……」
既読めすぐには付かずスマホはベットにほっぽった。そしてまた机に向かう。
しんとした部屋で聞こえてくるのはペン先が髪を滑る音とかすかに鳴る時計の秒針。
そんななか通知音が鳴ったのは一時間後だった。
『結果見たけどダメだったー』
返信を確かめて妙に脈が落ち着いた。
『そっか』
『奏斗君は?
どうだったの?』
『同じく』
それから一瞬間を置いて一通来た。
『今電話していい?
うるさくなっちゃう?』
『いいけどなんで?』
時計の針を見た。時刻は大体十一時半くらい。
『勉強で分かんないところがちょっとあったから』
『分かった』
するとすぐに着信が来た。
『グッドイブニング』
夜なのにいつもみたいに跳ねた声。
でもスマホ越しで近く聞こえる。
「どうしたの?」
『英語で分からないところがいくつかあってさ』
紙の擦れる音が向こうからわずかに聞こえる。
棚の教科書を見た。
「教科書の問題?」
『えっとね、違う。問題集のやつなんだけど、言ってくから問題写してくれる?』
「分かった」
スマホを机に置いてスピーカー通話にして、十分程経った。
『なるほど、夜遅いのにありがとね』
「ううん」
向こうで通話終了ボタンに指がスタンバイされてる気がした。
『じゃあ――』
「ちょっと待って」
また脈が速くなる。
彼女は少し待ってそれから『なに?』と呟いた。
「……あのさ」
『うん』
そんななんでもない様子の返事に余計言葉が詰まる。
「さっき言ったコンテスト、ある、じゃん」
『うん』
「そのコンテストの展示会あるんだけどさ。一緒に行かない?……」
『……』
語尾にかけて何だか小さくなってしまった。
こんなにならなくてもいいのに。
もう一度言おうと迷う。
『なんか意外だね』
それからちゃんとこっちに聞こえるくらいクスクス笑われた。
ためらってたこっちがおかしかったみたいに。
「別にいいでしょ。それとどうなの? 展示は明後日だけど……」
『えっ、あぁ行きたい。日曜日は大丈夫だよ』
『行きたい』という言葉にどこか安堵して「そう」と息みたいな声が出た。
「それなら待ち合わせ場所とか時間はまた明日でいい?」
『いいよ。楽しみ』
「うん。じゃあ、おやすみ」
『おやすみー』
そして電話を切った。
無意識に背もたれに体重を預けた。
特に理由は無かった。ただ今日の昼にサイトを開いたて展示会があることを知った。それでなんとなく彼女の顔が浮かんだ。ただそれだけ。
軽く息を吐く。
もうその日はノートを閉じて横になった。電気は消えてるがカーテン越しの外の灯りで部屋がぼんやりと分かる。それからちょうど虫の「チリチリ」と鳴きだした頃にまどろみだした。
予定の詳細は後日決めて午後の三時半に展示会場に近い駅の前で待ち合わせとした。
夏休みの三時頃はだいぶ気温が高い時間帯だが、都合上そうなってしまった。
「……ふぅ……」
蝉の声がうるさいのもあるのか額や背中に汗をじんわりかき始めた。
「やっほー」
胸元のシャツで仰いでいると改札を出る人の中から彼女が現れた。
「そんなに待ってた? 暑そう」
「いやまだここ来てから数分くらい経ってないよ」
「容赦ない暑さだね……」
笑真がそう苦笑いした。
「……」
「……」
そして言葉が止んでしまった。
「やっぱり、珍しいね」
「え?」
「二人だけじゃん。寂しいわけじゃないけど人がいないなって」
確かに静かな雰囲気ではあった。誰かと会う時は大抵部活の複数人とだった。
「それに奏斗君から誘われるのも初めてだし。なんか緊張してる?」
「してないよ。でも慣れてないかな」
曖昧に口元を笑わせて視線を逸らした。
すると急に顔を覗かれて目が合う。
「ふーん」
「なに?」
今度は逃げるみたいに笑って笑真の肩を少し遠のけた。
「もう行こ」
「うん」
足を動かし出すと彼女もついて来る。
横目でチラチラとみられてる気がしたが気にせず進む。
駅前は大きな公園のようになっていて花壇や噴水がある。そしてそこからは海が見える。砂場はなくてどこまでも青い。
「あっちーいね。飲み物買ってもいい?」
いつの間にか前を歩いてた白いワンピースの笑真が道端の自動販売機を指した。
「どうぞ」
千円札が投入された。
「せっかくなら奏斗君のもね」
一本麦茶が出てきた後、お釣りのレバーではなくもう一度ボタンに手を伸ばす。
「悪いしいいよ」
「いいの」
「ピッ」という電子音と共にまた「ガシャン」と落ちてきた。
そして当たり前みたいに冷えた麦茶を渡される。
「今日誘ってくれて嬉しかったから気にしないでいいよ」
暑いせいなのか頬を赤ながら笑ってた。
「……そう……」
「ありがとう」と素直に口から出てこなかった。
「ねぇ、あともう少しで着く?」
少しだけ中身が減った麦茶の口を閉める彼女はさっきより暑そうではない。
「そうだね」
「やったあ」
それからスキップし出した。ふわっとした髪と服の生地が軽やかに揺れてる。
しばらくしてモール近くにある貸切のギャラリーに到着した。
「美術館主催なのにギャラリーなんておかしくない?」
笑真が入り口に置いてあった美術館のパンフレットを手に取った。
「まぁ、確かに」
気の抜けた返しをして同じようにパンフレットに手を伸ばす。
一歩踏み出すとドアが開き涼しい風が流れてくる。
ギャラリーの一番最初の展示は今回のコンテストの最優秀作品で額装のされて主役のようだったた。
「綺麗だね」
幻想的な絵だった。魚と思いきや魚の形をしたゴミが差し込む光に照らされているものだった。遠くの方に小さく魚の群れの様なものが見えるが大半が捨てられたものでできてる。
さすが、最優秀。
「そうかな?」
振り向くと彼女は眉間に皺を寄せてる。
口を軽くへの字にして視線はまるで作品を撫でるみたいに何回も行き来してた。
「あんまり納得しないかな」
「辛口評価だね」
「あるあるじゃない?」
その絵を見る時の眉が顰められてた。
他にもギャラリーには入賞作品と参加賞だが選ばれた作品があって気ままに見て回っていた。暑いからなのか二人と受付の人以外の人はいない。
「ねぇ、見て」
音一つならない空間で声が響く。
手招きされたままに彼女の方に寄った。
「奏斗君の」
指されたのは忘れかけてた海の絵だった。
参加賞だが展示には選ばれていたらしい。
「やっぱりいい。これ」
水族館に行った時のことを思い出させた。
「ありがとう。そういえばさっき笑真のも見たよ」
「ほんと? どこ」
すぐ近くにあった。
久しぶりに見たこの絵。
正直、賞なんか当たり前にとれるんじゃないかってくらいいいと思ってた。
「これ写真に撮っといてもいい?」
「いいよ。私も奏斗君の勝手に写真撮ったからこれでチャラね」
「うん」
一枚、写真に収めてブレがないか確認した。
「気に入った?」
「うん。綺麗でいいなって思う」
「やったあ」
するとその何倍も嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。
勝手とこちらも頬が上がる。
「そろそろいっか。もう出る?」
だいぶ時間が経っていた。だいたい一時間くらい。
「そうだね。あと行きたいところが近くにあるんだけどいい?」
「うん、いいよ」
ギャラリーを出てモールの中にある書店に寄った。
真っ先に向かったのは芸術、手芸コーナー。そこに前から気になって本があるらしい。彼女はあらかじめ決めてたポーズ集をレジに持ってって買い物を済ませた。
それから、本屋の隣の服屋にも軽く寄る。ただ彼女の気のままについて行くだけだけど時間の流れは遅くない。
「奏斗君って柔らかい色の服着てるけど黒もぱっきりしてかっこいいと思う」
笑真が黒のシャツを服の上から重ねてきた。
「そう?」
隣の壁の鏡の中にいる自分を見てみた。
確かに少し見慣れはしないのかも。
「ねっ?」
鏡に映ってる彼女と目が合う。
「ねぇ、奏斗君も私に服選んでみて」
目を輝かせて言われた。
だから、少し意地悪に今笑真の持ってる黒シャツを指さした。
「笑真も黒いのいいと思うよ」
「えっ。それはつまんないー」
言い方が少し子供っぽかった。
「仕方ないなー」
そう言って笑ったが何も嫌じゃない。
シャツを戻してトップスコーナーを見て回った。
何着かの中から灰色の模様が入ったTシャツが目に入った。彼女のサイズを大体見取って少し大きめのサイズを手に取って彼女に向ける。
「これいいんじゃない? 白と黒のデザインもシンプルだし濃いめのジーンズとか合わせたらラフな感じじゃない?」
「いいじゃん」
彼女が満足げに目を細めてシャツを手に取り、自分に合わせた。
「なんかさ、服選んでもらうときって相手がどんな風に自分のこと見てるかちょっとだけ分かるのが楽しくない?」
「確かに」
しばらくして外に出てみるとさっきよりも風がやや涼しい。西陽も沈む寸前に近くて人もそこまで多くない。
ただともり始めた街灯の色が優しい。
「暗くなるの早くなったね」
空がまだほんのり青をまとってた。
「そうだね。これからもっと短くなるよ」
「でもまだ夏って感じで寂しいくはないかな」
「うん」
「……」
しばらく笑真片手に持たれたビニール袋、靴と地面、少し先の話し声だけが流れた。
二人とも何か気にするわけもなく遠くの建物を眺め駅まで向かってた。ただたまに出くわす陽気な会話をする浴衣姿の人が目に入った。
「なんかみんな浮かれてるね」
帰り途中だった。
丁度駅とさっきのモールの間、歩いてた大通りにある広場で何だか騒がしい。
「今日ってお祭りだったんだ」
提灯や屋台の文字が色鮮やかに光っていて遠くからでも分かる。中には一際賑わってるビールが売ってるキッチンカーもあった。
近づくにつれて人の活気な声や屋台で何か焼いたり靴や下駄が地面を叩く物音が大きくなる。
かなりの人混み具合だが他の駅への行き方は知らないので仕方なくその広場を突っ切らなくてはならない。
「すみません……」
そう言って行列の間を通してもらう。だが周りの雑音にかき消され誰にも伝わってなかった。そのせいでどうしても人とぶつかり蒸し暑く、そしてなかなか進まない。
「……」
一人挟んで斜め後ろに居た笑真を振り返った。
眉をひそめてる。人を避けてこちらまで歩こうとしてるのに距離が離れるばかり。無言だけど目線だけずっとこちらに向けられててる。
歩くペースを落とし、少し開けた所で彼女が来るのを待った。
「笑真……」
小さく、ただ口を動かすように彼女を呼んだ。目があってすぐに人の間を抜けて来てくれた。
「こっち……」
できるだけ人の少ない方に。
「すみません……」
すぐ後ろで笑真の気弱な声が鮮明に耳に届いた。振り向くと彼女が誰かに当たったらしく自分の身をギュッと縮めてる。
その姿を見てためらいながら手を彼女に伸ばした。
もう前に出してしまえば戻れない。
でも見てられもなかった。
「ほら……」
ぎこちなく指先を伸ばしてほんのり触れる。ふわっと体温が伝わった瞬間に体がざわついた。
でもその柔らかさが気に障ることはない。
「……」
包んだ指を引き寄せてどこかに迷ってしまいそうな間隔をそっと縮めた。
「痛くない……?」
彼女の手を薄いガラス細工みたいに思えた。
指が細くて少し小さい。
「うん。大丈夫」
その返事だけがはっきり耳に届いた。
足を動かす間ずっと数歩先の地面だけが見えてた。いつも自分がどこに目を向けて歩いてたか思い出せずにいたから。
「……」
気づけば人混みを抜けてた。
手を離すべきなのか、指の力を弱めてみたがその気配はない。
「奏斗君ってさ……」
急に足が止まった。
振り向くと笑真が暖色の街灯に照らされて立ってる。
「うん……」
向けられた視線がまるで網膜まで見透かされてるみたいだった。
「なんかさ、」
妙に声が遅かった。
「紳士だよね……」
「え?」
あまりにもポツンとした印象で思わず吹き出した。
「なにそれ。そんなこ――」
「って思ったけどね、案外そうじゃないんだなー。これがね。玉に瑕ってやつ」
「……それは、悪口?」
「ぜーんぜん」
言い方だけは嘘っぽい。
「むしろ、近い存在なんだって嬉しさがある」
優しく細まった目がじんわり顔を熱くさせる。
「それは精神的に? それとも物理的に?」
繋がれた左手が妙に汗ばんだ。
「えっどっちも」
「……そう……」
上手く口が動かなかった。
あまりにも自然だから。
「なんで、嫌だった?」
たゆんでいた腕がピンと張るほどに引っ張られた。
そのせいで顔が一歩分近くなる。
「いや……」
左手で口を隠した。
目が勝手に空の方へそれる。
「なんか、照れる……」
指で軽く突かれた。
「めっちゃにやけてんじゃん」
「ぁ……」
端に置いてあったスマホが目に入った。
そうだった。
スマホを手に取ってメールのアプリを開く。
『前の〇〇美術館主催の海の絵のコンテスト
の結果が今日出てたよ』
画面に表示されたメッセージを読み返す。
もう一度書き直そうか迷った。
「……」
既読めすぐには付かずスマホはベットにほっぽった。そしてまた机に向かう。
しんとした部屋で聞こえてくるのはペン先が髪を滑る音とかすかに鳴る時計の秒針。
そんななか通知音が鳴ったのは一時間後だった。
『結果見たけどダメだったー』
返信を確かめて妙に脈が落ち着いた。
『そっか』
『奏斗君は?
どうだったの?』
『同じく』
それから一瞬間を置いて一通来た。
『今電話していい?
うるさくなっちゃう?』
『いいけどなんで?』
時計の針を見た。時刻は大体十一時半くらい。
『勉強で分かんないところがちょっとあったから』
『分かった』
するとすぐに着信が来た。
『グッドイブニング』
夜なのにいつもみたいに跳ねた声。
でもスマホ越しで近く聞こえる。
「どうしたの?」
『英語で分からないところがいくつかあってさ』
紙の擦れる音が向こうからわずかに聞こえる。
棚の教科書を見た。
「教科書の問題?」
『えっとね、違う。問題集のやつなんだけど、言ってくから問題写してくれる?』
「分かった」
スマホを机に置いてスピーカー通話にして、十分程経った。
『なるほど、夜遅いのにありがとね』
「ううん」
向こうで通話終了ボタンに指がスタンバイされてる気がした。
『じゃあ――』
「ちょっと待って」
また脈が速くなる。
彼女は少し待ってそれから『なに?』と呟いた。
「……あのさ」
『うん』
そんななんでもない様子の返事に余計言葉が詰まる。
「さっき言ったコンテスト、ある、じゃん」
『うん』
「そのコンテストの展示会あるんだけどさ。一緒に行かない?……」
『……』
語尾にかけて何だか小さくなってしまった。
こんなにならなくてもいいのに。
もう一度言おうと迷う。
『なんか意外だね』
それからちゃんとこっちに聞こえるくらいクスクス笑われた。
ためらってたこっちがおかしかったみたいに。
「別にいいでしょ。それとどうなの? 展示は明後日だけど……」
『えっ、あぁ行きたい。日曜日は大丈夫だよ』
『行きたい』という言葉にどこか安堵して「そう」と息みたいな声が出た。
「それなら待ち合わせ場所とか時間はまた明日でいい?」
『いいよ。楽しみ』
「うん。じゃあ、おやすみ」
『おやすみー』
そして電話を切った。
無意識に背もたれに体重を預けた。
特に理由は無かった。ただ今日の昼にサイトを開いたて展示会があることを知った。それでなんとなく彼女の顔が浮かんだ。ただそれだけ。
軽く息を吐く。
もうその日はノートを閉じて横になった。電気は消えてるがカーテン越しの外の灯りで部屋がぼんやりと分かる。それからちょうど虫の「チリチリ」と鳴きだした頃にまどろみだした。
予定の詳細は後日決めて午後の三時半に展示会場に近い駅の前で待ち合わせとした。
夏休みの三時頃はだいぶ気温が高い時間帯だが、都合上そうなってしまった。
「……ふぅ……」
蝉の声がうるさいのもあるのか額や背中に汗をじんわりかき始めた。
「やっほー」
胸元のシャツで仰いでいると改札を出る人の中から彼女が現れた。
「そんなに待ってた? 暑そう」
「いやまだここ来てから数分くらい経ってないよ」
「容赦ない暑さだね……」
笑真がそう苦笑いした。
「……」
「……」
そして言葉が止んでしまった。
「やっぱり、珍しいね」
「え?」
「二人だけじゃん。寂しいわけじゃないけど人がいないなって」
確かに静かな雰囲気ではあった。誰かと会う時は大抵部活の複数人とだった。
「それに奏斗君から誘われるのも初めてだし。なんか緊張してる?」
「してないよ。でも慣れてないかな」
曖昧に口元を笑わせて視線を逸らした。
すると急に顔を覗かれて目が合う。
「ふーん」
「なに?」
今度は逃げるみたいに笑って笑真の肩を少し遠のけた。
「もう行こ」
「うん」
足を動かし出すと彼女もついて来る。
横目でチラチラとみられてる気がしたが気にせず進む。
駅前は大きな公園のようになっていて花壇や噴水がある。そしてそこからは海が見える。砂場はなくてどこまでも青い。
「あっちーいね。飲み物買ってもいい?」
いつの間にか前を歩いてた白いワンピースの笑真が道端の自動販売機を指した。
「どうぞ」
千円札が投入された。
「せっかくなら奏斗君のもね」
一本麦茶が出てきた後、お釣りのレバーではなくもう一度ボタンに手を伸ばす。
「悪いしいいよ」
「いいの」
「ピッ」という電子音と共にまた「ガシャン」と落ちてきた。
そして当たり前みたいに冷えた麦茶を渡される。
「今日誘ってくれて嬉しかったから気にしないでいいよ」
暑いせいなのか頬を赤ながら笑ってた。
「……そう……」
「ありがとう」と素直に口から出てこなかった。
「ねぇ、あともう少しで着く?」
少しだけ中身が減った麦茶の口を閉める彼女はさっきより暑そうではない。
「そうだね」
「やったあ」
それからスキップし出した。ふわっとした髪と服の生地が軽やかに揺れてる。
しばらくしてモール近くにある貸切のギャラリーに到着した。
「美術館主催なのにギャラリーなんておかしくない?」
笑真が入り口に置いてあった美術館のパンフレットを手に取った。
「まぁ、確かに」
気の抜けた返しをして同じようにパンフレットに手を伸ばす。
一歩踏み出すとドアが開き涼しい風が流れてくる。
ギャラリーの一番最初の展示は今回のコンテストの最優秀作品で額装のされて主役のようだったた。
「綺麗だね」
幻想的な絵だった。魚と思いきや魚の形をしたゴミが差し込む光に照らされているものだった。遠くの方に小さく魚の群れの様なものが見えるが大半が捨てられたものでできてる。
さすが、最優秀。
「そうかな?」
振り向くと彼女は眉間に皺を寄せてる。
口を軽くへの字にして視線はまるで作品を撫でるみたいに何回も行き来してた。
「あんまり納得しないかな」
「辛口評価だね」
「あるあるじゃない?」
その絵を見る時の眉が顰められてた。
他にもギャラリーには入賞作品と参加賞だが選ばれた作品があって気ままに見て回っていた。暑いからなのか二人と受付の人以外の人はいない。
「ねぇ、見て」
音一つならない空間で声が響く。
手招きされたままに彼女の方に寄った。
「奏斗君の」
指されたのは忘れかけてた海の絵だった。
参加賞だが展示には選ばれていたらしい。
「やっぱりいい。これ」
水族館に行った時のことを思い出させた。
「ありがとう。そういえばさっき笑真のも見たよ」
「ほんと? どこ」
すぐ近くにあった。
久しぶりに見たこの絵。
正直、賞なんか当たり前にとれるんじゃないかってくらいいいと思ってた。
「これ写真に撮っといてもいい?」
「いいよ。私も奏斗君の勝手に写真撮ったからこれでチャラね」
「うん」
一枚、写真に収めてブレがないか確認した。
「気に入った?」
「うん。綺麗でいいなって思う」
「やったあ」
するとその何倍も嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。
勝手とこちらも頬が上がる。
「そろそろいっか。もう出る?」
だいぶ時間が経っていた。だいたい一時間くらい。
「そうだね。あと行きたいところが近くにあるんだけどいい?」
「うん、いいよ」
ギャラリーを出てモールの中にある書店に寄った。
真っ先に向かったのは芸術、手芸コーナー。そこに前から気になって本があるらしい。彼女はあらかじめ決めてたポーズ集をレジに持ってって買い物を済ませた。
それから、本屋の隣の服屋にも軽く寄る。ただ彼女の気のままについて行くだけだけど時間の流れは遅くない。
「奏斗君って柔らかい色の服着てるけど黒もぱっきりしてかっこいいと思う」
笑真が黒のシャツを服の上から重ねてきた。
「そう?」
隣の壁の鏡の中にいる自分を見てみた。
確かに少し見慣れはしないのかも。
「ねっ?」
鏡に映ってる彼女と目が合う。
「ねぇ、奏斗君も私に服選んでみて」
目を輝かせて言われた。
だから、少し意地悪に今笑真の持ってる黒シャツを指さした。
「笑真も黒いのいいと思うよ」
「えっ。それはつまんないー」
言い方が少し子供っぽかった。
「仕方ないなー」
そう言って笑ったが何も嫌じゃない。
シャツを戻してトップスコーナーを見て回った。
何着かの中から灰色の模様が入ったTシャツが目に入った。彼女のサイズを大体見取って少し大きめのサイズを手に取って彼女に向ける。
「これいいんじゃない? 白と黒のデザインもシンプルだし濃いめのジーンズとか合わせたらラフな感じじゃない?」
「いいじゃん」
彼女が満足げに目を細めてシャツを手に取り、自分に合わせた。
「なんかさ、服選んでもらうときって相手がどんな風に自分のこと見てるかちょっとだけ分かるのが楽しくない?」
「確かに」
しばらくして外に出てみるとさっきよりも風がやや涼しい。西陽も沈む寸前に近くて人もそこまで多くない。
ただともり始めた街灯の色が優しい。
「暗くなるの早くなったね」
空がまだほんのり青をまとってた。
「そうだね。これからもっと短くなるよ」
「でもまだ夏って感じで寂しいくはないかな」
「うん」
「……」
しばらく笑真片手に持たれたビニール袋、靴と地面、少し先の話し声だけが流れた。
二人とも何か気にするわけもなく遠くの建物を眺め駅まで向かってた。ただたまに出くわす陽気な会話をする浴衣姿の人が目に入った。
「なんかみんな浮かれてるね」
帰り途中だった。
丁度駅とさっきのモールの間、歩いてた大通りにある広場で何だか騒がしい。
「今日ってお祭りだったんだ」
提灯や屋台の文字が色鮮やかに光っていて遠くからでも分かる。中には一際賑わってるビールが売ってるキッチンカーもあった。
近づくにつれて人の活気な声や屋台で何か焼いたり靴や下駄が地面を叩く物音が大きくなる。
かなりの人混み具合だが他の駅への行き方は知らないので仕方なくその広場を突っ切らなくてはならない。
「すみません……」
そう言って行列の間を通してもらう。だが周りの雑音にかき消され誰にも伝わってなかった。そのせいでどうしても人とぶつかり蒸し暑く、そしてなかなか進まない。
「……」
一人挟んで斜め後ろに居た笑真を振り返った。
眉をひそめてる。人を避けてこちらまで歩こうとしてるのに距離が離れるばかり。無言だけど目線だけずっとこちらに向けられててる。
歩くペースを落とし、少し開けた所で彼女が来るのを待った。
「笑真……」
小さく、ただ口を動かすように彼女を呼んだ。目があってすぐに人の間を抜けて来てくれた。
「こっち……」
できるだけ人の少ない方に。
「すみません……」
すぐ後ろで笑真の気弱な声が鮮明に耳に届いた。振り向くと彼女が誰かに当たったらしく自分の身をギュッと縮めてる。
その姿を見てためらいながら手を彼女に伸ばした。
もう前に出してしまえば戻れない。
でも見てられもなかった。
「ほら……」
ぎこちなく指先を伸ばしてほんのり触れる。ふわっと体温が伝わった瞬間に体がざわついた。
でもその柔らかさが気に障ることはない。
「……」
包んだ指を引き寄せてどこかに迷ってしまいそうな間隔をそっと縮めた。
「痛くない……?」
彼女の手を薄いガラス細工みたいに思えた。
指が細くて少し小さい。
「うん。大丈夫」
その返事だけがはっきり耳に届いた。
足を動かす間ずっと数歩先の地面だけが見えてた。いつも自分がどこに目を向けて歩いてたか思い出せずにいたから。
「……」
気づけば人混みを抜けてた。
手を離すべきなのか、指の力を弱めてみたがその気配はない。
「奏斗君ってさ……」
急に足が止まった。
振り向くと笑真が暖色の街灯に照らされて立ってる。
「うん……」
向けられた視線がまるで網膜まで見透かされてるみたいだった。
「なんかさ、」
妙に声が遅かった。
「紳士だよね……」
「え?」
あまりにもポツンとした印象で思わず吹き出した。
「なにそれ。そんなこ――」
「って思ったけどね、案外そうじゃないんだなー。これがね。玉に瑕ってやつ」
「……それは、悪口?」
「ぜーんぜん」
言い方だけは嘘っぽい。
「むしろ、近い存在なんだって嬉しさがある」
優しく細まった目がじんわり顔を熱くさせる。
「それは精神的に? それとも物理的に?」
繋がれた左手が妙に汗ばんだ。
「えっどっちも」
「……そう……」
上手く口が動かなかった。
あまりにも自然だから。
「なんで、嫌だった?」
たゆんでいた腕がピンと張るほどに引っ張られた。
そのせいで顔が一歩分近くなる。
「いや……」
左手で口を隠した。
目が勝手に空の方へそれる。
「なんか、照れる……」
指で軽く突かれた。
「めっちゃにやけてんじゃん」
