「奏斗君!」
勢いよく靴裏で廊下を叩く音が聞こえた。それから目の前で止まる。
「ねぇ。図書室行かない?」
駆けてきたというのに息切れのない元気溌剌とした声だった。
「でもこれから笑真も部活じゃない?」
今丁度美術室に入ったってところなのに。
「でも、勉強教えてもらい」
「部活じゃん」
それでも笑真は「でもー」と駄々をこねる子供みたいに袖を引っ張ってきた。断るつもりだったのに「No」と口から出てこなかった。
「じゃあ。夜に電話でもして勉強する?」
かなりいい提案だと思ったがまだ眉間にしわ。
首を傾げ返された。
「そもそも何で今から?」
「だって、テスト返されたけどよく分からなくて。これは天才に訊かなきゃって。善は急げ、なんでしょ?」
そのテストとはこちらのクラスでは昨日返された国語の小テストのことだった。内容は現代文。
確かに難しいところはあったかもしれない。しかもここで分からないと次も躓きそうなものばかり。
「……じゃあ、しょうがない……」
「しょうがない」
そう強く言い切られた。
その時「それなら私もー」と部室から声が上がった。
穂乃花だ。彼女はいつも成績に困ってる様子はないのに。
「今日は部長として、サボりまーす」
「うん。でも――」
美術部内を見回した。今日はたまたまなのか部員が少なくて穂乃花までいなくなったら凛が一人になってしまう。
「分かりました。僕も行きます」
視線を悟られたのか準備する手を止めてため息を漏らされた。
「ありがとう」
「じゃあ。今日は皆でサボると」
「しょうがないですね。先輩ちゃんと面倒見てもらいますからねー」
凛が荷物を持って部屋を出る際、そう少し意地悪に笑われた。
「まぁ。部活は人来てないしゆったり勉強会でもいいんじゃない」
カチッと金属音が響く。
本当に穂乃花は美術室の鍵を閉めて今日の部活はなくなった。
そして図書室に向かう。
「だいぶ混んでるね、」
少人数で静かなはずの図書室が人で埋まってた。元々ここに来ることは少なかったのでこんな光景は初めてだ。
「テスト後とかは混むんですよね」
「やっぱそうだよねー」
なんとか空いてる席を四つ見つけた。隣に凛、笑真は向いにそしてその横に穂乃花。
「笑真も図書室とか行くんだ」
「たまにね、でも本当かはあんまり興味ない」
「へぇー」
隣にいた穂乃花がノートを広げて言った。
「意外だね、本読んで想像するとか好きそう」
「いや、ちょっと感覚合わない本の方が多いかな。だからか、国語のその読み取るとかも苦手ー」
「でも、苦手でも向き合おうとしてるのは偉いじゃん」
褒めるとちょっとご機嫌。
「分からなかったのはこれ」
そう言って笑真がテスト用紙をテーブルに置いた。
「ちょっと見せて」
紙を手に取る。
「昔からこういうの苦手なんだよね。理屈だけじゃない感とか。そもそも読み取るとは? って感じ」
それには筆者の主張がとは何か答えなさい。と書いてある。確かにややこしいところだ。
「そっか」
しかもちゃんとチェックだ。
「ふふ……」
抑えきれず、でも彼女にバレないように用紙で口元を押さえた。
でも凛にはバレたみたいで、答案を覗かれた。
「……ねぇ」
その声に跳ねて、慌てて顔を上げた。
でも特に何も気づいてなさそうなので「あ、はい」と返す。
「教えてよね」
精一杯伸ばした手に袖を掴まれた。
このテーブルの幅が意外と広くて向かいとかなり距離がある。
「はいはい」
視線を逸らして不自然に口元を緩ませた。
そのまま席を立って彼女の横に移動した。腰を下ろすと極端に椅子の間隔は狭いと感じた。
「もう一回貸して」
問題文を見せてもらって重要なところに線を引いてみせた。
「主張は一箇所にまとまってるから、そこをまず探すの」
「あれでしょ? 結論でしょ?」
「そう、その中に筆者の一番伝えたいことが書いてあるから」
引いた線をなぞる。
「ここをもっと短くまとめるの。できる?」
笑真は「うん」と頷いて文を読み直した。それからノートも開かず質問の横に文字を書き出す。
それから何度か手が止まってそして消して、字数を何回も数えてた。
「……」
そんな姿を軽く頬杖ついて横目で見ていた。
たまに顔の方に目をやると喋る時とは違う顔。ここや家で勉強する時いつもこんな顔なのだろうか。
チラッと上目遣いの目が合った。
三回目の添削。
「うん。いいんじゃない。これならちゃんと点もらえるはず」
「本当?」
書き直したり、いらない分に斜線が引いてあって汚くて読みづらくはあるがちゃんと決められた文字数で、内容も合ってる。
「ありがとう。これで小テストのとき奏斗君が隣にいたら満点なのにー」
「それは、無理だよ」
目が細まる。
「でもさ、うーん。なんていうか省略するのはできたけど探すのが難しいというかさ……」
「段落を見るんだよ」
「?」
首を傾げられた。
だから彼女の持ってる答案を手に取って見えるように段落を振って見せた。
「文を読む時に段落をちょっと気にするだけ。ここから事例に入るとかここから別の話になってる程度に。それだけで整理できるから」
「……うん」
「分かった?」
「うん!」
彼女の方を見ると目が合った。
あともう少しで触れてしまいそうで距離。笑真も気づいてるのか。でも微笑んでた。
「教えてくれてありがとう」
そういつものように目を細めてふわっと明るい笑顔になった。
瞬きがゆっくりとしてる。
その時。
「せんぱーい……」
いきなり周りの音が耳に入ってきた。
焦って前を向くと凛がノートに集中しながら話しかけていた。いつの間にか穂乃花が凛の隣にいて彼のノートを覗いてる。
「ここの式が解けなくて……」
差し出されたのは数学の式。何回も解き直しの跡がある。
「懐かしいね」
そう言って手をつけようとすると笑真にひょいと取り上げられた。
「数学は私がやりたい」
「得意なの?」
するとニヤッと笑う。
「国語と違ってね」
そう言って笑真はノートを持って穂乃花と入れ替わってもらった。今度は凛と距離が近くなる。
「……」
数字を見てる方が笑真は楽しそうだなとぼんやり見てると隣の穂乃花が「ねぇ」と声かけられた。
「これ」
渡してきたのはピンクの折り畳んである付箋。
広げるとボールペンで
『いい感じですね。 凛』
と書いてあった。
それの意味が分からないでいると穂乃花が勉強中の二人にバレないように呟く。
「だから、笑真ちゃんといい感じってこと」
ニコッと笑われた。
「そう? そんなことないよ」
なぜか顔が熱くはならなかった。
ただ視線を付箋から離して二人の勉強姿を眺める。
彼女の弾んだ表情は自然と顔の筋肉を緩ませた。
勢いよく靴裏で廊下を叩く音が聞こえた。それから目の前で止まる。
「ねぇ。図書室行かない?」
駆けてきたというのに息切れのない元気溌剌とした声だった。
「でもこれから笑真も部活じゃない?」
今丁度美術室に入ったってところなのに。
「でも、勉強教えてもらい」
「部活じゃん」
それでも笑真は「でもー」と駄々をこねる子供みたいに袖を引っ張ってきた。断るつもりだったのに「No」と口から出てこなかった。
「じゃあ。夜に電話でもして勉強する?」
かなりいい提案だと思ったがまだ眉間にしわ。
首を傾げ返された。
「そもそも何で今から?」
「だって、テスト返されたけどよく分からなくて。これは天才に訊かなきゃって。善は急げ、なんでしょ?」
そのテストとはこちらのクラスでは昨日返された国語の小テストのことだった。内容は現代文。
確かに難しいところはあったかもしれない。しかもここで分からないと次も躓きそうなものばかり。
「……じゃあ、しょうがない……」
「しょうがない」
そう強く言い切られた。
その時「それなら私もー」と部室から声が上がった。
穂乃花だ。彼女はいつも成績に困ってる様子はないのに。
「今日は部長として、サボりまーす」
「うん。でも――」
美術部内を見回した。今日はたまたまなのか部員が少なくて穂乃花までいなくなったら凛が一人になってしまう。
「分かりました。僕も行きます」
視線を悟られたのか準備する手を止めてため息を漏らされた。
「ありがとう」
「じゃあ。今日は皆でサボると」
「しょうがないですね。先輩ちゃんと面倒見てもらいますからねー」
凛が荷物を持って部屋を出る際、そう少し意地悪に笑われた。
「まぁ。部活は人来てないしゆったり勉強会でもいいんじゃない」
カチッと金属音が響く。
本当に穂乃花は美術室の鍵を閉めて今日の部活はなくなった。
そして図書室に向かう。
「だいぶ混んでるね、」
少人数で静かなはずの図書室が人で埋まってた。元々ここに来ることは少なかったのでこんな光景は初めてだ。
「テスト後とかは混むんですよね」
「やっぱそうだよねー」
なんとか空いてる席を四つ見つけた。隣に凛、笑真は向いにそしてその横に穂乃花。
「笑真も図書室とか行くんだ」
「たまにね、でも本当かはあんまり興味ない」
「へぇー」
隣にいた穂乃花がノートを広げて言った。
「意外だね、本読んで想像するとか好きそう」
「いや、ちょっと感覚合わない本の方が多いかな。だからか、国語のその読み取るとかも苦手ー」
「でも、苦手でも向き合おうとしてるのは偉いじゃん」
褒めるとちょっとご機嫌。
「分からなかったのはこれ」
そう言って笑真がテスト用紙をテーブルに置いた。
「ちょっと見せて」
紙を手に取る。
「昔からこういうの苦手なんだよね。理屈だけじゃない感とか。そもそも読み取るとは? って感じ」
それには筆者の主張がとは何か答えなさい。と書いてある。確かにややこしいところだ。
「そっか」
しかもちゃんとチェックだ。
「ふふ……」
抑えきれず、でも彼女にバレないように用紙で口元を押さえた。
でも凛にはバレたみたいで、答案を覗かれた。
「……ねぇ」
その声に跳ねて、慌てて顔を上げた。
でも特に何も気づいてなさそうなので「あ、はい」と返す。
「教えてよね」
精一杯伸ばした手に袖を掴まれた。
このテーブルの幅が意外と広くて向かいとかなり距離がある。
「はいはい」
視線を逸らして不自然に口元を緩ませた。
そのまま席を立って彼女の横に移動した。腰を下ろすと極端に椅子の間隔は狭いと感じた。
「もう一回貸して」
問題文を見せてもらって重要なところに線を引いてみせた。
「主張は一箇所にまとまってるから、そこをまず探すの」
「あれでしょ? 結論でしょ?」
「そう、その中に筆者の一番伝えたいことが書いてあるから」
引いた線をなぞる。
「ここをもっと短くまとめるの。できる?」
笑真は「うん」と頷いて文を読み直した。それからノートも開かず質問の横に文字を書き出す。
それから何度か手が止まってそして消して、字数を何回も数えてた。
「……」
そんな姿を軽く頬杖ついて横目で見ていた。
たまに顔の方に目をやると喋る時とは違う顔。ここや家で勉強する時いつもこんな顔なのだろうか。
チラッと上目遣いの目が合った。
三回目の添削。
「うん。いいんじゃない。これならちゃんと点もらえるはず」
「本当?」
書き直したり、いらない分に斜線が引いてあって汚くて読みづらくはあるがちゃんと決められた文字数で、内容も合ってる。
「ありがとう。これで小テストのとき奏斗君が隣にいたら満点なのにー」
「それは、無理だよ」
目が細まる。
「でもさ、うーん。なんていうか省略するのはできたけど探すのが難しいというかさ……」
「段落を見るんだよ」
「?」
首を傾げられた。
だから彼女の持ってる答案を手に取って見えるように段落を振って見せた。
「文を読む時に段落をちょっと気にするだけ。ここから事例に入るとかここから別の話になってる程度に。それだけで整理できるから」
「……うん」
「分かった?」
「うん!」
彼女の方を見ると目が合った。
あともう少しで触れてしまいそうで距離。笑真も気づいてるのか。でも微笑んでた。
「教えてくれてありがとう」
そういつものように目を細めてふわっと明るい笑顔になった。
瞬きがゆっくりとしてる。
その時。
「せんぱーい……」
いきなり周りの音が耳に入ってきた。
焦って前を向くと凛がノートに集中しながら話しかけていた。いつの間にか穂乃花が凛の隣にいて彼のノートを覗いてる。
「ここの式が解けなくて……」
差し出されたのは数学の式。何回も解き直しの跡がある。
「懐かしいね」
そう言って手をつけようとすると笑真にひょいと取り上げられた。
「数学は私がやりたい」
「得意なの?」
するとニヤッと笑う。
「国語と違ってね」
そう言って笑真はノートを持って穂乃花と入れ替わってもらった。今度は凛と距離が近くなる。
「……」
数字を見てる方が笑真は楽しそうだなとぼんやり見てると隣の穂乃花が「ねぇ」と声かけられた。
「これ」
渡してきたのはピンクの折り畳んである付箋。
広げるとボールペンで
『いい感じですね。 凛』
と書いてあった。
それの意味が分からないでいると穂乃花が勉強中の二人にバレないように呟く。
「だから、笑真ちゃんといい感じってこと」
ニコッと笑われた。
「そう? そんなことないよ」
なぜか顔が熱くはならなかった。
ただ視線を付箋から離して二人の勉強姿を眺める。
彼女の弾んだ表情は自然と顔の筋肉を緩ませた。
