君と偽りのない自分でいたい。〜もう後悔しないように〜

春休みも明けて新学期早々。同じ学校だけどこの時期はすごく新鮮味を感じる。
 四限目の終わるチャイムがなった。

「棚橋、飯」

「うん」

幸いなことに二年連続卓也とは同じクラスになれた。
席は出席番号順で廊下側から並んでくる。卓也は遅めの番号のため席は窓側。
弁当を彼の机に置いて手洗いに向かった。
廊下は少々賑わっていて中には二年や一年の後輩も向いから騒いでくる。
 手洗いから戻る途中、こちらに向かってくる笑真に会った。残念ながら彼女とは隣のクラス同士になった。部活なかったし久々に見た。

「やっほ。今年のクラスどんな感じ?」

「まぁまぁかな」

「いいなぁ」

彼女の手にはお弁当が握られてた。それを指差した。

「どっかで食べるの?」

「うん。美術室行く」

「じゃあまた()()

今日から部活も再開する。ついでに仮入部期間も始まる。

「あっ。今日美術部あるんだっけ? やった。楽しみ」

笑真は「じゃあね」と上機嫌に手を振って美術室に向かって行った。軽く鼻歌混じりで。
 彼女の背中を見送っていると視界の端から何か飛び出てきた。

「っ……」

危なっかしい。
瞬間的に確認できたのは見慣れない後ろ姿だった。三人の集団で三年フロアでふざけていた。多分一年だ。
速やかに教室に戻た。
卓也が机に自分の席と僕の席を寄せてくれていた。

「ありがとう」

のんびりお昼過ごしてた。元々食べるのは早くないので卓也が食べ終わってもゆっくり頬張っていた。

「めっちゃ眠い。なんか、青春だわ。桜も見えるし」

「卓也の席あったかいね。夏はやだけど」

明るい光が差し込んで、一段と暖かい。でも暑すぎず眩しずたまに吹いてくる風が涼しい。
彼が外の景色に目をやった。つられて同じ方を向く。桜や、梅は緑に染まりかけだが綺麗。
そして校庭に花見かのように一年らしき生徒らが木下で集まってる。ここからでも充分声が聞こえてきそう。

「てか今日から仮入期間だけどさ。バスケ部どんくらいくるんかな」

「運動部は心配ないでしょ。ちょっと騒がしそうだけど」

「な。さっきも教室覗いてきたし」

それから、午後の授業と掃除を終えて久しぶりに美術室に向かう。
 扉の前で足を止めた。何やら物うるさい。

「お疲れ様です」

多分仮入部に来た子だろう。そう思って扉を横に引いた。

「おはよう」

いつもの部長。そしてその隣には案の定一年。

「こんにちわ……」

「こんちゃ」

見慣れない顔が六、七人いた。その中の何人かは活発そう男子。あまり美術部では見ない印象だ。
一年には穂乃花と楓真が付いていた。とりあえず後輩達に自分の手は要らなさそうなので距離のあるところに荷物を置いた。
するとどこからともなく笑真が現れた。

「隣いい?」

「いいけど」

そう答えると机と机の空いた距離を縮めてくっつけて来た。そして荷物を雑に置く。
どこか不機嫌そう。

「どうかした?」

「別に……」

冷たい。何かご機嫌が斜めだ。
それから、彼女が雑な手つきでクレヨンをおいて準備室にあるものを取りに行った。その様子を見てついてく。
準備室にパネルを探してる彼女の姿がいた。

「なんかあった?」

「……」

すぐに去ってしまった。
それを追うような形でパネルとクリップ、資料集を取って席に戻る。

「……」

なんだか、機嫌の悪い相手に無理に話しても良い気はしないので黙って画材を並べた。
 今日は動物を描く予定。
資料集の猫の乗ってるページを探す。宝石のような瞳が描きたくなった。
スケッチブックを開いて鉛筆で大まかな形をとらえ、次に細かな動き。線画は雑にならない程度仕上げた。
ここから着彩。
猫の淡いところから手をつけて大体の色を置く。一層目はぼやぼやとしてることが多い。背景は写真と同じ黒で猫を囲う。
それから軽くドライヤーで乾かして二層目に入る。デザートの瞳は最後に。

「……ぁ」

ちょうど仮入部に来てくれた子達の活動時間が終わる前。片付けをする姿が目に入ってこちらも少し息抜きとして手を止めた。
イーゼルを持っていく姿を眺めていると一瞬目があう。
するとすぐに寄ってきた。

「それ猫すか?」

「すげえ。プロだ」

そう言って陽気に肩を組まれた。驚きで体が跳ねて硬直する。

「ありがとう。まだ途中だけど……」

なんとか彼らの話しを流した。なんでかどうしても作り笑いになってしまう。
それに、彼女が気になった。何だかどこか一年達を睨みつけてるようだし、いつの間にか笑真は髪の毛をまとめてたことに気づいた。昼時はいつものように髪の毛をふわっと下ろしてたのに後ろで束ねてお団子にしてると彼女らしくない。

話が終わってから数分後。
仮入部の子達が帰りだしてから彼女が突然。

「私もう帰る」

笑真はムスッとして荷物を全部雑に鞄に詰め込んで、出て行こうとする。
一応「帰る時に話す」と言われていたので行かないといけない気がして急いでパネルをしまい、筆洗も軽く洗い流して荷物を抱えて持ったまま走った。

「笑真、待って」

届いてるか分からないが下駄箱まで駆けた。
スケッチブックや絵の具、筆やパレットが腕から溢れないように力を込めながら一階まで階段を降りた。

「逃げてないよ。バッファローじゃないし」

一階まで数段のところで死角笑真がひょこっと現れた。

「んぇ?」

持ってた筆が何本落ちて転がる。笑真がそれをひょいと拾って「はい」と渡した。

「ありがとう。ちょっと待ってて」

そう言って荷物をカバンにしまった。

「帰る?」

結局美術部を抜け出して帰ってしまうのか。

「ううん」

「え?」

それから何故か彼女が「教室に行く」と校門ではなく教室に向かった。
笑真の教室に用があったことがないので入るのは初めてだ。

「なんで、教室なの?」

「奏斗君……」

ロッカーから目を逸らしこちらに向けられた顔。少し西日に染まってる。

「さっきの一年どう思う?」

「どうって……」

距離があるのに睨め付けらへてるとよく分かる。

「私は堪忍袋の緒が切れた……」

笑真からはあまり想像ができない声だった。

「なんで?」

「だって、お弁当台無しにされた」

「えっ?」

急に彼女がリュックの中を漁り出した。取り出したのはさっきのクレヨン。それとメモ帳。
それから急に何色かを取り出してメモ帳に押し付けた。

「今日のお昼。あの一年に全部ぐちゃぐちゃにされた!」

何か力強くぐるぐると手を動かし出した。

「あの子達のせいでお弁当の中身は崩れるし、あのあと美術室行ったらまたいるし、うるさいし、お箸は忘れたし。それに今日せっかくお弁当作るために早起きもしたし、クラスはうるさかったけど食べるの楽しみだったのに、ぜーんぶ台無し」

「もしかして、仮入の子がぶつかって来た人達?」

「そう、あの()()

「?」

笑真の口から、アホだなんて。

「そう。まじでなんなの? 嫌われるために来てんのかよって感じ。鬱陶しい、ほんっとうにアホ。バカ。ばーか」

いつもの彼女からは聞けない言葉に焦ってると急に彼女がカバンの中に頭を突っ込んだ。

「ええっ、何して――」

気持ちが悪いのか急いで駆け寄ろうとした。

「ぅわああああ。バカ!ばやろー! どうしてくれんだよ!」

叫び出した……

「私の作った美しい、美味しそうなお弁当を! よくも、よくも!台無しにしてくれたな?! おまけにうるさいし! 先輩なんだけどお?! 立場をわきまえて来いよ! ヘラヘラするなあああ」

「……ふふっ」

笑みが漏れた。
声はこもって聞こえてるが、怒りが爆発してる相手を笑うのはいけない気がして。でもやばい。

「あははっ、ふふはっ。はははっ」

笑真に負けないくらいの笑い声がつい漏れてしまった。
彼女が目を丸くしてカバンから顔を出した。
笑っちゃいけないのに何故か止まらない。

「面白い?」

さっきよりも言い方が不機嫌。

「ごめん……」

「……」

冗談ではなく本気で謝った。

「奏斗君もやだもん……」

今度の言い方はさっきと全く違った。頬もぷくっと膨らませてる。
だからまたクスッと吹きてしまった。

「ごめん。笑真が意外で。しかも急に自分の鞄に顔突っ込むから」

「そんなに面白くないもん。見せもんじゃねーぞコラ」

「なんか、豹変だね。ははっ」

おかしくて、どうしても止まらない。
縮まった頬の筋肉もお腹のみぞおちも痛い。

「ちょっと、笑いすぎじゃいない?」

「ごめ――」

「ごめん禁止」

そう言って笑いわせき止められた。

「酷いよ。奏斗君にせっかく真剣に言ったのに」

また「ごめん」と言いかけて、その代わりに彼女の方に寄った。

「それに、一年だから怒れないのをいいことにのこのこ美術部に入ってくるし、こっちは会いたくないしバレたくないくて必死だし、帰ろうと思ったらまだいるんじゃないかとか思ったし」

「なるほど」

今日の笑真がよく分かった。

「今日のお弁当」

笑真が何か殴り書きのようにクレヨンで描いてたメモ帳を見せてきた。

「魅力が詰まってたはずなのにアイツらのせいでめちゃくちゃのもみくちゃ! ベチャグチャ弁当だよ!」

そこにあったのは色んな色のクレヨンでぐるぐると描かれていた絵だ。きっとその鮮やかなカラフルな色がお弁当の魅力なんだろう。それがグチャグチャと力強くカクカクしてたりカーブした線で色が混ざってたり形も綺麗じゃない。これがきっと彼女のぐちゃぐちゃした気持ち、ベチャグチャ弁当なんだろう。

「見栄えが悪くて、色もちょっと混ざってて中心なんか汚い色で、綺麗な色が台無し」

一見子供みたいな絵。
それはそうだけど、輝いて見えた。
深い意味はないけどそのパッと見た時のカラフルな色んな色が散りばめられてるのが綺麗だ。自由でぐちゃぐちゃしてて思った感情が爆発してるけどそれでいい。

「こんな、お弁当可哀想」

「でも、綺麗だよ」

彼女が「え?」と顔を上げた。

「確かに色は混じってるけど、色んな色があって、勢いある線があって、グチャグチャでも綺麗」

「……」

少し間を置いて、不機嫌な顔だけど素直に「嬉しい……」と彼女が呟いた。

「でも! 私のご飯は台無しだった! うるさいし、味が混ざってたし、そんな褒め言葉じゃ立ち直れない!」

「はははっ。じゃあ、そんなお弁当は僕がもらう。なんか気にいっちゃった」

「どうぞ、最悪な思い出と共にもうあげる!」

そう、雑な手つきで一枚の絵をメモ帳から切り離して渡された。

「見たくもない!イライラするし、それなのにちょっと嬉しい。複雑な気分!」

「嫌なはずなのに正直だね」

自然と笑みが溢れる。
正直叫び声や笑い声が隣の教室に誰かいて聞かれてないか聴かれてないか少し心配だった。けどそのいつもと違う怒りとか必死とか悲しさを思うままに吐き出す。それは清々しくも見えて、人の前では、いつもでは絶対見せない感情。そこに勝手に口角が上がる。

結局、彼女を怒らせていた一年は美術部には入部しなかった。それに美術室にも昼間は来てないらしく、彼女のグチャグチャは治った。本当は何故か感情を投げやりにしてる笑真を何回も想像してしまうけど。
残ってるのは彼女のグチャグチャの絵だけ。