君と偽りのない自分でいたい。〜もう後悔しないように〜

日支度を終えて荷物を持ち外に出た。
今日は美術部員で水族館に行く予定。それはこの前放課後に買い出しに行ったとき。

『そういえば、来年度のはじめらへんに海の生物のコンテストがあるって新川先生が言ってて、今美術部にそのコンクールの冊子もあるんだけど』

絵の具を一つ手に取りながら穂乃花が美術部員に話し出した。

『あぁ、あったね穂乃花が昨日持ってきてた「〇〇美術館 高校生の未来の海絵画コンテスト」みたいなやつ。誰かやる?』

笑真が『はいはーい』と手を挙げた。

『いいね、やってみたい』

『私も参加しようと思ってて』

結局、五人が集まり、笑真、穂乃花、楓真、凛、僕も参加することにした。そして、資料集めとして今に至る。
正直十一月下旬に水族館なんて寒い気もするが。

「おはよ」

待ち合わせ場所まで電車で向かってる途中、駅で何人かと共に笑真も乗り込んできた。

「おはよう」

「奇遇だね」

そう言って隣の吊り革を握った。

「今日ちょっと寒いね、重ね着してきてよかった」

「そうだね。水族館には向いてない日かも」

「だけど、楽しみじゃない?」

「まぁ……」

ここから目的地までは十分程度、彼女と雑談して過ごしていた。だがどんどん人が乗り込んできて車両は満員。
仕方なく奥に詰めることになって吊り革からは手を離して彼女と向かい合わせになった。

「そういえばこの前のテストでさ――」

話しているときに次に止まる駅のアナウンスが流れた。

『次は〇〇、〇〇に止まります。お出口は左側です』

人が動き出した。その時、笑真の背後から男性が急ぎ気味で近づくのが目に入った。彼女はそのことに気づいてなさそうなので仕方なく腕を引き寄せる。

「笑真、もう少し寄って」

笑真を寄せた勢いで身体が少し触れた。

「ごめん痛かった?」

力加減がよく分からないので一応確認する。

「ううん。ありがとう」

思っていたより顔が近い。鼓動が一瞬跳ねた、が彼女の様子はどちらかというと嬉しそうに笑ってる。それに少し頬が赤く見える。

 それから数分電車に揺られて目的地に着いた。電車の外は思っていたより寒く感じる。
待ち合わせ場所には予定時刻より一、二分早いが三人はそろってた。

「おはよ」

笑真が三人に呼びかけた。

「あ、おはよう。笑真ちゃん可愛いね」

「二人共いいじゃん、奏斗の私服姿初めて」

横にいた笑真がこちらをじっと見てきた。それから何やらニヤニヤしてた。

「なんか、新鮮だね。奏斗君の服。いつもの色が微妙に変化したって感じ。かっこいいよ」

「え?」

ストレートな言葉に少し戸惑う。深い意味はないと思うがド直球すぎる。それに周りの目が気になった。

「ねぇ、私はどう? 学校と違う?」

やっぱり彼女は気にしてない。
 確かに笑真も雰囲気がいつもと違った。上着は学校に着てる物と同じだがその下の服やジーンズで印象が変わってる。

「いいと思うよ」

「ありがと」

満足気な笑みを見せた。

「いいねぇ。二人ともお似合いじゃん」

楓真の隣にいた凛も「ですね」と楽しそう。

「そうかな。そんなつもりはないけど……」

笑真が代わりにつっこんでくれた。

「でも、普通に奏斗君かっこよくない?」

「え?」

「笑真ちゃん熱いね」

「そういうとこだよ……」

余計にみんながニヤニヤしてる。このままだと永遠に続きそうなので「行くよ」と歩き出した。
 駅周辺は海沿いだからか地元の住宅街より寒く感じる。それなのに、こんな寒い日にもサーフィンをしたいと思う人はいるんだ。すれ違ったサーファーを見てそう思った。サーフボードを自転車に載っけて、ウェットスーツを着た男性だった。
 数分歩いて水族館が見えてきた。正直言ってもう少し歩いていたかったが。水族館の近くには色んなお店があって楽しそうな観光客がいて、見てて楽しい。

「先輩こっちです」

案内の地図を見てたら凛に呼ばれた。
早歩きでみんなの方に戻る。

「お金みんな足りそう?」

チケット売り場に並びながら穂乃花が確認した。

「大体五千円前後持ってたら足りるでしょ。チケットが二千円だとして、お昼も込みにしたら」

「ショーとかは、決まった時間だし」

「お土産とか、どうするんですか?」

「あっ、そうじゃん、それも計算してかないと」

そんな会話をしながら財布の中を確認して、順番にチケットを買って入り口に向かった。

「じゃあ、あとは自由でお昼の時間だけ決めておこう」

「ショーは二時だとして、ちょっと早めがいいかも。冬とはいえ混みそうだし。十一時とかどう?」

「そうですね、じゃあそのくらいにカフェテリアとかもあるみたいですけど、でどうですか?」

「おっけ」

中に入ると少し暗かった。水槽のライトが目立つ。

「先輩ここに来たことありますか?」

「小さい頃ね」

施設が変わってなくても一緒に行く人が違うだけ気分全然が違う。今の方が楽しい。

「おれはここ一回も来たことなくて、全然知ってる水族館と違くてあっちなんて今思えば小さいし、イルカショーなんてこの歳ですけど初めてで」

「僕もあんまりイルカショー見たことないし、楽しみ」

「イルカって寝てる時も泳いでて、脳の半分だけ寝かせてるんです」

「そうなの?」

凛は生き物好きだ。美術部でも特に海の生物の絵を描いてるイメージ。

「この前、本か何かに書いてあったかな。イルカは完全に眠りながら呼吸できないし、ずっと泳いでた方が捕食者からも捕まりにくいかららしいです」

凛の話は続いた。
あれはクマノミで、生まれた時はみんなオスだけどメスにもなれるんです。熱帯魚って色鮮やかで一見敵から見つかりそうだけど、珊瑚礁が色鮮やかで逆に見つかりにくいんです。あとナマコは、タコは、あのタツノオトシゴは、と。
彼の話を聞きながら資料で使えそうな魚や水槽の珊瑚の写真を撮っていった。
 進んでいくと一番大きな水槽が見えてきた。

「見てていいよ。休んでる」

魚に興味津々な凛を置いておいて近くの長椅子に腰掛け、撮った写真を少し整理する。
数分そこにいた。

「凛君、ずっと水槽眺めてるね」

驚いて隣を見ると暗くて見えにくいがシルエットや陰の形で笑真だと分かった。

「見て、あの大きな魚描いてたら凛君まで描いちゃった」

彼女は手のひらサイズのメモ帳を見せた。そこにはジンベエザメとそれを見てる凛がいた。

「写真撮らないの?」

「写真もいいけど、描くのって楽しいでしょ? それにしてもさ、凛君夢中だね、画材屋さんにあるみたいじゃない」

ペン先で指された方にいた凛を見た。少し遠くにいたがずっと水槽を眺めてて確かに画材屋にいる時と同じかもしれない。見てても飽きない絵の具、色鉛筆、マーカーペンの種類。壁側に置いてある面白い文房具コーナー。あそこなら何時間でも入れてしまうのではと思うくらいどのくらいのいても何回行っても飽きない。

「確かにそうかもしれない……」

クスッと笑うと、笑真の視線がこちらに向いた。

「やっぱり、奏斗君かっこいい……」

「は?」

また急に、さっきと同じだ。どういうつもりなのか分からないが。

「それなんなの? からかってる?」

少し不機嫌になってしまった。

「え? なんで?」

「そういう風にしか聞こえないんだけど」

彼女は目を丸くしてた。全く言いたいことが伝わってない。

「だって、事実じゃん」

駄目だ。このままじゃイライラする。そう思った時彼女が「ねぇ、見てよ」とまたメモ帳を見せてきた。
今度はジンベエザメや魚ではなく人の顔。横向き、斜め正面、いろんな角度から描いてあった。

「これ僕?」

よく見ると髪型や顔のパーツが似てる気がした。

「似てるでしょ? 奏斗君の顔」

胸の奥がむず痒い気分になった。

「会った時から思ってたんだよ? 周りの人はあんまり気づいてなさそうだけど、横顔の形が綺麗で、目が綺麗で、その髪型も似合ってるよ。美しいっていうより優しい顔だなって」

「なにそれ」

まだ痒い。

「本当にいいなって思って、唯一無二というか本当に見た目だけの話なんだけど。それに私服だと雰囲気変わっていつもと違う良さがあって、ちょっと描きたいなって思って描いちゃった。この顔の秘訣はなんだろって」

「……」

その表情はちょっと違った。からかってるとかではなくて本当に観察物を楽しく描いてる様な真剣で真っ直ぐな感じ。だから肩の力が抜けた。それにちょっと照れる。

「ここの鼻、こんな形してないよ」

もう一度、メモ帳に目を向けた。色んな方向から今日の自分の顔が観察してあるけど、いつも鏡で見てる自分と違く見えてしまう。

「本当にこういう感じだよ。結構私うまく描いたよ」

「美化フィルターかかってるんじゃないの?」

見慣れない自分の不意の姿というのが思ってる自分の予想外で、ちょっと誇張してるんじゃないかと思う。

「そんなことないよ。分かるもん、こういう感じで薄暗くて水槽の方からだけ光が差し込んでるとちゃんとスケッチした通りの形の陰になってるもん」

「よく見てるね」

見られてたと思うと恥ずかしいが、真剣に描いてくれたことは嬉しかった。
それから少し自分のスケッチについて話してた。

「そういえばあっちのクラゲ見た?」

どうやら、もう少し進んだ先にクラゲが展示されてるらしい。笑真に連れられて行ってみると少し広い空間に一つ大きな円柱型の水槽があって色鮮やかなクラゲ、その周りにも四角い水槽で別の種類がいた。

「あのクラゲちゃん可愛くない? 天使っぽい」

彼女が指したのはミズクラゲだった。確かに透明で模様が天使の輪っかに似てる。
笑真は真っ先にミズクラゲの方に引っ張られて行った。

「奏斗君はスケッチより写真派?」

何個かクラゲの写真を撮ってから彼女の方へ寄った。

「スケッチもいいけど色が分からなくない?」

「そうだけど、スケッチの方が効率いい気がする。練習にもなるし、作品の構造も組みやすくなると思う」

「ストイックなんだね」

そう言ってメモ帳を覗き込む。

「怒ってないの? さっきのこと」

彼女が手を止めて顔を上げた。

「なんか、イライラさせちゃった……」

「別にいいよ。笑真はわざとじゃないというか、単純だったってだけだし」

「なんか、ごめんね」

彼女らしくないしぼんだ表情だった。

「上手く出来ないんだ。言葉で表現したり、考えたり、空気読むとか人の顔色を見るとか、だから感覚的に動いちゃって、さっきもよく分からなくて」

「そっか……」

確かに見ててもそういうことは苦手なのかなと思う事はあった。

「だから気を遣わせてごめん……」

「……」

沈んだ空気が、この楽しい空間で浮いた。

「別に謝ることじゃないよ。それに気を遣う事は当たり前だよ」

軽く目を合わせて笑った。

「じゃあ、優しい」

ニコッと笑って見えた。顔の片側面が水槽の明かりで青く染まってた。

「二人で楽しそうですこと」

楓真だった。

「もう十一時手前だし、カフェテリアの方行こ。穂乃花と凛ちゃんももう集まってる」

水槽のエリアを通り過ぎて、カフェテリアに向かった。席はテラス席になっていて眺めが綺麗だった。冬だが晴れてた暖かい。外に出ると凛が手を振った。
手を振り返すと彼が寄ってきた。

「酷いです。おれが知らないうちにどっか行っちゃって、焦ったんですよ?」

「ごめん、一言言えば良かった」

凛がムスッと拗ねてしまったが彼の愛嬌で可愛く見えて笑ってしまう。

「まぁまぁ、可愛いお顔で拗ねないの」

荷物を席に置きみんなで注文しに行った。僕と楓真はサンドウィッチ、笑真はカレーライス、穂乃花と凛はオムライス、そしてそれぞれの飲み物とスイーツ。
食事後は部活や今日の話で盛り上がった。
あっという間に予定の二時前となった。楓真によるとギリギリだと混む。とのことで早めに会場に向かう。

「楽しみだね」

笑真と凛は隣に座ってる子供みたいにワクワクしてた。
 久しぶりにイルカを見た。ショーは本当に凄くてジャンプで空高く飛んで、タイミングも曲と合ってて楽しかった。

帰りの電車で、今日の資料を見ながらコンクールの作品の構想をスマホのメモに図にして考えてた。

「どんな感じ?」

笑真がスマホに覗いてきた。

「これどう?」

彼女との距離が意外近いと感じたが不思議と朝とは違って自然に感じた。