君と偽りのない自分でいたい。〜もう後悔しないように〜

何とか文化祭までに作品を何個か完成させることができた。文化祭前日の日の部活は計画的に作品を飾る準備を進めていた。
 ただ一人を除いて。
個人的には去年より提出された作品が増えて展示した時に華やかで目立つので満足だった。だが南雲さんは納得してない様子。
展示会場は美術室でボードを立て掛けて通路を作る。他にも光加減の調節のために天井の照明だけでなく柔らかな光を出すためにランプを用意したり、立体物の作品には赤か、黒、白の布を敷いて作品に合うものを選んだ。
工夫は出来るだけしたし、部員の意見も聞いて空間の広さや光源の傾きも調節した。
だが南雲さんは特には自分の作品だけどうしても空間に溶け込めてない気がしたらしく今度は作品の方を微調整し出した。
 最初は部員達も彼女の手伝いをしようとしたが「自分のことだから」と一人で作業しだした。他の部員は明日の予定確認など行ってる。
だがそろそろ部活も終了する。

周りの部員や奏斗の隣で創作していた凛が片付けをし出した。でも奏斗はまだ帰る気にはならなかった。
窓の方を見ると黄昏ていて少しずつが日が暮れるのが早くなっていくのを感じる。でも夕日が最も美しい瞬間を美術室からボォっと作業中に眺められるのなら日照時間が短くなってもいいのかもしれないと奏斗は思った。

「先輩まだ帰らないんですか?」

一息ついたところだった。まだ夏服の制服にリュックを背負った凛に訊かれた。
今描いてるのは落書き程度に筆を走らせた風景画だった。でもこれが楽しくてまだ終わらせられない。

「ううん。後もう少しやるから。先帰ってていいよ」

それから立ち上がって穂乃花に声をかけた。

「僕まだ残るから鍵は閉めとくよ。南雲さんが終わるのも待つから」

「本当? じゃあ、お願いしてい? もう帰るし」

美術室の鍵を預かった。部員が帰っていくと部屋には僕と南雲さんだけ。飾ってあるボードで仕切られていて彼女の姿は見えないが、キャンバスの上を滑る筆先が耳で微かに感じられる。

 部活終了を告げるチャイムがなって数分経った頃。奏斗の水彩画も一通り満足した。
片付けのついでに南雲さんの様子を伺う。
新川先生はたまたまいないがそろそろ戻ってくる気がした。怖い先生ではないが、下校時間なので少し焦る。

「南雲さん……」

「……」

彼女の耳には何も届いてない様子。崩れた髪の隙間から見せる横顔が本当に真剣な表情なので声をかけるのは申し訳ない。だがもう一度今度は大きく彼女を呼ぶ。

「えっ?」

一瞬体をビクッと震わせてからこちらに丸い目を向けた。

「まだ、終わりそうにない?」

「うん。でもあと少し……」

「何が気に入らないの?」

少し近寄る。
彼女が一歩下がり作品全体を見せてくれた。

「どう?」

 そこにあったのは今まで見てきたもののどれとも違うものだった。
一番近いものを選ぶとしたらそれはモネやルノワールのなどの印象派の画家のようだ。筆のタッチがそれを連想させる。でもその世界は彼女の空想の世界。花畑なのにあるマス目状に違う花になってる。しかも不思議なことにどこからか世界が陸ではなく海になってる。花が珊瑚やイソギンチャク、海藻、花畑の上に広がっていた青い空が碧い海に、トンボが魚やクラゲに。

「……何これ?」

 息をのんだ。
ファンタジーな作品は沢山ある。今回の文化祭でもそういう世界を描いた作品はある。でも彼女のは違う。
有名な画家の達ような完璧さはない。高校生らしいまだ欠けた技術的な部分があるようにも見える。でもその自由な空気感、どこにもない個性に強く惹かれた。

「風景画だけど」

二人の間には空気感に天と地ほど差がある。

「ここの花のところが遠くから見たら思ってたよりのっぺりしちゃって、雰囲気はこのままでいいんだけど、もう少し手を加えたくて」

彼女が筆先で示したのは画面の真ん中に近い所の花畑。菜の花の固有色が宿ってた。

「それで、奏斗君ならどう描く? もっとバランス整えたくて」

「いや。このままでいいよ」と、個人的に言いたくなった。でも本人が納得してないので、仕方なく思考を働かせる。

「南雲さんは、この絵に奥行きを出したいの? 遠くから見た時に」

「うん。そうだね」

確かに色は完璧だが平面的に見える。
 少し考えてから口を開いた。

「大袈裟にならない程度に大まかな薄い影を入れた方がいいかも、そこまで細かくない方が楽だし手前の花が綺麗に見える。あと彩度はちょっと高めの方がこの雰囲気は保てるはず」

指で花を指し示す。

「あとは、目立つところに細かく影を描くとか差し色を入れるのもいいかも」

色々口出しをすると上から目線みたいで申し訳なくなってしまう。それに彼女はよく分からないので余計神経が敏感になった。

「天才だよ奏斗君」

一瞬で瞳が輝いた。

「天才。なるほどね、そうすればいいんだ。何回も描き直してると訳わかんなくなっちゃって、でも今のすごく分かった。ありがとう。その案頂くね」

「うん、」

安堵した。
南雲さんが結局笑うことが多い。でも近くで見ると楽しそうで、ベタだけど可愛らしい花みたいに思えた。

「すごいイメージできた。絶対綺麗」

 彼女の迷いのない動きで筆がキャンバスに向いだした。焦っているのか筆で載せた色が少しはみ出していたり、垂れそうな絵の具を指で押さえたり。おかげで手や、よく見ると顔周りの髪にも絵の具が付いてる。

 やっと手を止めたのはそれから数分後。一度キャンバスから離れて全体を確認する。

「すごいよ、完璧。ずっと闇雲だったのに一瞬で光が差し込んできて、天使が舞い降りた」

それから「見て見て」とキャンバスを上機嫌にキャンバスを指差した。確かに全体の奥行きが整ってより一層良くなった。

「いいと思う。綺麗」

彼女も「でしょ? ありがとう」と先程より頬をほんのり赤らめた。こちらも釣られ口角が上がった。

「まだ、やってんのかぁ?」

声の主は新川先生だった。

「こんな時間なんだから、早く帰った。榊もいないしお前ら二人だけなんだろ?」

「すぐに帰ります」

隣にいる彼女は緊張感もなく満面の笑み。

「それにしてもまた色々と散らかってるな、南雲は」

「へへっ」

絵の具やパレットが散らかり放題で見た目は何かの美術作品の様。処理するのは厄介そうなので手を貸す。
鍵は先生が戸締りしてくれるとのことなので預けた。

 今日は文化祭前日でよかった。じゃなきゃ完全下校時間を過ぎてるのに昇降口が開いてるなんてことない。おかげでヒヤヒヤすることはなく学校から出られた。

「駅まで一緒に行こ」

結局片付けまで手伝ったので学校の校門をで出るまで南雲さんと一緒にいた。
 外は陽が落ちていて昼よりはまだマシだがモアモアとする蒸し暑さが残ってる。たまに吹く風はもっと湿っていて重たい。

「まだ、夏が終わってないね」

思っていた以上に蒸し暑いのに楽しそうな様子だった。

「まぁ、そうだね……」

急に立ち止まって顔を覗かれる。

「奏斗君疲れてる?」

「なんで?」

「夏がまだ残ってるのに嬉しくなさそうだから」

確かに夏の風景というのは日本らしい美しいさがある。だがあの暑さには敵わなくて好きかどうかと言われたら苦手な季節だ。

「南雲さんは夏が好きなの?」

「好きだよ。元気が出る感じしない?」

「元気……?」

体力なんかとっくに奪われてしまったが。

「暑いけどそれって太陽のエネルギーって思うと自分も頑張らないとって思わない? 蒸し暑いのは蒸し器の中の焼売にでもなったみたいだけどセルフサウナだと思えば楽しくない?」

それはポジティブな捉え方なのか、今年の暑さで狂った思考なのかよく分からなかった。

「それはすごいね……」

「あとさ、太陽が長い間見守ってくれてる気がするんだよね。今はもう寝てるけど」

「目?」

「太陽が昇ってる間に活動して太陽が沈むと眠りにつくって生活と同じで太陽も空からしたら大きな目みたいで、お昼の間は目が開いてるけど、夜は寝るために目を閉じるから暗いって考えたら生き物みたいじゃん?」

「うーん……」

南雲さんとの会話は宇宙人と会話するような感覚かもしれない。

「でも、奏斗君が夏を素直に喜べないのも分かる。水筒がぬるくなったり、汗がベタベタしたりとか。あと暑くて寝れないとか熱中症になるとかは夏の欠点かな……」

今のは共感できた。

彼女とはそのまま、この前のように駅まで語らいあった。

「全然電車来ないね、いつもより遅れてるし……」

南雲さんとは帰る方面が違うが、彼女の乗る電車の方が遅いので見送ってくれるらしい。

「そりゃ、遅くなったんだからしょうがない」

「?」

キョトンとした顔を見て、彼女が時間を全く気にしていないことを察した。しかたなくスマホの時計を見せる。

「嘘、なんで遅いの?」

「だから準備してたんでしょ? 文化祭の」

「えっ、そんな遅かった? ずっと待たせてた?」

「まぁ……」

南雲さんの目が丸くなる。
 その瞬間電車が来る放送が流れた。

『黄色い線までお下がりください』

放送後すぐにホームに車両が蒸された空気と共に滑りこんできた。

 完全に列車が止まった。奏斗は降りてくる人の流れに逆らって乗り込もうとした丁度だった。南雲さんに挨拶をしようとしたとたんまだ行かせなまいと服を引っ張られた。

「ちょっと待ってよ」

「なに?」

彼女は少し不満気な顔だった。

「申し訳ないよ。人の時間裂いちゃって。なにかさせて?」

「いいよ、別に。もう帰りたいし」

「……そう」

「……」

急に彼女の顔が暗くなる。
結局身体は動かず電車は乗り損ねた。

「余計だったらいいよ。でも私奏斗君と仲良くしたい……」

「え?」

急の発言に跳ねる。それはどういう意味なのか。
彼女はその場でしゃがみこんだ。

「だって、同じクラスになっても部活でも全然仲良くなれてないし」

「南雲さ――」

「それ!」

指を指された。

「美術部の人は呼び捨てなのに私だけ仲間外れにされてる気がする」

「……じゃあ。笑真?」

「うん。嬉しい」

そうして元気に立ち上がった。
何だかいつも距離感の分からなくてなんとなくさん付けをしてた。でも彼女もそういう人との距離を気にしているんだと意外に思う。

「私はずっと仲良くなろうとしてるつもりなのに」

次の電車を待ってる間。二人でベンチに腰掛けた。
彼女の乗る予定の電車は大丈夫なのだろうか。

「だけど、奏斗君は反応がよく分からないし」

何だかすごく見られていた。

「なんで僕だけなの?」

教室には他にももっと沢山彼女があまり関わってない人がいるはずだ。

「だって、奏斗君絵が上手でしょ?」

「はぁ……」

「同じクラスになって、何かしらの課題とか授業で奏斗君って絵を描くのが好きなのかなって思って。あと美術部も気になってたからさ。それに入部して気づいたけど奏斗君って多分この学校で一番絵が好きで上手なんだろうなって」

南雲さんが「ははっ」と何が面白かったのか笑った。

「だからね、気になったけどちょっとライバル? とか思った!」

分かる気がして吹き出した。

「それはある。小さい頃とか絵を上手い人見て敵視してた」

「そんな感じ」

空気がフワッと軽くなる。

「でも……」

今日見た作品を振り返った。
あの絵は彼女みたいに他には真似できない印象がある。あれは上手い下手とかでは言い表せられない。
芸術は測りがない。僕が上手いのなら多分それだけ。きっと彼女にはもっと情熱的なものがある気がする。

「あの作品はすごく良かった。僕のなんかよりずっと綺麗だった」

「本当?」

彼女は頬を真っ赤に染めて嬉しそう。あの絵の菜の花みたいに花開いてる。
無意識か「えへへ」という声も漏れてる。

「そんなに?」

「だって、この前は作品に文句言われてさ」

「そうなの?」

「でも今そんなの吹っ飛んじゃった」

目を細めて幸せそうに笑ってるのを見てこちらも口角が上がる。
 文化祭当日。
卓也と校内を回っていると美術部の展示を見に行くことになった。部員の作品は何度か見てるせいか展示を見ててもただなんとなく見つめてるだけになったが彼女の作品だけは鳥肌がたった。
やっぱり圧巻だ。