知ってほしい。そのままの君が、こんなにも素敵なことを

あの夢を見てから数日経った。
仕事終わり、買い物をした帰りだった。片手のレジ袋の中にはこれから食べる予定の惣菜、明日の朝と夜の分の食材が入ってる。それが歩くたびぶつかってカサカサと音を立ててた。
 家について席にあぐらをかくとふっと一息漏れた。電子レンジの中で照らされてる惣菜に目を向けた。それからガラスに映るピンとしない自分も。

「……」

するといつのまにかテーブルに置いてたスマホが鳴った。
手に取ると一件の通知が来てる。

「あっ……」

開くとそこには久しぶりの名前が表示されてた。
それだけで胸の奥がじわっと温められる。

『やっほー』

続けて送られてきた。

『そろそろさ、集まろうと思って。凛も無事就職できたってメール来てて。みんなで入社祝いしよ』

そこでレンジが鳴った。
重い腰を持ち上げて惣菜を取り出す。
テーブルのレジ袋にあった割り箸でハンバーグを切り分けて一口頬張った。じわっとデミグラスソースと旨味が口いっぱいに広がる。
それだけなのに口端が上がった。

『いつ集まる?』

容器をシンクに置いてから一件送る。
するとすぐに返事が来た。

『久しぶりです! できれば、今週の金曜だと助かるんですけどみんなはどうですか? 予定があれば全然別日でもOKです』

『七時以降なら俺は大丈夫』

『僕もそのくらいなら行ける』

その後、どこのお店に行くかと話し合っていると穂乃花やその他の部員数人もその日は『行ける』とのことでその日の七時に凛の行きたいお店で集まることになった。
 
 シャンプーを泡立てながら今日の仕事がなかったみたいに金曜に着る服、髪型、アクセサリーのことを頭の上で膨らませてた。ベッドに身を任せる頃には胸が弾んで仕方がなかった。
 ただ一つだけ引っかかる。

 その日は朝から三十分以上早く起きた。数日前から今日のことばかり考えて少しだけ浮かれてた。けど今日は着替え出すだけで胸が跳ねる。ベルトも締めて前の方だけタックインした。
髪もワックスで動かして棚に置いてたムスク系の香水も手に取る。
家には香水はこの一本だけ。

大学時代、卓也とお店に寄って二人で選んだものだった。卓也もお揃いのを持ってる。

つけ過ぎず、お腹らへんにワンプッシュだけ吹きかけた。ふわっと柔らかい甘さが漂う。

「これ、かな……」

席について今日身につけるアクセサリーも選んだ。黒のミニフープイヤリングを数個着けてシルバーネックレスも首に飾る。
最後に模様が細かくて重たい指輪と細い金色のリングをはめた。そのせいか少しだけ右手が妙に上がりにくい。
そのまま、持ってたスマホをポケットに突っ込んで肩掛けトートバックにリュックの中のものを入れ移した。

 家から出る前、スタンドミラーを再度覗いた。鏡の中の自分は笑みを零してる。玄関を出ても自分の今日の格好が頭に浮かんだ。顔もなかなか口角が下がらない。
それから今日会う人の顔を思い浮かべた。きっと目を見開く気がする。
会社の人も、特に大日方さんはどんなコメントが返ってくるだろう。
 街の中や電車でもガラスに反射する自分が目に入った。

「おはようございます」

給湯室でコーヒーを淹れる大日方さんの背中に声をかけた。
するとゆったりといつもの調子で振り向いた。

「おはよ。今日なんかモードだね。かっこいいじゃん。そのトップスの色めっちゃ好き」

それだけでまた目が垂れる。

「ですよね。僕も気に入ってます」

「なんかあった?」

「仕事の後に予定入れてて」

軽い足取りでいつもの席に向かった。
自然とその日の仕事は詰まることなく進んだ。お昼休みに今日向かうお店のメニューを開いてた。
でも午後になると何度も時計を確認してしまう。

「それじゃ、お先失礼します」

六時を数分過ぎてノートパソコンを閉じた。鞄を肩に下げて仕事に出る。
 思わず手を広げたくなった。縛り付けるものなく肩が軽くて、服の隙間を通り抜けて肌を撫でる風が心地いい。
眩しい西陽も今だけ自分を照らすスポットライトみたいだった。
 電車で少し行くともう目的の駅に着いた。
暇つぶしで駅近くにある古着屋に立ち寄った。
ダメージジーンズや、小物の革のベルトや帽子も鏡の前で合わせてみる。
でもやっぱり今日の服装が目に入った。
深いターコイズブルーのニットメッシュプルオーバー。その下に黒のタンクトップ。黒いデニムのワイドパンツ。ベルトでくっきりしてるのにダボっとして締め付けられない。
それからまだほのかに香る甘いムスク。
 どこをとっても今日は完璧。

 外に出ると少しだけ肌寒くなる。カーディガンでも羽織ればよかったかなとマップを開きながら思った。
進んでいけばそこは夜の街だった。
都会の建物が高くてどこをとってもキラキラと宝石みたいに輝くのもカチッとしてていい。
けどそこから少し離れた、古いけど楽しそうな笑い声が聞こえるのも暖かい。ところどころのれんや、引き戸の隙間から楽しそうな声が聞こえてきた。

「こんばんは」

目的の居酒屋前に見つけて軽く駆けた。
そして肩をちょんとつつく。

「わっ。えっ、先輩だ」

胸元らへんに上がってた手がビクッと動いた。
それが変わらず小動物っぽい。

「久しぶり」

「ほんとびっくりした」

今日の主役だった。
彼もまた最後に見た時と変わってる。
黒髪が柔らかくくすんだココアみたいな色に、前髪が少し長いセンター分け。
白のポロシャツにダボっとしたドルマンスリーブニット。キャラメル色のチェックの柄が可愛い。

「先輩、服やば。なんかその透け感の色気とか。特にそのタンクトップかっこよ。それと香水つけてます?」

「つけてるよ。楽しみで張り切ってきたから」

近づかれると凛の耳に赤い宝石みたいなピアスが飾られてるの見つけた。それに彼からも匂いがする。バニラみたいな。

「凛もおしゃれじゃん。その上下でシルエットの強弱みたいなの好き」

すると彼のタレ目が細くなった。

「ありがとうございます。もう穂乃花先輩とか入ってるらしいです」

そう言ってドアを引いてくれた。

「おぉ、凛」

入った瞬間、立った楓真と目が合う。
一番奥の小上がりの席だった。そこにもう集まってる。
お店の雰囲気はよくドラマで出て来るようなメニューと値段が古い木の板に書かれて吊るされてるお店だった。他にもグラスを持った女性の絵が壁に貼られてる。
なんとなくどのテーブルにもビールと焼き鳥、枝豆がよく似合う。
 座布団に腰を下ろすと穂乃花がメニューを差し出してくれた。

「卓也はもう一杯頼んじゃってるよ」

そう言う二人はずっと高校の時の面影が残ってる。

「それにしてもね、凛もどうしちゃった分け。奏斗の()()に染まってるじゃん」

「金というよりベージュに近づきつつはあるけどね」

「でもその色も好きだよ」

「今日も決めてていいじゃん」

お店の柔らかい光に照らされる自分の髪に触れた。染めたてはもっと彩度が高いミルクティーみたいな色だった。

「でもさ、なんか合うよね。黒髪も良かったけど、そのなんていうか優しい系のかっこいい顔には」

「えっ?」

「あぁ、分かります先輩ってこんなにバチバチした服きててもふわって優しい顔のまんま」

不意に隣から凛の顔が近づく。

「近いな……」

目を逸らした。
好きに飾った服でなく、元を褒められたからか。
それとも笑真の言ったことが再生されたからか。

ちょっと不自然に近づいてくるななんて思ってたら

『奏斗君かっこいい……』

『美しいっていうより優しい顔だなって』

 今でもなんだか鮮明だった。
その時は何か、笑真が自分を振り回して遊ぶ気なんじゃないかって心のどこかで思ってた。
 今だったら素直に跳ねてる。

「やっぱりさ」

また胸に引っ掛かりがあってポケットからスマホを出した。

「今日笑真来ないよね……?」

賑わってる店の中、声を張り上げた訳でもないのにその場の視線が集まる。

「うん。来てないよね」

「前も来てなかったですし、今日も忙しいって」

「もしかしたら来る、でしょ……」

一度、笑真とのメールを指で開きかけた。
 この高校の部活で集まる飲み会は僕らが二年の頃、楓真が誘ってくれたことで四人で始まった。
翌年は凛や後輩を誘おうと二年が全員二十歳になった時点で行われた。その年はもう一回、そのときたまたま後輩の都合で仲のいい子の五人だけで集まった。
それ以来流れで四年の時にあった四回目も五人になった。でも突然笑真が来れず四人になってから、就職後の五回目も笑真が来てない。理由は『忙しい』だった。
もともと一回目もどんな顔をしていいか分からなかった。お互いどこか作り笑いみたいで。それをやめたかったのかもしれない。
だから、もう『今日は行けたら行く』も彼女への想いも諦めるしかない。
 もう忘れよう。

「来たらさ、今日は奢ってあげよ。多分疲れてるし」

「そうだね」

それで、とりあえず一人一杯頼んだ。
楓真はすでに頼んだビール。
穂乃花はレモンサワー。
凛は梅酒。
僕も穂乃花と同じくレモンサワーにする。
他の後輩達は、カクテルやらビールやら。

「あと、つまみに何がいい? サラダいい?」

「サラダはそこに載ってるの。と枝豆も食べたい」

「焼き鳥もお願い」

「じゃあ、だし巻き卵も追加で」

「あと小さい方の冷奴も」

「え、僕もそれ欲しい」

一気に注文を終えたところで全員分の飲み物が運ばれてくる。

「それじゃ乾杯。凛もみんな就職おめでとー」

飲み物が全部運ばれたところで楓真がグラスを上げた。
それに続いてグラスを手に取る。

「おめでとう」

「これからも頑張って」

「ありがとうございます。乾杯」

「乾杯ー」

大体7つほどのグラスがカシャと涼しい音を立てる。
それから少しして料理も運ばれてきた。
テーブルがどんどん埋もれてく。

「そこのお皿とって」

最初に運ばれてきたサラダを分けた。

「卵焼きちょうだい」

「焼き鳥めっちゃうまい」

それぞれ好きなものに手をつけてった。

「ねぇ、入社してどう?」

楓真がビールを流し込んでから凛の顔を見る。

「うーん。ほんと最初はやっぱ怖かったですよ。普通に誰が誰? って感じで」

「分かる」

枝豆を頬張る。

「でも勤務地結構ここから近くてそこは楽々って感じで」

「いいな」

「いい古着屋あったね」

「あそこいいですよね」

凛がこっちを向いた。

「どんな仕事なの? みんな」

「おれは化粧品とかのメーカーですね。まだ研修って感じ」

「いいな。楽しそう。僕はデータと睨めっこしてる」

「同じく」

仕事の話が続いた。

「やっぱさ、なんか凛まで就職すると時の流れ感じる。思い出せば全部今までが青春だったな」

「何それ。もうおじさんおばさんみたいじゃん」

「いや、今でもこの感じちょっと青いです」

「僕は今の方が自由で楽しい……」

二杯目にハイボールに入った。頬も少しずつ熱くなってくる。

「高校もだし大学もサークルとか友達とどっか旅行行くとか、課題で夜遅くなのも青春」

「仕事も夜まで終われます」

「でも高校って中学より締め付けられないで大学よりも自由ではない感じで楽しむの好きだったな。買い出しとか文化祭とかコンテストも」

「分かる、まだすこし囲いがある感じ」

そこで穂乃花のグラスが運ばれてきた。

「なにそれ」

楓真が隣に置かれたグラスを見る。

「カクテル。ピニャコラーダ」

「飲んだことない」

「一口いいよ」

凛や他の後輩は追加の焼き鳥に夢中だった。
どうやら高校の時の話をしてる。
そんな中、楓真がカクテルに口をつけた。

「甘っ」

「いいでしょ」

穂乃花がグラスを取り上げて一口、口に含んだ。
ただそれだけ。
高校の時からそういう仲。
だった?

「なんか、二人変わらないね。でも前はその距離じゃなかった」

見てるだけで笑みが溢れる。
また、笑真が浮かんだ。もしも、高校のまま続いていたらこの二人みたいになっていたか。

「それは、何度か飲みに行ってるし。それに奏斗は変わりすぎ」

「そう?」

じんわりと全身が湿ってるみたいで服の胸元を仰ぐ。
するとそのタンクトップを指さされた。

「だって、前はそんな格好絶対しないじゃん」

「確かに。不思議だよね。前は第一ボタンまでかかさず止めてたのに」

「今の方服の方がいいじゃん。めっちゃ気に入ってる。前よりずっと好き」

そう言って二の腕の編み目をなぞった。繊維で編まれた穴はギリギリ人差し指が入らないくらい。

「僕もその先輩の格好好きです」

「でしょ」

笑って酒に口をつけると頭の中がふわっとした。意識が緩むような感じ。
背中や首、息まで少し熱を帯びてる。
カウンター席の方で楽しく騒いでる声も聞こえて来た。店員のお盆の上の皿が当たり合う音まで耳に届いく。

「なんかここ暑い……」

楓真が笑う。

「その格好で?」

ゆっくり立ち上がった。

「どこ行くの?」

「暑いからちょっと出てくる」

「おっけ」

トートバッグは席に置いたまま外に出た。
店の外は静かだった。でも歩く人も多い。
足を動かした。周りは隣に何か囁くよう話して通り過ぎてく。その通り過ぎる顔もなくとなく目で追った。
風は音を立てずに、でも撫でれると肌が驚くくらいは冷たい。けれど少し頭も冷えてきた。
見上げると空は微笑んでる。
一面、雲一つなくて色の濃淡がわかるくらいの空。
明るい建物の隙間からでも分かるくらい星が元気だ。
傷ひとつない満月かこちらを密かに覗いてる。それを誰も気づいてない。

『今日なんかモードだね。かっこいいじゃん。』

『服やば。なんかその透け感の色気とか。特にそのタンクトップかっこよ。それと香水つけてます?』

『奏斗の金髪に』

『奏斗は変わりすぎ』

『前は第一ボタンまでかかさず止めてたのに』

確かにその通り。
前の自分なら自分の格好より周りの目をずっと見てた。
きっと何か言われたらすぐ崩れてる。

でもね、今はそんなことないよ。
笑真がいたからまず、卓也に自分のことを知ってもらえたんだ。そらがきっかけだったんだ。

『へぇ、おしゃれね。いいじゃん』

『じゃあさ、なんか買おうよ。服とかじゃなくて香水とかどう? 面白そうじゃね?』

『そのままでいい』って卓也も言ってくれた。
正解とか嫌われないとか関係ないって初めて思ったんだ。自分を隠さないことはわがままみたいダメなことじゃないんだって思った時、ふわっとした。
締め付けられたり息苦しくなくて、むしろ泣きたくなるくらい何か解放されてた。
自分のことも大好きじゃなくても大嫌いじゃない。

 だからどんな人にも見せられるし見て欲しいくもある。それに意外と凛や、楓真、穂乃花、周りの人達ってそれをダメな風になんか言わないことに気づいた。
だからね今、金髪でいることも、派手な格好をすることも、バチバチにアクセサリーをつけることも、香水を楽しむことも、大好き。
嫌な時断ることも、嫌な顔をするのも、過剰に人の顔色、評価を気にしないことも今は怯えない。それで嫌な顔をされても目に入らない。

『これ、どうしても頼めない?』

『分かりました』

堪えることももちろん必要。
だけど今は肩が軽い。

『かっこいいじゃん。そのトップスの色めっちゃ好き』

『僕も気に入ってます』

『色も好きだよ』

『今日も決めてていいじゃん』

『めっちゃ気に入ってる』

『僕もその先輩の格好好きです』

『へぇ、おしゃれね。いいじゃん』

ただそのままの自分が好きって言ってくれる人と一緒にいたい。

「笑真ならどんな風に反応するの……」

話しかけてみた。
目の前にあったのは彼女の顔ではなく月に。
けれどただ満月は大通りを行く人のその中にいる僕と見つめ合うだけだった。