超絶クールな先輩は俺の前でふにゃふにゃのSubになる


「あけましておめでとうございます!」
「あ、あけましておめでとう」

 無事年が明けて、ビデオ通話で暁斗と話している。恥ずかしいから嫌だと固辞したのに、顔が見たいと押し切られてしまっての結果だ。

 画質がそこまで良いわけじゃないから、風谷の顔色はよく分からない。しかし表情が明るいので元気そうだと思った。
 ……結局、自分も暁斗の顔を見て満足してるんだからなにも言えないな。

 クリスマスイブのあのあと、暁斗は薬の影響が抜けるのを一日待ってから退院した。
 そもそもダイナミクス由来の欲求を抑える薬は、グレアの放出まで抑えてしまう。だからプレイなんてできないはずだったらしい。

「ぜんぶ個人差って言葉で片づけられました」
「……ひどくないか?」
「今回はいい結果になったんで、俺もいいかなって」

 声も明るい。僕と話せることを暁斗が純粋に喜んでいるとわかって、照れくさかった。けど、嬉しい。
 話題は僕が二週間後に控えた大学入学共通テストのこととか、暁斗が申し込んだという塾の冬期講習のことだ。色気もなにもないが、しばらくメッセージのやりとりだけだったので話は尽きることがない。

 あの日、晴れて交際をスタートさせた――しかも家族公認で――僕たちは、それから一度も会えていないのである。
 
 なぜなら病院から家に帰った僕は、翌日に熱を出してしまったのだ。時期的にインフルエンザかと家族全員が戦慄したものの、その翌日にはケロッと治った。
 母や姉には『知恵熱じゃないの?』とからかわれ、暁斗には試験まで絶対安静を言い渡されてしまった。つい前日まで自分が病人だったくせに、『外に出ちゃダメです!』なんて過保護すぎないか?

 とはいえこの冬休みは受験生にとって本当に追い込みの時期だから、初めて成就した恋にうつつを抜かしている場合ではない。学力的に余裕はあると思っていても、万に一つも悪い成績を残すわけにはいかないのだ。

 だからいまは最低限のやりとりで済ませるようにしている。暁斗はまめに連絡を寄越してくるタイプだけど、気を遣っているのか即レスはなくなったし、僕もスマホばかり見ないように気をつけた。
 驚くべきことに、メッセージでやり取りしていると声が聞きたくなり、声を聞くと会いたくなってしまう。我ながら……重症だ。

「あー。せっかくのクリスマスも何もできなかったし、年越しも会えないなんて、寂しいです……」
「……お前が会わないって言ったんだろうが」

 暁斗は平気でこういうことを言えるのがすごい。僕はすぐに紅潮してしまう肌の色に気づかれないことを願いながら、そっけなく返す。

「それとこれとは別! 毎日会いたくて仕方ないんです。……こんなの初めてですよ」

 最後の方はぼそぼそと呟くからよく聞こえなかった。でも暁斗に会いたいと言ってもらえただけで、僕の心はふわりと浮ついてしまう。
 だって毎日寝る前になると、今でもこの状況が夢なんじゃないかと考えるのだ。

 あの男が僕の恋人だなんて――信じられるか?

 メッセージだけでは心許なく、都合のいい勘違いをしているような気がしてくる。
 電話で甘い言葉を聞くと、ようやく少し安心して。……でも、叶うことなら……

「初詣……行かないか? 一緒に」
「え……」

 短い時間でもいいから、会いたい。
 画面の向こうの暁斗が驚いて黙り込んでしまうから、慌てて言い訳をつけ足す。

「あ、時期的に! その……試験と不安症が被らないようにしたくて」
「行きます!!」

 自分的には月に一度のプレイで十分だし、暁斗とはどんなに軽いプレイでも僕の本能は満足するらしい。だから本当はまだ全然大丈夫。
 その本音は遠くに放り投げてしまって、見ないふりをする。僕の打算に気づいていない暁斗はやった!と弾んでいるのが、かわいく思えて仕方なかった。

 こんなにもでかい男を捕まえておいてかわいい、なんて可笑しいな。でも一生懸命でまっすぐなところは愛嬌があって、たまらない気持ちになる。
 年下と付き合うってこんな気分になるのか……とたった一個しか変わらないのに僕が納得しているうちに、テキパキと初詣の予定が立てられた。

 混み合うから三が日は避けて、一応学業の神様で有名な神社へ行くことにした。バスを使えばそう遠くない。
 ただ、ひとつ懸念はある。言わなくてもいいかも……いや気にしているのは僕だけか? でも言わずにはおれなかった。

「……学校のやつに会う可能性も高いと思うけど。いいのか?」
「あー……そうでした。やっぱりもっと人気のない神社にしましょうか。ていうか、そもそも受験を控えてる今はやめておいたほうが……」

 そりゃ知られたくないよな。ただでさえ夏はダイナミクスのことで噂になったのに、二人でいるところを見られたら何を言われるかわからない。

 自分でいい出したくせに、やめようと言われてショックを受けている自分に気づく。僕はいつの間にこんなにも欲張りになっていたんだろう。
 別にこそこそと隠した関係でも、両想いになれただけで奇跡みたいなことなのに。

「先輩が卒業してからにしま……」
「僕は見られてもいいから行きたい」
「えっ……」

 言ってしまった。自分が訊いたくせに。
 暁斗の反応を見るのが怖くて、画面から目を逸らしながら言葉をつづける。

「また噂されるかもしれないけど。隣にいる権利くらいあるだろ? 僕は……お前の、彼氏……なんだから」
「…………」

 彼氏、と口にするだけで心臓が震えた。羞恥に全身が熱くなってくる。とんでもないわがままを言っている自覚もあった。
 数秒の静けさが長く感じて、やってしまったと後悔しはじめる。熱を持った顔が今度は青ざめようとしたとき、大きなため息が耳に届いた。

「はーーーっ……なんなんですか殺す気ですか」
「ごめ……」
「かわいすぎるんですけど! あー今すぐ抱きしめたい会いに行ってもいいですか」
「は? だ、だめに決まってるだろ!」

 奇怪な発言に思わず画面を見ると、暁斗は手で顔を覆って「むり……」と呟いている。指の隙間から見える顔が赤いのは気のせいだろうか?
 暁斗の使っている高性能なイヤホンマイクは小さな声まで拾ってしまうので、「ツンデレ」というワードまで聞こえた。おい僕を変な属性に当てはめるな。

 とにかく初詣は行くことに決めた。正直僕はもう何を言われても平気な自信があるし、学校へ行く回数もほとんど限られている。暁斗のことのほうが心配だけど……
 誰にも気づかれない可能性だってあるから、起きてもいないことを心配してもしょうがない。

 暁斗は、『風邪を引かないように、厚着してくること!』『雪が降るかもしれないんで、滑らない靴で来ること!』などと電話を切るまで僕のことを心配していた。

「はー……」
 
 スマホをベッドに置いて、服を脱ぐ。緊張というよりも羞恥と歓喜のせいだろう。着替えたインナーはしっとりと汗を吸っていた。まだ頬は熱い。