「あのっ風谷暁斗くんですよね? きゃー本物! 一緒に写真いいですか!?」
「あーすいません。事務所からNG出てて」
「きゃぁーっ!!」
明らかな冗談にもきゃあきゃあはしゃぐ女性たちは、大人っぽいから近隣の大学生かもしれない。
このまえ街で雑誌のストリートスナップを撮られたから、自分の高校以外の人にも顔が知られてしまっている感はある。地方紙だし、小さい写真だったのになー……
あれこれ聞き出そうとする質問を適当にいなして、関係者以外立入禁止の階段を上る。ひと気のない廊下の窓から校門と前庭を見下ろすと、白い模擬店の屋根以外は人、人、人だった。
文化祭日和といえる快晴のなか、生徒の家族を中心に祭りを楽しみたい近隣の人々がうちの高校を訪れている。今回も圧倒されるほどの盛況だ。
生徒の中にはクラスでお揃いのTシャツを作って着ている人や、宣伝で衣装らしきものを着ている人もいて目立っている。
俺のクラスは、冷凍のクロワッサン生地をワッフルの機械で焼くクロッフルを提供している。見た目が映えるようトッピングには凝っていて、流行りの最新スイーツだからか現時点でもなかなかに行列ができていた。模擬店は昼からもっと混んでくるだろう。
目を凝らし怪しげな人がいないか確認するものの、あまりにも人が多く判断は難しかった。Domとして感じるものも今のところない。
そのとき、スマホがポケットの中で震えた。着信を示す長いバイブレーションだ。
「アキちゃ〜ん緊急事態! クロッフルの材料が足りねぇ! なんで!?」
「すぐそっち行く」
ヤスのでかい声が聞こえた瞬間から自分のブースに向けて駆け出す。事前に計算して準備しているつもりでも、何かしらのトラブルが起きるのはこういうイベントの定めかもしれない。
「ヤス、すぐに買い出し行ってくれるか? 先生、よろしくお願いします」
「任せとけ! 木谷、行くぞ!」
戻る途中で担任を捕まえ、車を出してもらえるよう伝えた。近くにコンビニはあるが、文化祭開始早々に足りなくなるということは大量に材料を買う必要があるはずだ。コンビニでは足りるかわからないし、買い占めは避けたい。
「鈴木さん、足りないもののリストアップと数量計算をお願い。ヤスに連絡入れてやって。いま作れる分は全て提供して、足りない分はお客さんに整理券を渡そう。なにか意見は?」
「整理券はこの前のくじ引きが使えるかも!」
「じゃあ探してきてくれる? 見つかんなかったときのために、山本さんは厚紙切っておいて」
「「はーい!」」
思いつく限りの対応を指示すると、ふうっとひと息つく。パニックに陥っていたクラスメイトも落ち着きを取り戻したようで、てきぱきと各自の仕事に戻っていった。
そういえば、朔先輩のクラスの作品上映がそろそろ始まる時間だ。二時間に一度上映するらしく、行けるうちに見に行ってしまいたい。石田先輩にも一言連絡入れて……
「アキく〜ん、スマホ鳴ってるよ?」
「ああ、ありがと」
長机の上に置きっぱなしだったスマホが震えている。着信の相手を見れば、母だった。
母たちを連れて教室に入ると、ちょうど後ろの方に三席空いていた。校門に到着したという母と合流し、俺が今から先輩クラスの映像作品を観に行くことを伝えると「男女逆転!? おもしろそう!」と付いてきたのだ。
教室で案内や上映の準備をする人のなかに、朔先輩はいない。まぁ来るなと言われているし、観に来たことがバレたら絶対に怒られるだろう。少しガッカリしつつ、やっぱりいなくてよかったと安堵した。
カーテンの閉ざされた教室で照明が落とされると、思ったよりも深い暗闇に包まれる。文化祭の喧騒も遠のいた気がしている間に、プロジェクターが前方のロールスクリーンに映像を投影し始めた。
「……!」
冒頭から美少女が映し出され、息を呑む。白い肌に憂いのある瞳。あどけない顔立ちなのに赤く色づく小さな唇は、少女にひと匙の色気を加えている。
(朔先輩……完成度高すぎますって……)
俺も見たことのある映画のパロディで、朔先輩は脇役だが明らかにクローズアップされていた。そこまで中性的とも思っていなかったのに、映像の中の先輩は男とも女ともつかない不思議な魅力に溢れている。
眼鏡はなく、横分けされた前髪は魅力的な顔を見せつつチラチラと目元を隠す。他の女装男子は付け毛やカツラを被っていたけど、朔先輩はありのままだった。それなのに、細い首筋やスカートから見える脚が艶かしく見えてしまう。
途中ギャグっぽいパートも挟まれくすくす観客が笑う場面もあったが、俺はずっと先輩を目で追うことに必死だった。
決して演技が上手いとは言えない。けれど、抑揚の薄い声は先輩のミステリアスな雰囲気を高める役割を担っているだけだった。
「おもしろかったわねー。特にあのヒロインの友人役の子? デビュー作で助演女優賞取りそうな感じ」
エンドロールの最後に二次元コードが表示される。アンケートのお願いがアナウンスされるなか、母はスゥさんときゃっきゃと話している。周囲で囁き合われている感想も、朔先輩に言及しているものが多いように感じた。
「はぁ……」
頭を抱えたい。こんなの、絶対に注目されるじゃんか。映像編集した人も狙ってやったに違いない。先輩は……無自覚だろうなぁ。
まぁこんな女装じゃなくいつもの先輩なら、眼鏡で顔も隠してるしバレないか……? 朔先輩を知っている人なら分かるだろうけど、そうでなければすれ違っても同一人物だと気づかれないはずだ。
(うん、無駄な心配したな。先輩が自ら目立つことするはずないし……)
自分を納得させ、教室を出る。そろそろ巡回に戻らないといけないと考えていたとき、男女五人ほどのグループとすれ違った。
「……?」
どこか違和感を感じ振り向くも、特に変わったところはない。何人かは髪の色が明るかったから外部からの客だろう。既視感を感じたが、後ろ姿ではよく分からなかった。
「暁、午後になったらクロッフル食べに行くね」
「おー了解」
話しかけられて、思考が霧散する。母たちとはそこで別れ、俺はとりあえず校内を一周することにした。
「あーすいません。事務所からNG出てて」
「きゃぁーっ!!」
明らかな冗談にもきゃあきゃあはしゃぐ女性たちは、大人っぽいから近隣の大学生かもしれない。
このまえ街で雑誌のストリートスナップを撮られたから、自分の高校以外の人にも顔が知られてしまっている感はある。地方紙だし、小さい写真だったのになー……
あれこれ聞き出そうとする質問を適当にいなして、関係者以外立入禁止の階段を上る。ひと気のない廊下の窓から校門と前庭を見下ろすと、白い模擬店の屋根以外は人、人、人だった。
文化祭日和といえる快晴のなか、生徒の家族を中心に祭りを楽しみたい近隣の人々がうちの高校を訪れている。今回も圧倒されるほどの盛況だ。
生徒の中にはクラスでお揃いのTシャツを作って着ている人や、宣伝で衣装らしきものを着ている人もいて目立っている。
俺のクラスは、冷凍のクロワッサン生地をワッフルの機械で焼くクロッフルを提供している。見た目が映えるようトッピングには凝っていて、流行りの最新スイーツだからか現時点でもなかなかに行列ができていた。模擬店は昼からもっと混んでくるだろう。
目を凝らし怪しげな人がいないか確認するものの、あまりにも人が多く判断は難しかった。Domとして感じるものも今のところない。
そのとき、スマホがポケットの中で震えた。着信を示す長いバイブレーションだ。
「アキちゃ〜ん緊急事態! クロッフルの材料が足りねぇ! なんで!?」
「すぐそっち行く」
ヤスのでかい声が聞こえた瞬間から自分のブースに向けて駆け出す。事前に計算して準備しているつもりでも、何かしらのトラブルが起きるのはこういうイベントの定めかもしれない。
「ヤス、すぐに買い出し行ってくれるか? 先生、よろしくお願いします」
「任せとけ! 木谷、行くぞ!」
戻る途中で担任を捕まえ、車を出してもらえるよう伝えた。近くにコンビニはあるが、文化祭開始早々に足りなくなるということは大量に材料を買う必要があるはずだ。コンビニでは足りるかわからないし、買い占めは避けたい。
「鈴木さん、足りないもののリストアップと数量計算をお願い。ヤスに連絡入れてやって。いま作れる分は全て提供して、足りない分はお客さんに整理券を渡そう。なにか意見は?」
「整理券はこの前のくじ引きが使えるかも!」
「じゃあ探してきてくれる? 見つかんなかったときのために、山本さんは厚紙切っておいて」
「「はーい!」」
思いつく限りの対応を指示すると、ふうっとひと息つく。パニックに陥っていたクラスメイトも落ち着きを取り戻したようで、てきぱきと各自の仕事に戻っていった。
そういえば、朔先輩のクラスの作品上映がそろそろ始まる時間だ。二時間に一度上映するらしく、行けるうちに見に行ってしまいたい。石田先輩にも一言連絡入れて……
「アキく〜ん、スマホ鳴ってるよ?」
「ああ、ありがと」
長机の上に置きっぱなしだったスマホが震えている。着信の相手を見れば、母だった。
母たちを連れて教室に入ると、ちょうど後ろの方に三席空いていた。校門に到着したという母と合流し、俺が今から先輩クラスの映像作品を観に行くことを伝えると「男女逆転!? おもしろそう!」と付いてきたのだ。
教室で案内や上映の準備をする人のなかに、朔先輩はいない。まぁ来るなと言われているし、観に来たことがバレたら絶対に怒られるだろう。少しガッカリしつつ、やっぱりいなくてよかったと安堵した。
カーテンの閉ざされた教室で照明が落とされると、思ったよりも深い暗闇に包まれる。文化祭の喧騒も遠のいた気がしている間に、プロジェクターが前方のロールスクリーンに映像を投影し始めた。
「……!」
冒頭から美少女が映し出され、息を呑む。白い肌に憂いのある瞳。あどけない顔立ちなのに赤く色づく小さな唇は、少女にひと匙の色気を加えている。
(朔先輩……完成度高すぎますって……)
俺も見たことのある映画のパロディで、朔先輩は脇役だが明らかにクローズアップされていた。そこまで中性的とも思っていなかったのに、映像の中の先輩は男とも女ともつかない不思議な魅力に溢れている。
眼鏡はなく、横分けされた前髪は魅力的な顔を見せつつチラチラと目元を隠す。他の女装男子は付け毛やカツラを被っていたけど、朔先輩はありのままだった。それなのに、細い首筋やスカートから見える脚が艶かしく見えてしまう。
途中ギャグっぽいパートも挟まれくすくす観客が笑う場面もあったが、俺はずっと先輩を目で追うことに必死だった。
決して演技が上手いとは言えない。けれど、抑揚の薄い声は先輩のミステリアスな雰囲気を高める役割を担っているだけだった。
「おもしろかったわねー。特にあのヒロインの友人役の子? デビュー作で助演女優賞取りそうな感じ」
エンドロールの最後に二次元コードが表示される。アンケートのお願いがアナウンスされるなか、母はスゥさんときゃっきゃと話している。周囲で囁き合われている感想も、朔先輩に言及しているものが多いように感じた。
「はぁ……」
頭を抱えたい。こんなの、絶対に注目されるじゃんか。映像編集した人も狙ってやったに違いない。先輩は……無自覚だろうなぁ。
まぁこんな女装じゃなくいつもの先輩なら、眼鏡で顔も隠してるしバレないか……? 朔先輩を知っている人なら分かるだろうけど、そうでなければすれ違っても同一人物だと気づかれないはずだ。
(うん、無駄な心配したな。先輩が自ら目立つことするはずないし……)
自分を納得させ、教室を出る。そろそろ巡回に戻らないといけないと考えていたとき、男女五人ほどのグループとすれ違った。
「……?」
どこか違和感を感じ振り向くも、特に変わったところはない。何人かは髪の色が明るかったから外部からの客だろう。既視感を感じたが、後ろ姿ではよく分からなかった。
「暁、午後になったらクロッフル食べに行くね」
「おー了解」
話しかけられて、思考が霧散する。母たちとはそこで別れ、俺はとりあえず校内を一周することにした。



