○黒鬼の屋敷、居間、午前中(朝食後)
居間でお茶を飲む宵と蓬。

蓬「おでかけ……?」

宵「そうだ。商店街にでも繰り出そうと思ってな」

蓬「ああ、みなさんで?」

宵「いや、2人っきりだ」

蓬「えっ、2人!?」
蓬M(それってデート?いや、2人でお出掛けするだけだし)
N「※それがデート」

宵「どうだろうか?街を2人で探索するのも楽しいと思うんだ」

蓬「うん……!」
蓬M(どうしてかすごく楽しみで胸がドキドキするのはどうして?)

○街、昼前
手を繋ぎ街を歩く宵と蓬。

蓬「反動、まだ苦しい?」
蓬M(手に振れてるってことはそう言うことだよね)

宵「いいや、元気だよ」
宵、1拍考えて手元を見る。

宵「これは蓬と手を繋ぎたいからだ」

蓬「へぁっ!?」
蓬、頬を赤くする。

✕ ✕ ✕

宵「雑貨屋だ。蓬は簪とかは付けるか?」
宵、簪屋を見ながら。

蓬「付けたことがなくて」
蓬M(そう言うのは全部花のものだったから)

宵「それならひとつ……」
そこで花の怒りの声が響く。

花「ちょっと、全部買うって言ってるでしょ!?とっとと寄越しなさいよ!」
雑貨屋に詰め寄る花。花の様子に戸惑い焦る響。

店主「困ります!他のお客さまが買えなくなりますし、それに大幅な値引きだなんて」

花「はぁ!?私は貴族の娘で白鬼の花嫁になるのよ!便宜をはかるくらい当然でしょ!」

響「花、それくらいに……」
響、花を止めようとする。

花「何よ!響が何でも買ってくれるって言ったじゃない!」

響「それにしたって限度ってものが……」

花「だから半値にしろと要求してるじゃない!」

店主「ですからそれは困りますと」

花「アンタに聞いてないのよ!私が半値にしろといったらするの!」

店主「そんな無茶苦茶な」
その様子を見た宵と蓬。

宵「何だ?あれは」

蓬「昔から何でも欲しがってねだっていたけど、あれほどじゃなかったような」
蓬M(響さまからの高級な贈り物で充分満足げだった)

蓬「それに自ら買い物に来るなんて、そこまでの物欲が?」

宵「もしかしたらと思うが中和の異能が切れたからじゃないか?」

蓬「……そうか。触れたら異能が発動するんだよね」
蓬、考える素振り。

蓬「蹴られたり叩かれたりだったがそれも判定になった」

宵「内容が聞き捨てならないが、言霊と言うのは強い異能だ」

蓬「だからこそ両親が養女に迎えたんだと思う」

宵「異能を求める家としては喉から手が出るほど欲しいだろうな」

蓬「両親も家も、私よりも花を甘やかした」

宵「しかしその反動は相当なもの。彼女の場合は物欲や攻撃性で現れる」

蓬「甘やかされた花にはうってつけの反動だった」
蓬M(だけど中和の異能がなくなったから本来の反動が現れてしまったのだ)

宵「だな。無効化と言っても異能だけ。反動まで無効化してやる義理はない」

蓬M(そのために宵が苦しむなんて、私も嫌だ)
蓬、頷く。その時また花の叫びが響く。

花「私の言うことを聞いてくれない響さまなんて知らないわ!」
花、響の腕を振りほどく。

響「花!」
響、手を伸ばすが掠める。
蓬たちに向かってくる。花が蓬たちに気が付く。

花「何でアンタみたいな異能がうろちょろしてるのよ!」
花、蓬に迫る。宵が庇う。

花「……っ!この……っ」
花、宵を睨む。

花「思えばあなた」
花、次の瞬間蕩けた表情になる。

花「結構顔がいいじゃない」

宵「(訳が分からない顔)……は?」

花「そんな無能よりも私の方が美しいはずよ」

蓬M(宵を誘惑してる!?)

○蓬14歳、回想、実家、玄関先
響に責められ俯く蓬。

響「この無能め!お前のような女が婚約者だなどと虫酸が走る!」

蓬「……」
蓬、ただ黙って響の怒りが過ぎ去るのを待つ。

響「その分花は素晴らしい子だ」
蓬、顔を上げる。響の腕にに抱き付く花。

花「聞いて、響さま。お義父さまとお義母さまが私のために簪を買ってくれたのよ」
花、簪を見せびらかす。

響「ああ、君に似合うよ。ぼくからも着物を贈ろう」

花「嬉しい!」
仲良く腕を組む響と花の後ろ姿。

蓬M(花は何でも奪っていった。両親も、婚約者も、全部。何もかも)

○回想終わり、現在に戻る、街、昼
宵に手を伸ばす花。不安げな蓬、宵の顔を窺う。

宵「(怒り)ふざけるな!」
宵、花の手を払いのける。

花「(狼狽)な、何よっ!」
※誘惑で思い通りにならずに焦っている

花「いたぁいっ!響さまぁっ」
花、わざとらしく響に抱き付く。

響「(憤怒)花に何をする!」

宵「何をだと?それはお前の婚約者なのだろう。それがあからさまに他の鬼に手を出しているのによくもぬけぬけと」

響「花は誰にでも愛されるんだ!」

宵「言霊の異能で惹き付けていただけじゃないのか?」

響「何だと!?」

宵「言霊を無効化された今が本当の現実だ。現実を受け入れたらどうだ」

響「お前の方こそそんな無能を引き連れて!」

宵「蓬は無能などではない」

響「言わせてみれば!では聞くが、その無能が一体どんな異能を持つと言うんだ!」

宵「『中和』だよ」

響「(呆然)え……?そんなの、あり得ない!」

宵「ならお前は婚約者であったのに気が付かなかったと無能と言うことだ」

響「私を無能扱い!?証拠はっ」

宵「俺と暁が証明するさ。もちろんお前には」
宵、蓬を抱きよせる。

宵「もう一生触れさせないがな」
宵、ニヤリと笑み、蓬は安心したようにホッとする。

響「この……っ」
響、宵に掴みかかろうとする。

響「……っ!」
街の人々や警邏の鬼たちに取り囲まれていることに気が付く。

響「帰るぞ、花!」
響、花を引っ張り逃げ出す。

花「嫌あっ!まだ何も買ってないのにぃっ!」
花の声が遠ざかる。

✕ ✕ ✕

響と花が去り、集まっていた人々や鬼は捌け、街は元通りに。

宵「だいぶ騒がしくなってしまったが……ひとつ買っていこう」
宵は被害を受けた店を示す。店先には色とりどりの簪。

宵「騒がしくしてしまった詫びだ」

店主「いえ!むしろお礼を言いたいくらいです!お安くしますよ」

宵「それはありがたい。蓬、好きなものを選んでくれ」

蓬「いいの……?」

宵「もちろんだ」

蓬「それじゃぁ……」
色とりどりの簪を眺める蓬。赤い簪を手に取る。

蓬「葵さんからのお下がりに似合うと思って」

宵「ああ。とても似合う」
勘定をする宵。

宵「代金だ」
店主「まいどあり」
宵、勘定を済ませる。

宵、簪を蓬につける。

宵「(微笑み)よく似合う」

蓬「(恥じらいながら)うん、ありがとう……っ!」

宵「でも今度、その簪に似合う衣を俺からも贈らせてくれ」

蓬「……っ!」
ハッとする。

蓬「うん……!」
今までで一番幸せそうに笑む。

○黒鬼の屋敷、寝室、夜
蓬、宵にもらった簪を見つめる。

蓬M(宵は私から離れずに守ってくれた)
蓬、簪を握る。

○黒鬼の屋敷、宵の部屋、夜
宵の部屋を訪れる蓬。

蓬「宵」

宵「蓬?」
座布団を用意する宵、腰かける蓬。

蓬「ありがとう」

宵「いや、そんなことよりどうした?悩みごとか?」

蓬「あ……あのね!私、実家ではいつもひとりだった」
回想:実家でひとりぼっちの蓬、両親に簪を買ってもらい両親と喜ぶ花を遠目で見つめる。

蓬「響さまも婚約者って肩書きだったけど、私が無能だったから見向きもせず花を選んだ」
回想:ひとりぼっちで俯く蓬、互いに抱き合う花と響の後ろ姿。

蓬「(決意を込めた表情)だから嬉しかったの!」

宵「蓬っ」
頬を赤らめる宵。

蓬「ありがとうって伝えたくて。私のことを無能じゃないって言ってくれて、私の異能も見付けてくれた」
宵、蓬を抱き寄せる。

蓬「私をひとりにしないでくれたから」
蓬を抱き締める宵。

宵「ああ、もうひとりにしない」
抱き合うふたり。

宵「すぐにでも祝言をあげたいくらいだ」

蓬「宵ったら」
蓬、ふんわりと笑む。

○実家(月守家)、花の部屋、夜
色鮮やかな着物や簪、小物が散乱する花の部屋。

花「もう……っ!何なのよ!蓬のせいで今日は最悪!」
花、頭をかきむしる。

花「しかも何よ『中和』の異能って!そんな役に立たなさそうな異能が何なのよ!私の言霊の方が……言霊言霊言霊……っ!いつまで言霊が使えないのよ!」

響「花、いいか」
襖の向こうから響の声。

花「……っ!響さまぁっ!」
顔を輝かせる花、立ち上がり襖を開ける。

響「(申し訳なさそうな表情)その、伝えたいことがあって」

花「(目を輝かせて)なぁに!?もしかして私たちの祝言の日取りが決まったの!?いつ!?」
花、胸の前で手を組み響を見つめる。

響「祝言は……行われないことになったよ」

花「(呆然)は……?」
花、ピタリと固まる。