○前話回想、黒鬼の屋敷客間、布団の上、朝
目を覚ます蓬

蓬「ここは」
見慣れぬ天井にハッとする。

蓬「そうだ……黒鬼の、宵の屋敷だ」
むくりと起き上がる。

蓬「そう言えば、昨日」
抱き締められたことを思い出す。

蓬「……優しくて、温かくて」
頬が赤らむ。

ノックの音。

葵「(襖の向こうから)そろそろご飯の準備が出来るのだけど、入ってもいいかしら?」

蓬「は、はい!」
緊張しながら答える。
襖が開き葵が現れる。

葵「今日のお着物よ。蓬ちゃんに似合うと思って」
蓬の手元には薄紅の着物。

蓬「こんなにいいものを……っ」
蓬M(寝巻きまでもらってしまったのに)

葵「お古だけどまだまだ着られるし、着てくれる子を探していたのよ」

蓬「それなのに私なんかに……」

葵「何かじゃないわよ」
蓬の口元に葵が人差し指を持っていく。

葵「蓬ちゃんはとってもかわいいんだから。私が保証するわ」

蓬「葵さんっ」
顔がかあぁっと赤くなる(照れと憧れ)。

葵「さて、着替えたら案内するわね」

蓬「は、はい!」
蓬、急いで仕度を始める。

○黒鬼の屋敷、居間、朝
着替えた蓬を葵が居間に案内
襖の向こうには宵、座卓、朝食。

宵「おはよう、蓬。座るといい」

蓬「(緊張)お……おはよう、宵」

宵「ああ」
宵と呼んでもらえて満足げ。
蓬は宵の正面の席に座る。

宵「苦手なものがあれば言ってくれ」

蓬「だ、大丈夫」
蓬M(実家では食べさせてもらえないこともあった。だから選り好みはしたことはない)

宵「ではいただきます。蓬も食べるといい」

蓬「いただきます!」
おかずをひとくち。

蓬「美味しい」

宵「(微笑み)口に合ってよかった」

蓬「……!」
蓬M(昨日みたいな優しい笑み。そう言えば)
抱き締められたことを思い出し頬が赤らむ。

宵「どうした?」

蓬「何でも……ない」
蓬M(宵は普通にしてる)
箸を進めながら。

蓬M(思えばあれは私の中和の異能を受けるためのもの。変な期待をしてはダメだ)
頭を振り切る。

宵「蓬」

蓬「……!」
ハッとして宵を見る。

宵「急で悪いんだが、今日は宮廷に行こうと思ってな」

蓬「宮廷……!その、気をつけてね」

宵「いや、蓬も行くんだ」

蓬「私も!?」

宵「もちろん。俺と蓬の婚約を宮廷に認めてもらうために行くんだ」

蓬「……婚約」
蓬、箸を止める(事態が飲み込めない)。

宵「既にあった婚約は破棄されたんだ。なら今度は俺が蓬を幸せにする」

蓬M(幸せ……)
蓬、余韻を含ませるように心の中で呟く。

○宮廷へ向かう馬車の中、午前
御者は焔、中では蓬と宵が向かい合い腰かける。

宵「緊張しているか?」

蓬「はい……行くのは初めてなので」

宵「初めて?貴族の鬼と婚約するなら宮廷に挨拶に行くものだと思うが」

蓬「生まれた時には既に決まっていたから」

宵「そうか……そうだったな。それでも顔見せくらいは行くものだと思っていたが」

蓬「そう言う機会はなくて」

宵「宴会は?」

蓬「一度も」
首を振る。

宵「通りで宮廷では会えなかったわけだ」

蓬M(宮廷でも探してくれたのだろうか)

宵「もっと探らせるべきだったか」

蓬「い、いいの!その、私の異能が開花しないからと思って連れていかなかったんだと思うから」

宵「だからって……鬼と婚約した子女なら参加させるべきだろう」
宵が憤る。

蓬「(俯く)ごめんなさい」

宵「謝るな。蓬はなにも悪くない」

蓬「……!」

宵「すぐに謝る癖、直さないとな」

蓬「ごめんなさ……あっ」
慌てて両手で口を塞ぐ。

宵「ふふっ」

蓬「……っ」
クスッと笑む。
馬車の中は和やかな空気になる。

○宮廷の回廊、昼前
宵と回廊を進む蓬。焔も後からついてくる。

宵「緊張することはない……とはいえするか」

蓬「う、うん」

宵「これから会うやつは俺の幼馴染みだ」

蓬「宵の?」

宵「だから何かあってもすぐに助けられる。安心してくれ」

蓬「うん」
ホッと安心して笑む蓬。

花「ちょっと、何でここにアンタがいるのよ!この無能!」
蓬、驚いて声の方に顔を向ける。
そこには花と響。

響「お前は漆木宵!何故そんな無能を連れている!」
畏縮する蓬。宵が蓬の前に腕を出し庇う。

宵「黙れ。無能なのはお前の節穴の目だ!」

響「何だと!?」

花「そうよ!その無能は異能も持たない役立たず!」
花が蓬に指を指して叫ぶ。

花「そのくせに……っ」
蓬をねめつける。

花「せっかく追い出してやったのに別の鬼にすり寄るなんてとんだ尻軽ね!」

蓬M(そんな言い方……っ)

宵「黙れと言っている」

花「正式に響の婚約者となった私に向かって……っ!黙るのはお前の方よ」
花、ほくそ笑む。

蓬M(まずい、言霊を使う気だ!)

花「『そこの黒鬼、黙れ』」

響「(焦った青い顔)花!よせ!」
響、花を止めようとする。

宵「もう遅い」
宵、低い声で威嚇する。

花「きゃっ!?」
まるで見えないものに反発したように花が尻餅をつく。

花「何をするのよ!黒鬼!私に謝罪しなさい!今すぐに!何をボサッとしているの!」
宵を見上げて睨み付ける。

響「おい、花!やめろ、どうしてしまったんだ!」
響、跪き花に寄り添う。

花「言うことを聞きなさい!そうだ……蓬!代わりにアンタが床に額をつけて謝んなさい!」
花が勝ち気に叫ぶ。

花「あっはっはっはっは!せっかく媚を売った鬼相手に無様ね!笑える……わ?」
大笑いしていた花、突如真顔になる。

蓬M(言霊が……発動していない?)
蓬、びくつきながらも気が付く。

花「何でやらないのよ。今までならすぐにそうなって……私の言霊が発動していない?」
花、自分の両手を見ながらわなわなと震える。

花「どうして!」
花、憤る。

宵「ふ……っ、ふふふっ」
クツクツ笑い出す宵。

宵「無効化の異能力者に進んで異能をぶつけるとは愚かにもほどがある」
宵、勝ち誇った顔。

花「(呆然、震える声で)ど……どう言うことよ」

宵「俺の異能は少々強力でなぁ。異能を無効化した余波で暫く相手の異能を無効化したままにするんだ」

蓬「つまりは使えなくなる?」

宵「そう言うこと。昨晩のは軽めにしたからせいぜい数十分だが、お前は特別だ」
宵が花をビシッと指差す。

宵「数日、異能が使えない。つまりは無能になったわけだ」

花「そんな、嘘でしょ!?」
狼狽える花。

宵「嘘だと思うのなら数日使えぬ異能をひたすらに試してみるといい。だーれもお前の言うことなど聞かない滑稽な喜劇の始まりだ」
宵がお手上げポーズ。

花「そんな……嘘よ!ねえ響!嘘だと言って!」
花、響にすがり付く。

響「(項垂れる)……済まない。漆木宵に無効化されたら……そうなる」

花「そんな、嘘だと言ってよ!ねぇ!」
さらに激しく響にしがみつく。
騒音に周囲の武官が集まってくる。

宵「つまみ出されたいか」
宵の前に焔が出てきて刀に手をかける。

宵「それとも雷で攻撃してもいいぞ、羽白響」

蓬M(響の異能も封じるってこと?)

響「く……っ、行こう、花」
悔しげな響、花を強引に引っ張っていく。

花「いやぁぁ!いやよいやよ!こんなのぉっ!」
花の喚く声が遠ざかる。

暁「やあ。そろそろ片付いたかい?」
悠長に現れる春宮・暁。紫色の鬼角に藤色の髪、紅梅の瞳、美男子。狩衣。

宵「ああ、お陰さまで」
宵、いたずらっぽく笑う。

○宮廷、春宮の間、昼
御簾は上げられている。春宮の正面に腰かける宵、蓬、後ろに控える焔。

宵「蓬、紹介する。コイツが俺の幼馴染みの暁」

蓬「暁さま?」
蓬M(この部屋も、装いも控える臣下の数も尋常じゃない。相当高貴な御方のようだけど)

暁「(笑顔)ああ、私を『コイツ』だなどと呼べるのはお前くらいだよ、宵」

暁「初めましてになるな。一応春宮をやっている。紫瑞暁と言う」

蓬M(春宮……っ!?)
ぶっ倒れそうな蓬。
宵が抱きよせ支える。

宵「うん。やはり蓬がいてくれると落ち着く。ひどい頭痛も怠さも吹き飛んだ」

蓬「そう言えば先ほど異能を……」

宵「ああ。容赦なくやったからな。今の俺には蓬が不可欠だ」

蓬M(それなら宵のために力になりたいが……春宮さまの御前で良いのだろうか……)
蓬、不安げ。

暁「いやぁ、感心感心!異能をぶっぱなした後の宵がこんなにも晴れやかな表情とは」
クツクツと笑う。

暁「話には聞いていたが見事だ、月守蓬」

蓬「……!」
蓬M(春宮さまに褒められた!)

暁「鬼の契約への律儀ささえなければ、すぐに宵に婚約をすげ替えてやりたかったが。遅くなって済まないな」

蓬「そんな、春宮さまが謝られることでは……っ」

暁「いいんだ。これは幼馴染みを救ってくれたせめてもの詫び。そして宮廷としてもお前たちふたりの婚約を認めよう」

蓬M(婚約が認められた!)

暁「我が幼馴染みであり自慢の懐刀の婚約を祝して、春宮からのありがたい言葉だ」

宵「ありがたく」
蓬、宵の座礼に続く。

○黒鬼の屋敷に帰還、昼下がり
帰還した蓬、宵、焔。
葵を中心に人間の花嫁たちに出迎えられる。

一同『お帰りなさいませ』
驚く蓬。

人間の花嫁A「昨晩はごめんなさい」
人間の花嫁B「何も知らずに無能扱いだなんて、浅はかなことをしたわ」

蓬「いえ……そんな!私は平気です」

人間の花嫁A「あなたは素直ないい子だわ」
人間の花嫁B「あなたが宵さまの花嫁になってくれるのなら歓迎しないわけにはいかないわ」

蓬「みなさん……!」
認めてもらえたことに感激する。

蓬「月守蓬と言います。改めて、よろしくお願いします」
蓬がぺこりと会釈。
パチパチと歓迎の拍手が起こる。

宵「良かったな」
ニッと笑う宵。

蓬「(笑顔)……うん!」

○黒鬼の屋敷、洗面所、夜
鏡を見る蓬。
今日のことを思い起こし思わず微笑み、気が付く。

蓬「私、いつの間に笑えるようになっていたんだ」
鏡の向こうの自分に向かってふと呟く。

「私も幸せになっていいの……?」

○洗面所の外、夜
蓬の様子を見守る宵。

宵「(小声で)ああ、幸せになっていいんだよ」

ハッとして振り向いた蓬。

蓬「……宵?」
洗面所の外を見るが誰もいない。蓬、ひとり首をかしげる。