○前話回想
蓬、宵に拾われた時のことを思い出す。

宵『なら、俺と来るといい』
手を差し伸べる宵。

蓬「……私は無能だから」
蓬M(宵の側にいちゃいけない)
蓬、静かに涙する。

○鬼の屋敷から少し離れた夜道

蓬「……行く宛てもない」
蓬M(このまま野垂れ死ぬのだろうか)
蓬、自身の着物を見る。

蓬「(悲しげに)恩……返せないな」
足音が近付く。

蓬「……!」
振り返った蓬、後ろには鬼の武官2人。手には行灯。

鬼A「こんなところで何をしている!」
鬼B「不審な女め」

蓬「……っ」
蓬M(どうしよう)
蓬、恐怖でしゃべれない。

鬼A「どうにか言ったらどうなんだ!」
鬼の手が伸びる。
蓬、咄嗟に後ずさる。

蓬M(逃げなきゃ)
走り出そうとする蓬。
鬼A、手に火の玉を浮かべる。

鬼A「逃げるとはますます怪しいやつめ!」
蓬「ひ……っ」
響に攻撃された時のシーンがフラッシュバック。脅える蓬。

宵「待て!」
その時宵が割り込む。蓬の前に立つ。

宵「脅えてる人間の娘相手に何をしてる!やめろ!」
鬼Aの火の玉が掻き消える。

鬼A「俺の炎が……黒鬼……まさか漆木のっ」
鬼B「無効化の異能の持ち主か」

宵「俺は漆木宵。彼女は俺の客人だ。彼女の身分は俺が保証する」
宵、蓬を庇い堂々と告げる。

鬼A「漆木の若君でしたか!」
鬼B「申し訳ありません」
武官たちが謝罪の礼をする。

鬼A「しかし何ゆえにそのような姿でひとりで……」
心配そうにする鬼A。

宵「さぁて、男女の仲なんて色々あるだろう?」
どこか含むようにニヤリ。

蓬M(男女って……いや、変なことを考えてはダメだ)
テンパる蓬、平静を取り戻そうとする。

鬼A「これは失礼を」
鬼B「我々はこれにて」
武官たちが慌てて立ち去る。

宵「大丈夫か、蓬」
宵、売って変わり蓬に優しく微笑みかける。

蓬「は……はい」
宵の笑顔にホッとする蓬。

宵「冷えるだろう、これを」
宵、自分の羽織を蓬に被せる。

蓬「そんな……宵さんは」
戸惑う蓬。

宵「さんはいらないって。それに俺はこのくらいの寒さ、平気だ」
宵、ニッと笑い蓬の手を取る。

宵「ほら、帰ろう」
宵にそう言ってもらえて嬉しそうな蓬。

蓬「でも私は無能だから……鬼の屋敷には相応しくない」
しかし現実を思い出し落ち込む。

宵「人間の花嫁たちに何か言われたか?」

蓬「それは……っ」
蓬、見透かされていたことにハッとする。

宵「葵が偶然耳にしたようでな。たしなめたそうだが……急いで客間を確認したら蓬がいなかった」

蓬「(俯きがちに)ごめんなさい」

宵「謝るのはこちらの方だ。屋敷のものたちが済まなかった」
宵、頭を下げる。

蓬「(顔を上げる)そんな……っ」

宵「それに蓬は無能じゃない」
宵、顔を上げ蓬をまっすぐに見つめる。

蓬「(戸惑いながら)でも私は異能なんて……」

宵「あるぞ。蓬にも異能がある」
宵、まっすぐに告げる。

蓬「(驚き)え……っ」

宵「こうして手を繋いでいるだけでも分かる」
宵、優しく笑む。

蓬M(どう言うこと?)
蓬、キョトンとしながら。

宵「まぁいつまでも外では何だ。続きは屋敷で話そう」

蓬「……うん」
手を繋ぎ、2人で歩き出す。
蓬、頬を赤くしながら手を宵に委ねる。

蓬M(離れるつもりが……迎えに来てくれることがこんなにも嬉しいなんて)

○黒鬼の屋敷、門の前、深夜
行灯を持った焔と葵。葵は蓬に抱きつく。

葵「蓬ちゃん!無事でよかった」
蓬「(うるみがちに)葵さん……っ」
焔はやれやれと苦笑。

焔「無事に見付かって何よりだよ」
宵「当然だ」
宵も優しく微笑む。

○鬼の屋敷、客間
宵と蓬が向かい合って座る。

宵「まず説明すると、俺の異能は無効化だ。先祖返りと呼ばれるからか少々異能の力が強くなる」

蓬M(そう言えば他の鬼の異能ですら一瞬で消してしまった)
蓬、鬼Aの炎を消した情景を思い起こす。

宵「だがその分反動も大きい」

蓬「反動……っ、大丈夫なの!?」
焦る蓬。
蓬M(さっきも私のために使ってしまった……!)

宵「あれくらいなら平気だ。近頃は異能の仕事が立て込んでたが、蓬のお陰でだいぶよくなった」
ホッとしたように告げる。

蓬「私……?」
キョトンとする。

宵「そう、それこそが蓬の異能だよ」

蓬「(驚き)……!」

○宵(11才)の回想、茂み、日中

宵M(幼い頃は今以上に異能の反動で身体に負荷がかかっていた)
宵、うずくまる。

蓬「……大丈夫?」
蓬10才、うずくまる宵の頬に触れる。

宵M(その時分かった。身体が一気に楽になったのを)

○宵の回想終わり、現在、客間、深夜

宵「俺はすぐに蓬のことを調べさせた」

蓬「私のことを?」

宵「ああ。既に他の鬼と婚約していると知った時は絶望したが」

蓬M(その頃はもう響さまと婚約していたから)

宵「俺はずっと蓬を必要としていた」

蓬「(驚き)私を……?」

蓬M(私はずっと無能と呼ばれていたのに)

○蓬の回想、10歳
実家から逃げるように走る蓬

蓬M(あの頃は花から逃げたくて必死だった)
蓬はふと茂みにうずくまる宵を見つける。

蓬M(どうしてか放っておけなかった。だから手を伸ばした)
宵の頬に触れる蓬。

蓬M(宵はあの時の子だったんだ)

○回想終わり、現在に戻る、客間、深夜

蓬「私の異能ってどう言うものなの?」

宵「恐らくは『中和』ないしそれに相当するものだ」

蓬「でも今までは発動したような形跡はなくて」

宵「例えば『治癒』の異能なら怪我をしていないと発動しない。『無効化』の異能も異能が発生していないと発動しない」

蓬「中和するべき反動がなかったから?」

宵「もしくは中和されていることにすら周囲が気が付いていなかったかだな」

蓬「中和していたもの……よく分からない。花の言霊も響さまの雷も知らず知らずのうちに反動を中和していた?」

宵「恐らくな。何せ俺自身がそれを証明するんだ」

蓬「反動ってどう言うものが来るの?」

宵「人間や鬼によっても違う。俺は怠さや頭痛などだ。しかし蓬に触れてもらったことで治まった」

蓬「そう言えばあの時もさっきも触れていた」

宵「蓬に触れてもらうことで人知れず発動していたんだ」

蓬M(私は……無能じゃなかったんだ)
蓬、両手で顔を覆い涙する。

宵「婚約者にはなれなくても、ずっと見守っているつもりだった。婚約を破棄されることになるまで気付いてやれずに済まなかった」

蓬「ううん……ううん、いいの」
蓬はぽろぽろと涙を流す。

宵「蓬はこんなに愛らしいのに」
宵、蓬の頬に手を添える。

蓬M(そんなこと、初めて言われた)
潤む蓬。

宵「ずっと見守っていたから分かる」

蓬M(宵は知らないところでずっと見守ってくれていた)

宵「やっと蓬と一緒になれる。それが今、何より嬉しいんだ」
宵、幸せそうな表情。

蓬「(感極まる)……っ!」
両手で口元を覆い宵をまっすぐに見つめる。

宵「今度こそどこにも行かないでくれ」
宵、蓬を抱き締める。

宵「俺が蓬を守るよ」

蓬M(温かい……。こんなにも優しい世界は初めてだ)
蓬、宵の腕の中で涙する。