……僕たちの部室に『ありがちな光景』が、そのあとはしばらく続いていた。
「三年生を送る会の企画、聞こえてしまってすみません」
「集中してたら、叫び声以外は聞こえていないから平気!」
講習や自習教室の合間に、放送室で『自習』している都木先輩は。
僕と目が合うといつも笑顔で。
「それなのにどうして、海原くんの声だけは聞こえているのかしら?」
「ちょっと月子。わざわざここで勉強中の受験生に勉強しろとか、嫌味だよ」
「玲香のそれもさりげなく、イ・ヤ・ミ・ー」
波野先輩を加えた三人は。
なんだかんだ『受験生』にからみながらも。
着実に仕事を、こなしてくれている。
「ちょっと千雪、これ間違ってない?」
「由衣のほうこそ、ここも違うよ」
あのふたりは前より、『仲良く』なって……ってイテテッ!
「アンタさぁ、ブツブツ話してないで働きなよ!」
高嶺に足を踏まれて。
「そうだよ。予定どおりより、先に進めておいたほうが絶対いいよ!」
市野さんににらまて。
でもとにかく……気が合うようでなによりだ。
「ねぇ。ちょっと五分、目を閉じてもいいかな……」
高尾先生は、受験生の追い込み担当として少々お疲れ気味で。
「わたし? わたし? わかってるよね、海原君!」
まぁ、その分……。
藤峰先生は一・二年生の授業を増やしていて、大変『みたい』ですよね……。
「海原君、これとこれも頼むわね」
あとなぜだかパワーアップしたのは、寺上つぼみ校長で。
「入試と年度末で先生たちが忙しいとはいえ、これじゃほとんど印刷部ですよ?」
「かわりに印刷機の優先使用権与えたでしょ? だから別にいいじゃない」
さすが、元・放送部顧問だと……いうしかない。
……それから、さらに数日後。
「じゃあ、受験いってくるね!」
突然のわたしの宣言に。
放送室のみんなが、一斉に動きをとめてしまった。
「あの……都木……先輩?」
「うん、どうした? 海原君?」
「日程的には……そうでしたね」
「さすが月子、そのとおり!」
「でも、急にいうから……」
「カウントダウンされるのって、玲香だって嫌でしょ?」
「ねぇ美也ちゃん……いっちゃう・の?」
「あのね姫妃。なんだかそのいいかたは……」
「だ、だって……」
「ゆ、由衣も……いきなりでごめんね〜」
「いえ、こちらはまかせておいてください」
「千雪は……立派になったよねぇ」
「ねぇ昴君、月子」
玲香が立ち上がると。
「二十三分後に、並木道に集合ね」
そういってから、わたしを見る。
「みんな、いくよ」
玲香はあえて説明しないけれど、要するにそういうことだ。
「会議中でもなんでも、捕まえるから!」
由衣と共に、姫妃と千雪も続いて。
わたしのために、先生たちを探しに出発する。
「自由時間が、二十分ほどできたそうよ……」
月子が、彼『だけ』を見て。
「海原くん、絶対に風邪をひかせないでね」
ふたりでどこかにいけというけれど。
「あの……三藤先輩?」
「はじめてではないでしょう。どうぞご自由に」
もしかして、それって。
……わたしを『あの場所』に案内しろといっているの?
「ねぇ月子。でも、あそこは……」
「『特別な場所』なので、『特別』にどうぞ」
正直に答える月子と、その提案に。
わたしは一瞬戸惑った。
大切な場所、特別な場所。
そんな場所に、受験前だからと月子を差し置いていくなんて……。
それでは『フェア』ではないと思ってわたしは。
「ねぇ月子、お願いがあるの」
「なんですか?」
「それなら……三人で一緒にいかない?」
……それも『特別』だろうと。思い切って月子に提案した。
中央廊下を、三人で並んで歩いていく。
中央を歩く海原君は、『わたしの歩幅』に合わせてくれていて。
月子はわたしと反対側を。
あくまで『海原君の歩幅』に合わせるように、進んでいる。
二階の、三年一組の教室前で。
非常扉をゆっくり開けて、三人で非常階段をのぼっていく。
三階を過ぎて、最後の踊り場をこえて。
大きな重たい扉の前に、三人で立つのは……はじめてだ。
「せっかくなので……よろしければ」
海原君の渡してくれた、金属製の鍵は。
わたしの手のひらの上で、冷たいどころかほんわりとあたたかくて。
……思わずわたしは、それを握りしめた。
「きょうは『ひとりずつ』、これを使いましょう」
そういわれて気がつくと。
月子が、三つもペンライトを持っている。
「美也ちゃん……なにか?」
「あ、相変わらず。用意がいいねぇ……」
「念のためにと『昨日』、そろえておきました」
「えっ?」
月子は、こともなげにサラリと答えると。
「なにか?」
再度そういって、わたしを見る。
……三藤月子のことが、やっぱりわたしは大好きだ。
ペンライトのあかりを頼りに。
もう一枚の扉に向かって、暗闇の中をゆっくりと進んでいく。
三人の光を、ひとつに集めて。
屋上へとつながる、もう一枚の扉をゆっくりと開けると。
……どこまでも続く美しい冬空が、わたしたちを出迎えてくれた。
「月子……ありがとう」
教室棟の『誰も立ち入ることのない』屋上で、
流れてきた風を、少しまぶたを閉じて受けとめてから。
月子は、わたしの声に静かにうなずくと。
「都木美也先輩……」
ゆっくりと、わたしのフルネームを声にして。
「受験が終わったあとで、またお会いしましょう」
そういって、すっと右手を差し出してきた。
やや物憂げで、ほんのり潤みがちで。
それでいてどこまでも澄んだ藤色の瞳がふたつ。
まっすぐに、わたしを見つめている。
つられて差し出した、わたしの右手。
いや、わたしの右腕を。
グッとつかんだ美少女が。
はじめて感じるような、力強さで。
……思いっきりわたしを抱きしめた。
「ご武運を」
「あ、ありがとう……」
月子は、わたしからそっと離れると。
黒くて長くて、艶のある髪の毛を軽く手で払ってから。
一度わたしにお辞儀をすると。
「残りの十一分は、ご自由にどうぞ」
そういって、スタスタと歩いていく。
……あの華奢な体のどこにいったい、その強さはあるのだろう?
声をかけるなと、その背中で語りつつ。
強い意志と、深い愛情をわたしにわけてくれた月子は。
こうして屋上に、わたしたちだけを残していった。
「み、見事に去りましたね……」
「格好いいよね、月子って」
月子に深い尊敬と、感謝をしつつ。
でも……その時間はここまでだ。
残り時間は、あと十分。
みんなが与えてくれた、ふたりだけの時間を。
わたしは一秒も無駄にはしたくなくて。
「あの、お願いがあります」
わたしはそういってから、海原君の真正面に立つと。
彼の瞳を……ジッと見つめた。

