……講堂のエントランスで、みんながわたしたちを待っていてくれた。
「うわっ、千雪が制服着てるっ!」
「制服姿、か・わ・い・い!」
「……制服ね」
「バレー部じゃないから、制服でしょ」
……ただどうして放送部の人たちって、そんなに『制服』に反応するんだろう?
「珍しいから、じゃないかな?」
さっきまで一番珍しそうな反応だった海原君と。
「制服って、『いろいろある』からね……」
突然制服に反応しはじめた美也ちゃんまで。
よくわからないけれど、この『変な感じ』が。
放送部に入ったという実感を、わたしに与えてくれる。
「市野千雪です。きょうから正式に、よろしくお願いします」
「きょうから正式に、放送部員として……」
「いらっしゃい、千雪!」
なにかいいかけた海原君を押しのけて。
由衣が一歩前に出る。
「なによアンタ、文句ある?」
「いや……そろったところで歓迎の言葉を……って」
「いらないから! 省略っ!」
「ええっ……」
残念そうな顔の海原君の横で、月子ちゃんが額に手を当てて。
「仕事はじめでもあるのよ……まったく」
なんだか少し、嘆いている。
「じゃぁあの……きょうはメインは玲香ちゃんで、サブが三藤先輩。それで……」
海原君が、気を取り直して話しをはじめると。
「ちょっと待ちなよアンタ!」
由衣が、また話しをとめる。
「忘れて・る・よ!」
ただ今度は、姫妃ちゃんも参加して。
「はい! 千雪!」
まるで放送部のマスコットみたいな笑顔で。
わたしになにかを渡してくれた。
「……マイク、ですか?」
「インカムよ。ちょっと失礼するわね」
月子ちゃんがそういいながら。
わたしの頭にそれをやさしくのせると。
手早く、そして心地よく調整してくれる。
「ピッタリ……です」
「当たり前でしょう、わたしが調整してあげたのよ」
少しだけ得意げな声で月子ちゃんはそう答えると。
「はい、まずは記念の一枚!」
今度は玲香ちゃんが、スマホを向けてきて。
いきなりわたしだけの写真を撮って。
「うん、いい感じ」
満足げにうなずくと。
「次、集合写真!」
「はい……撮りますよ〜」
海原君がスマホを受け取ると、みんなが一気に近づいてきて。
「千雪、笑って!」
美也ちゃんに導かれるままにわたしは。
……みんなの輪の中に、入ってしまった。
「あの……」
「どうしたの、千雪?」
「こんなにすぐに……馴染んでいいんですか?」
なにか問題でもあるのかと。
逆にわたしが、聞かれてしまって。
……思わずわたしの右目から……一滴だけ涙が出た。
「海原! アンタ泣かさないでよ!」
「ええっ……なんで僕なんだ……」
「昴君、罰としてメイン交代ね」
「えっ、玲香ちゃん?」
「だったら美也ちゃんをサブに指名します」
「ちょ、ちょっと月子?」
「じゃ、わたしが千雪の面倒見る・ね・っ!」
よくわからないけれど、役割分担が変わったらしい。
「ああ見えてね、玲香と月子って意外と涙もろいとこあるんだ・よ」
「えっ?」
「千雪。『最高に面倒な世界』、よ・う・こ・そ」
姫妃ちゃんの笑顔が、下を向いていたわたしの目の前に現れると。
「はいみ・ん・な、準備開始っ!」
その号令をきっかけに、全員が一斉に動き出す。
……これが、放送部のチームワークなんだ。
「え〜、海原君がメインなの?」
「で、美也がサブ?」
いままでは、ホールで聞いていただけの藤峰佳織先生と、高尾響子先生の声が。
きょうはわたしのインカムに直接響いてくる。
「先生たち、まずは『ちゃんと』あいさつをお願いします」
美也ちゃんが、そう伝えると。
「そうだった。千雪、よろしく!」
「千雪、これから仲良くね! あとちょっと待ってて」
これが『ちゃんと』なのかはさておいて。
「ほら、つぼみちゃん」
「急いで、待ってるから」
「……市野さん、放送部も楽しみなさいね」
えっ?
寺上つぼみ校長まで、会話に混ざってくるの?
「寺上校長は、放送部の元顧問よ」
「そうなんですか?」
「あと佳織先生と響子先生は、問題だらけの元・教え子たちだそうよ」
「ちょっと月子、聞こえてるよ〜」
「問題児だったのは事実でしょ。いいから始業式の準備しなさい」
「は〜い、了解」
「つぼみちゃん、了解」
みんな色々な場所に散っていて、インカムだけが頼りのはずなのに。
なぜだろう……。
みんなの顔や表情が、『見えてきそう』になる。
……そうか。きっとこれこそが、放送部のチームワークだったんだ。
「千雪も、すぐに慣れるわよ」
「そうそう、夢にまで出てきたら本物」
「月子と玲香って、なんかブラックだよね海原君?」
「あの都木先輩……僕は、ノーコメントです」
なんだか、大変なところにきてしまった。
でも、うれしい。とってもうれしい。
そう思って、ただどう表現すればいいかわからなくて。
思わず拳を握りしめたわたしに。
「放送部へ、よ・う・こ・そ」
姫妃ちゃんが、そっと両手でそれを包みこんでくれると。
「さっきいったとおりだよ」
「えっ?」
「『最高』だけど、『最高に面倒な世界』だから。素直な気持ちで・ね」
わたしに、最高の笑顔を向けてくれる。
「よろしく……お願いします」
精一杯の感謝の気持ちで答えると。
「うん、じゃぁ『あれ』は千雪がどうにかして」
「えっ?」
姫妃ちゃんが、わたしを置いて走り出す。
その逆方向から、バタバタと足音がすると。
「千雪〜っ!」
由衣がそういいながらわたしに突進してきて。
「うぐっ……」
思わずそんな声が出るくらい、力一杯抱きしめてきた。
「暑苦しいのよね……」
「千雪、息が止まる前に離れてね」
月子ちゃんと玲香ちゃんの冷めた声が聞こえて。
「どうする、海原君?」
「同級生部員ができたから興奮してるんですよ、放っておきましょう」
美也ちゃんたちがお手上げだと話していていて。
そのとき、なんだかわたしは。
……みんなの顔や表情が……『見えた』気がした。
「ま、そういうことかな」
「え?」
由衣が一気に力を抜くと。
めちゃくちゃうれしそうな顔で、わたしを見る。
「よし千雪、よく見といてね・っ!」
いつのまにか戻っていた姫妃ちゃんが、ニコリとして。
「すぐ戻りまーす!」
由衣が一気に駆けていく。
「はじめます」
海原君の声が、すべてを見ていたようなタイミングで聞こえてくると。
姫妃ちゃんの顔が一瞬で真面目になって。
予定時刻ぴったりに。
始業式が、はじまった。

