……すでに判明した事実だが。女子バレー部の『正装』は、ジャージである。
「あの……春香先輩?」
海原君が、念のためもう一度聞かせてくれといって。
わたしたちが、登下校も授業中もジャージ姿で。
おまけに頭におそろいのバンダナをつける理由を聞いてくる。
「うーん、とりあえずそういわれたからそうかなって」
「なんか……『変』じゃないですか?」
それは、どうだろう?
まぁそれで許されるうちの学校って、ちょっと『変』だけど。
きっとその程度の『変』があちこちに転がっている。
それがこの……『丘の上』じゃないの?
海原君のその表情は、まだ納得というか理解できていなさそうだけれど。
「これがバレー部の『制服』なんだよ」
そういうと、彼なりには合点がいったらしい。
「それより、なにしてるの?」
月子と由衣を加えて、三人が説明してくれて。
やっぱり放送部も十分『変』なんだと。
わたしは自分の古巣について改めて、色々と理解した。
「あれ? 佳織先生は?」
ふと気づくと、先生が消えている。
海原君、それはね……。
ノコギリだけ置いて、間違いなく先生は逃げ出した。
だって、わたし知ってるもん。
「美也ちゃん、キャンプファイヤーっていうか。そういうの苦手だよ」
「えっ?」
「そうなんですか?」
みんなはもう、とっくに慣れてしまったんだろうけれど。
美也ちゃんってほら……昔から無駄にかわいいから。
「知らない男子とか、知ってる男子とか、とりあえず男子全般とね……」
……オクラホマミキサーとかするのが、嫌なんだって。
「オクラホマ・ミキさん?」
「陽子。誰なの、それ?」
海原君と月子が、意味不明だという顔をするけれど。
「あのね、人名じゃなくてね……」
同じ県の義務教育を受けてきたはずなのに。
まったく、このふたりは別世界の生き物だ。
「いい? フォークダンスの定番なんだけど……」
わたしが、しかたなく説明に入ったそのとき。
「アンタさぁ!」
由衣が突然。
「わたしと踊ったよね!」
そういって、会話に乱入してきた。
……玲香ちゃんと違って、アンタと『おままごと』とかしたことないけどさ。
「中一も二年も、三年だって踊ったよね!」
特に中三のときを思えば、まだ五百日も経ってないはずなのに。
「それ忘れてるって、どういうこと?」
「えっ……高嶺。三年のときって、阿波踊りじゃなかったか?」
そ、そうだっけ?
わたし間違えた?
……っていうか。
なんでそんなことを覚えているのに。
肝心のことは、覚えてないわけ?
中一のときは、いきなり見本になれとかいわれて。
アンタとなんか、全然息が合わないから。
なんでか知らないけど、次の練習までに覚えるように担当の先生にいわれて。
アンタとわたしで。
無駄に放課後、教室で練習したじゃん……。
も、もちろんなにもないよ。
ふたりでエアーなんとかとかいって。
できるだけ手があたらないようにとか?
なんかその……い、いい協力関係だったのは。
……わたしは、覚えてるんだけど?
ちっとも覚えていなさそうな、そのとぼけた顔に向かって。
もう少し言葉をつなごうとした、そのとき。
「お、おはようございます!」
びっくりするくらい、まっすぐに声が聞こえてきて。
バレー部の栗木若葉部長と、あと。
……市野千雪。
わたしと同じ、一年生のその子と。
……思いっきり、目が合った。
……バスを降りて、並木道を歩いていたら。
放送部の人たちの姿が向こうに見えた。
ちょっと人数が少ないけれど。海原昴君はちゃんといて。
たいていは姿勢のいいはずの三藤月子先輩は。
なぜだか少し体を傾けて、右手をうしろ髪にあてている。
そして、高嶺由衣さん。
なんだか少し、顔が赤くない?
それにようすが、ちょっと変。
あと、視線が完全に。
……あの彼にだけ、向いていた。
だから思わずわたしは、あいさつをしようと。
そう思っただけなのに……。
自分の声が、思いのほかまっすぐ伸びていくと。
みんなの視線が一気にわたしに集まって。
……彼女と思いっきり、目が合った。
「お、おはようございます!」
もう一度みんなにあいさつすると。
彼女からの返事だけが、少し機嫌が悪そうな感じがする。
「千雪。ちょうどいいから、いま発表しちゃったら?」
「えっ? 部長……いまですか?」
「だってあの連中、なんか暇そうだし」
そういうと部長は。
「ねぇ、放送部。ちょっとこっち注目!」
元々注目してくれている人たちに、もっとこっちを見ろと声をかけている。
……あぁ。もうわたし、いま宣言するしかない!
「放送部に、入部したいです!」
「は、はい」
「……好きにしなさい」
すっごい……あっさり返事がきた。
ただ、あの……。
「ウチの部長と副部長が返事したんでしょ。どうぞ」
「……なんで高嶺、機嫌悪いの?」
「そんなことないし!」
「由衣は元々、感じ悪いわよ」
「違いますし! たまたまです!」
それから、高嶺由衣さんは。
「あぁもう! なんか調子狂うっ!」
そう叫んでから。
「ちょっと『千雪』!」
「は、はい……」
「フルネーム禁止! 読者のみなさんだっていい加減、名前わかったから!」
「え、ええっ?」
「放送部はね! 『みんな』下の名前で呼ぶの! 先輩は『ちゃん』づけ!」
「ええっ!」
「命令! じゃなきゃわたし千雪の入部認めない!」
そうやっていうから、つい……。
「ねぇ……『由衣』!」
「なに? 千雪!」
「わ、わたし……いきなり『昴』なんていえないっ!」
「なんでそうなるのよ! あのバカだけは別枠だしっ!」
……あ、あ、ああああっ。呼んじゃったあとでいわないでよ。
「……いいこと、千雪」
「は、はい……『月子ちゃん』」
ど、どうしよう。
右手をうしろ髪にあてているのって、怒りのポーズだよね?
まさか、入部のお願いをした瞬間。
いきなり怒らせちゃうなんて……。
「あの……市野さん」
「はい、『昴ちゃん』」
なにかいい間違えたけど、海原君はやさしいから。
「三藤先輩は、ちょっとうしろの髪の毛がハネているだけで……」
「あぁ、『寝癖』だね」
つい……普通に会話してしまった。
その瞬間、月子ちゃんが。
「……なんですって」
目から藤色の光線を放ちながら、一歩前に出ると。
……足元にあるノコギリの前で、立ち止まった。
……千雪はどうやら無事に、放送部に馴染んでいけそうだ。
「若葉、この状況でどこからその感想につながるの?」
陽子が不思議そうな顔で、わたし聞くけれど。
「いまさら千雪が、バレー部に戻ると思う?」
わたしは逆に、陽子に聞いてみた。
「そうだねぇ……」
陽子は、苦笑いしながらわたしを見ると。
「ところで若葉」
「どうした?」
「そもそも千雪って、どうして放送部にいきたかったの?」
意外と大事だけれど、誰も聞いてこなかったことを聞いてくる。
「さぁ……わたし知らな〜い」
「そっか……」
陽子は、放送部で『色々と』乗り越えてきたから。
それ以上深くは、わたしに聞いてこなくて。
こうして、この日。
千雪は『無事に』……バレー部を卒業した。

