「さて、白河さん。本題の、生活記録ノート、見せてくれるかな?」
お互いおにぎりを食べ終わった後で、井田先生は言った。
わたしはその瞬間に、見せていた笑顔を引っ込めて、表情が上手くつくれなくなる。
ゆっくりと、井田先生にノートを差し出す。
井田先生はそっとそれを受け取って、1ページ目を開いた。
昨日の夕食、カップラーメン。就寝時間、23時。
起床時間、7時。朝食、なし。
「……朝ごはんなしで、昼も抜こうとしてた?」
「ひ、昼は……忘れてきただけだから。朝はいつも食べないです」
「朝食、少しでも食べるの、無理そう?」
井田先生にそう訊かれて、わたしは小さく頷いた。
朝、家を出る前の母と母の恋人のことを考える。
あの2人は、朝はたいてい寝ている。物音などで起こそうもんなら、今日みたいにみぞおちを蹴られることもある。朝食なんて、悠長なこと言っていられない。1秒でも早く、家を出るのが先決だ。
「そっか……じゃあお昼はちゃんと食べなきゃかな。またご飯忘れたら、保健室においでね。次はイチゴも食べられると思って」
井田先生はふわっと笑う。イチゴは魅力的だけれど、そんなに先生にお世話になるのは少し気が引けた。
「あとね、白河さん。変なこと聞いてくると思うかもしれないけれど」
ノートを見ながらそう話す井田先生は、完璧に医師だった。なんとなく全部見透かされそうな感じがしてドキドキしてしまう。その前置きにも背筋が伸びた。
「月経は来てる? 生理のことなんだけれど」
見た目医師の前に、担任の男性教師だ。
そこは正直に答えるのがためらわれる。
モジモジしていると、井田先生が先に口を開いた。
「何も恥ずかしいことではないよ。……まぁ、そうだよね、僕は男だし。でもそのうち、他の女子生徒にも、このノートに月経周期の記し方も教えるつもりでいる。生理だって体の変化、知っておけば、みんながつらい時につらいって声を上げやすくなる」
井田先生は、単純にわたしの体を心配していることがわかった。なんとなく、先生が『体を大切にすること』をクラスの約束にする理由がわかる気がした。
わたしは小さく息を吸って、口を開いた。
「生理は……去年の秋に初めて来て、半年くらい、来てないです」
「そっか。体はつらくない?」
優しく訊かれて、小さく頷いた。
「ちょっと目の下見せてくれる?」
そう言って、先生はわたしの頬を両手で包むように触った。
触れられる時は、殴られる時。
そんなイメージが先行してしまい、ぎゅっと目を閉じる。
「大丈夫、怖いことはしないから、目を開けて」
いっそう顔が近くなった先生が、わたしにそう言った。ゆっくりと力を抜いて、目を開けたとき、井田先生はにっこりと笑った。
「そう、上手」
井田先生はそのまま、下瞼を少しだけ引っ張って確認すると、手を離す。
手を離されてから、井田先生の手が温かかったことに気づいた。
「白河さん、次の生理が来たら、貧血になって倒れちゃうかもしれない。下瞼の色、あんまり良くないんだ」
「……病気?」
「ううん、よくあること。でも放置するとつらいから。まずはしっかりご飯を食べること、できるかな?」
