保健室のドアをノックして開けると、いつもは養護の先生が座っている椅子に、井田先生が座っていた。前の時間は理科の実験で白衣を着て、そのままだったからか、井田先生は本物の医者に見えた。
でも、その医者は机でおにぎりをかじっている。
「ん……早くない?もう飯食ったの?」
食べていたおにぎりをペットボトルのお茶で飲み下しながら、井田先生は笑った。
その、純粋な笑顔に、わたしの気も緩んでしまう。
「お弁当……忘れたので」
適当な嘘をひとつ、ついてしまった。
でも、後で食べる、よりは軽い嘘。
井田先生は、わたしのその表情を見逃さない。一瞬だけ、鋭い視線を感じたが、直ぐにまたいつもの柔らかい雰囲気に戻っていた。
「そうか。おにぎり食べる?」
「いいです、申し訳ないので」
井田先生はわたしに、おにぎりを差し出してきたが、わたしは首を振って断る。
「ノート。今朝の分は書けた? 今日の昼食の欄、嘘ついたら許さないぞ〜」
笑いながらそう言って来る目は、さっきとは違う色を含む。
井田先生は、わたしの目を見ながら、再度、おにぎりを持った手を伸ばしてきた。
「あげる、大丈夫、おいしいし。このまま食事もせずに午後の授業に出る生徒は放っておけない。先生は、裏庭にイチゴ育ててるから、足りなかったらそれとって食べる」
「え?! イチゴ?!」
「なに? そっちの方がいいの?」
井田先生は、イタズラに笑う。
わたしはお礼を言いながらおにぎりを受け取る。用意された椅子に座ると、おにぎりを両手で包む。お米のずっしりとした感じが久しぶりで、危うく涙が出そうになって、笑う。
「……あ、いや、イチゴも育てられるんだって、思って」
「僕の手にかかればね。食べなよ、おにぎり」
「いただきます」
おにぎりを齧る。海苔とかご飯とか、久しぶり過ぎて、気持ちがほっとする。
井田先生が作ってきたのだろうか? おにぎりはすごく美味しかった。
わたしは普段、まともそうな昼食を持って来れた日にしか、友だちとご飯を食べない。家で誰かとご飯を食べるのなんて論外。
だからこうして、井田先生とご飯を食べることが、普通に楽しかった。
わたしたちは、色んな話をした。
井田先生がなぜそんなに植物に詳しいのかとか、野良猫を学校の敷地内で飼うことにした話は本当なのかとか、いろいろ気になっていたことを聞いた。
井田先生はわたしの問いに、丁寧に考えながら、答えていた。井田先生と2人きりということにも、緊張はしなかった。
その不思議な空間に、わたしは朝呼ばれたことをすっかり忘れてしまっていた。
