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遥か昔、神は力ある三つのあやかしの家にそれぞれあるものを渡した。
鬼の鬼龍院には、神がもっとも大事にしている神子を花嫁として。
妖狐の狐雪家には、自らを分霊した社を。
そして、天狗の烏羽家には、あやかしの本能を消す神器を、神は与えた。
鬼龍院に嫁いだ一龍斎の神子──最初の花嫁は、同時に烏羽家当主の花嫁でもあった。しかし、最初の花嫁・サクは、最終的に烏羽ではなく鬼龍院を選び、鬼の花嫁となったのだ。
残念に思いつつもサクの意思を尊重した烏羽は身を引いた。それがサクの願いであり、サクが幸せになる道だと思ったから。
それは神も同じであったが、念のためにサクが鬼を見限った時のためにあやかしの本能を消す神器を与えたのだ。
仲睦まじいサクと鬼の様子を見ていれば、神器を使う日など来ないと、そう疑うことはなかった。
実際にサクは生涯鬼だけを愛し続けたけれど、それ故結果的にサクは非業の死を遂げてしまう。
サクの幸せを願ってあきらめた烏羽家当主は、サクを守れなかった鬼龍院に激怒し激しく恨んだ。
それ以降、鬼と天狗の仲は最悪なものとなり、上辺ですら交流は途絶えている。
そのことがきっかけかは分からないが、烏羽家当主は表舞台には滅多に顔を出さないため、現在の当主がどんな者なのか、現在の鬼龍院当主・千夜はもちろんのこと、妖狐の当主・撫子ですら知らない。
ただ、撫子の情報によれば、最近当主が代替わりしたという。
烏羽家について知られているのはそれぐらい少ない情報だった。
そして、そんな烏羽家を頂点とした天狗が住まうのは、『隠れ里』とも呼ばれている木々に覆われた場所だ。
山のふもとにあるその地区は、天狗の持つ神通力により、鬼の目すらかく乱させる強い結界に覆われていた。
そんな隠れ里で、もっとも大きな屋敷がある。
竹林が生い茂る中に佇む平屋の屋敷。川のせせらぎが聞こえ、夏にはホタルが飛びかうこの場所は、現代において、まるでここだけ時間が止まっているような感覚をもたらす。
大きな門を越えた先で待っていたのは、物腰が柔らかで優しげな雰囲気を持った青年だ。後ろでひとつに結んだ髪は薄茶色をしており、柔和な空気をまとう男性によく似合っている。
にこにこと笑顔で出迎える彼は、帰宅した主に向かい頭を下げた。
「おかえりなさいませ。朝霧様」
彼の見つめていた先に立っていたのは、柚子に懐いていた朝霧だった。
小さな背の朝霧に倣ってか、青年は膝をついて恭順の意を示している。
そんな青年を前に、朝霧は険しく眉根を寄せる。
「堅苦しいのはよせといつも言っているだろ、綿理」
五歳児とは思えない大人びた言葉と表情は、柚子といた時とは様子がまったく違っていた。
顔は同じなのに言葉と表情でがらりと雰囲気が変わっている。鬼龍院での朝霧を見ていた者がこの場にいたら大きな違和感を覚えていただろう。
それは、朝霧に仕える綿理と呼ばれた青年にも言えたことで、顔を上げると苦笑いしている。
「我らが天狗の頂点に立つ烏羽家当主であらせられるのですから、堅苦しくなるのは当然です。それはそうとして朝霧様、まずそのお姿をどうにかしてからおっしゃっていただけますか? その気配はあまりにも不快ですので」
穏やかな笑みを浮かべつつも、綿理の声色には隠しきれない嫌悪感が表れていた。
「そう言うなよ。俺が一番不快なんだから」
朝霧は片眉を上げて不満をぶつけると、突然人差し指をガリッとためらいなく噛んだ。傷がついた指先から血がぷくりと浮かび、雫になってぽたぽたと地面に吸い込まれていく。
まるで異物を出したような一連の動きの直後、五歳児だった姿の朝霧は一気に大人の男性の姿となり、玲夜とそっくりな顔立ちも変貌する。
玲夜とは似ても似つかないが、その人ならざる美しさはまさしくあやかし。
綺麗というよりは、精悍な顔立ちという言葉がよく似合う、健康的な明るさと傲慢さを秘めた雰囲気を漂わせていた。
クールな玲夜とは、光と闇のように対極な空気感だ。
さらりとした癖のないこげ茶色の髪をかき上げると、どこまでも深く冷淡な漆黒の瞳が綿理を見つめる。
「どうだ、これでいいだろう?」
「ええ、ちゃんと鬼の気配は消えています」
「ならいい。まったく、鬼の血を取り込むなんて反吐が出る」
「仕方がございません。ただ姿を変えるだけではなく、鬼の血を取り込んで鬼の持つ気配を宿さねば、すぐにばれてしまいますからね。他の鬼ならまだしも、あの鬼龍院は騙せません」
にこやかに諌める綿理に、朝霧はちっと舌打ちをした。
「そんなこと、いちいち説明されなくとも分かっている。それでも不快なんだから仕方がないだろ。一時的とはいえ、この身に鬼の血を取り込むなんて二度としたくはない」
吐き捨てる言葉から、朝霧には鬼に対する明確な敵意と不快感が見受けられた。
「それほどにお嫌でしたら、他の者に任せればいいものを」
「そんなことをしたら、鬼龍院の当主に即バレするだろうが」
「ま、そうでしょうね。鬼龍院の現当主はかなりの食わせ者という話ですから。力も相当なものだとか。朝霧様でなければ、騙した上で結界を壊すなど難しいでしょうね。それで、実際に会ってみてどうでしたか?」
綿理の問いかけに、朝霧は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「馬鹿っぽい」
即答だった。しかし、天狗を取りまとめる烏羽家の当主である朝霧が抱いたのはそれだけではなく、言葉は続く。
「だが、あくまで表面的なものだな。あれは笑顔の下で誰より冷静に、かつ冷酷に物事を判断しているような奴だ」
朝霧は的確に千夜の性格を言い当てている。
「おおむね評判通りということですね」
「ああ」
朝霧も綿理もこれまで表舞台に立ったことがないために、あくまで噂で伝え聞いた情報でしか千夜がどういう者か知らなかった。
「それで、目的の神器は回収できたのですか?」
そもそも烏羽家当主である朝霧が五歳児の姿をとって鬼龍院に潜入していたのも、神器が理由だった。
鬼龍院先代当主・遠夜の花嫁だった女の息子であり、長らくこの隠れ里で暮らしていた厄介者の夜斗が神器を持って逃げ出したのだ。
当然、朝霧はすぐに追手を差し向けたが、なかなか見つけられずにいた。
鬼の当主と花嫁の間の子ながら、あまり強い霊力を引き継がなかった夜斗は、その代わりに霊力の扱いに長けていた。その力を使い、ギリギリのところで追手から逃げきっていたのだ。
そして手をこまねいている間に、神器は天狗の宿敵とも言える鬼の手に渡ってしまった。
夜斗なりの復讐のつもりなのだろう。
なにをしてやがると、朝霧が周囲の物に当たり散らしたのは記憶に新しい。
早く神器を取り戻さなくてはならないと焦りを抱いた朝霧は、自らが鬼龍院に潜入する考えに至る。
しかし、そのままの姿で敵地に赴くのは無謀でしかない。
天狗だと気付かれると厄介なため、対策として朝霧は以前に採って保管していた夜斗の血を取り込んで、夜斗に似せた姿をとったのだ。
あやかしより神に近い神通力を使えば、他のあやかしになりきることすら可能となる。それが、最強と呼ばれる鬼だとしても。
五歳児の姿にしていたのは、子供の方が警戒が薄れると思ったからだ。
案の定、子供ということで鬼龍院に簡単に入り込めた。
玲夜と夜斗が身内でも騙せるほど似ていたおかげで、隠し子という偽りの設定を使いやすかったのも味方する。
そこまでは順調だったものの、神器はすでに鬼龍院の手を離れた後だったのは朝霧にも想定外だった。
「いや、どうやら噂通り神器は神に返されたらしい」
「鬼が隠しているだけでは?」
その疑り深い反応からは、綿理がいっさい鬼を信用していないことがうかがえる。
けれどそれは綿理に限ったことではない。
「俺もそう思ったが、本当のようだ」
「そうですか。ならば仕方がない。さすがに神から奪うなどできるはずもありませんし」
「そうだな」
おざなりに返事をした朝霧を見て、綿理はおやっと目を瞬かせる。
「神器を失くしたというのに、そんなににやけて、ずいぶんご機嫌ですね」
綿理の指摘に、朝霧は自然と頬が緩んでいたのに気がついた。
「機嫌もよくなるさ。……花嫁が見つかった」
喜色を浮かべる朝霧に対し、綿理はきょとんとしてすぐに思い至る。
「ああ、鬼龍院の花嫁とも会ったのですか? どんな女でしたか?」
問いかけておきながら、綿理はまったく興味がなさそうだ。
ただ、興味はなくとも遠夜の時のように、なにかしら役に立つのではないかという計算が頭の中でされているのが分かる。
花嫁を失った後の遠夜はすべての生きる気力をなくし、鬼龍院とその一族は結束力を一時的に削がれていた。
一時的で済んだのは、その後に妻に収まった玖蘭が、崩れ落ちそうだった一族を当主の側近たちとともにしっかりと統率したからだ。
玖蘭という存在がいたのは、天狗にとっては誤算でしかなかった。
そうでなければ、当主が使いものにならないのを好機だと、鬼を弱体化させることができただろう。
しかし、別に天狗はあやかし界のトップに立ちたいわけではない。
下手に上に立って、あやかしたちをまとめるなど面倒でしかないというのが天狗の総意だ。
ただ、鬼があやかし最強などと多くの者から畏怖と尊敬を向けられているのがどうしようもなく気分が悪いという、ただそれだけ。
遠夜の後に千夜が当主となってからは、さらに鬼の地盤が堅固なものとなってしまったため、これまで手を出す隙がいっさいなかった。
しかし、次期当主である玲夜に花嫁ができた。
「誘拐など面倒なので、いっそその場で殺して次期当主に見せつけるのもいいかもしれませんねぇ」
そうすればどれほどの衝撃を鬼に与えることができるだろうか。その姿を見られたらどんなに楽しいだろうかと、穏やかな表情で残忍な計画を話す綿理に対し、朝霧は声を荒らげた。
「駄目だ!! 柚子に手を出すな!」
今にも射殺さんばかりの眼差しと、殺気を含んだ言葉を投げつける朝霧の意外な反応に、綿理は戸惑いの色を浮かべる。
「どうしたのです? 先代・鬼龍院当主の時のように花嫁を奪ってみるのも一興だと、朝霧様がおっしゃっていたことではありませんか。鬼龍院の次期当主の前で花嫁を痛めつけるのもおもしろそうだとも言って笑っておられましたよね?」
「今すぐ忘れろ、その話は。鬼龍院から花嫁を奪う計画は続行だが、柚子を連れてきても指一本触れるな。分かったな! 丁重にもてなすんだぞ!」
鬼龍院に行く前と後で朝霧の反応が違っていることに、綿理は不思議がる。
潜入すると決まった時、朝霧は凶悪な表情を浮かべながら、鬼龍院の花嫁をどう料理するか、どのように扱ったら鬼龍院が一番嫌がり取り乱すのかを楽しげに話していたのだ。
それがここに来て、分かりやすいほどの方向転換。
なにかあったのは聞かずとも分かるが、それがなんなのかまでは見当がつかない。
「鬼龍院の花嫁になにかありましたか?」
朝霧が鬼の一族を毛嫌いしているのを綿理はよく知っている。そして、快活な性格と見た目をしている朝霧の本性は、ひどく残忍であることも。
なので、そんな鬼龍院の花嫁に気を遣う朝霧が綿理には理解不能だった。
「だから、さっきも言っただろ。花嫁が見つかったって」
「……は?」
たっぷりの沈黙の後、素っ頓狂な声を出した綿理は混乱する。
「花嫁というのは、鬼龍院の花嫁ではなく、朝霧様の花嫁が見つかったということですか?」
「そうだ」
迷いなく肯定する朝霧はあふれ出んばかりの嬉しさを見せていた。
朝霧がこのような表情をするなんて滅多にない珍事だ。
明日は槍が降ったらどうしてくれるのかと心配しつつ、あからさまな変化を見せる朝霧が嘘や冗談を言っているようには見えない。
ならば本当に花嫁が見つかったのだろう。
天狗の当主たる朝霧に花嫁が見つかったのは、一族にとってはとんでもない慶事である。
朝霧は暴君なところがあるので、花嫁の存在は、弱みができたデメリットより、朝霧を制する手段ができたメリットの方が大きい。
これは宴を開いて盛大にお祝いをせねばならないなと考えていた綿理は、ふと思考が止まった。
「……ん? それと鬼龍院の花嫁を丁重に扱うのとがどうしてつながるのですか?」
生まれ出た素朴な疑問に、朝霧はあきれた表情を浮かべる。
「珍しく察しが悪いな。鬼龍院の花嫁の柚子が、俺の花嫁なんだよ」
「…………」
理解が追いつかないのか、綿理はこめかみを指でもみほぐす。そうすることで、必死に頭の中で咀嚼しようとしていたが無理だった。
「……大丈夫ですか、朝霧様? やはり鬼龍院でなにかされたのではありませんか?」
「されてるわけないだろ」
じとーっとした目を向ける朝霧の眼差しを綿理は正面から受け止め、彼の何色にも染まらぬ深く黒い瞳の奥をじっくりと覗く。
「ふむ。精神干渉は受けていないみたいですね。ならばとうとう妄想と現実の区別がつかなくなった、と……。夢見がちなところがあったので、いつかはこうなると危惧しておりましたが、本当にそうなるとは。ああ、せっかく当主になったばかりだというのに、もう代替わりの話し合いをせねばならないのですねぇ」
嘆かわしい、と続けて綿理は片手で両目を覆った。
「当主たる者に妄想癖があるだなんて。次期当主争いに巻き込まれないために、さっさと辞表を出した方がいいでしょうかね。せっかく当主の側近になれたのに、残念無念です」
と言いつつ、綿理の表情は変わらずにこにこしている。
「おい。お前は俺をなんだと思ってる」
朝霧はそこらのあやかしなら一瞬で逃げ出す威圧感を発しながら、低く怒りのこもった声で怒鳴った。
「妄想じゃない。お前も調査結果を読んでいたから知っているはずだ。柚子は一龍斎の血を引いてる。それに今は霊獣の加護も持っているんだ。一龍斎の神子は、人でありながら神の血が流れている。花嫁でなくともあやかしと婚姻を結べ、子をなせる。神のお気に入りだった最初の花嫁が鬼と天狗両方の花嫁の資質を持っていたのは、お前も聞いたことがあるだろ?」
鬼龍院では当主にのみ口伝で伝わってきた話は、天狗の間では当然の歴史として代々受け継がれている。
それゆえ、鬼龍院の花嫁を調べた際にも、柚子が一龍斎の傍系の血を引いていることは早々に報告が上がっていた。
それこそ、玲夜よりも早くに朝霧は知っていたのだ。
とはいえ、すべての天狗が神を信じているわけではない。
「正直、私はその神の存在も、一龍斎が都合よく作った偶像の線を捨てきれないのですがね」
神器は神に返した。そう言った朝霧の言葉を全否定するものだった。
先ほどは『仕方がない』などと口にしつつ、綿理もまた神を信じてはいない者のひとりだ。
神器を与えられたのは遥か昔の話で、神器が本当に神が与えたものなのかは、当時の烏羽家当主がいないので分かるはずもない。
朝霧も話半分で、ほとんどが都合よく書き加えられた歴史だと思っていた。しかし……。
「俺も信じてはいなかったが、鬼と妖狐の当主が多くのあやかしの前で神の存在を認めた以上、嘘だと流すわけにはいかないだろ。それに、鬼龍院にいる間、霊獣が幾度となく神の存在をほのめかしていたからな。鬼と妖狐の言葉は信じられなくとも、霊獣が嘘をつく理由もない」
「ならば神は本当にいると?」
「ああ。なにより柚子という存在こそが神の存在を証明している。鬼の次期当主──玲夜とか言ったな。そいつの花嫁でありながら俺の花嫁でもあるなんて、普通ではあり得ない」
「そもそもがあなたの気のせいでは?」
どうしても妄想にしたい綿理に、朝霧はじとっとした目を向ける。
「違うと言ってるだろ! とりあえず、柚子を手に入れる。どちらにしろ、鬼龍院の花嫁は奪うつもりだったんだから予定通りに進めるだけだ。問題ないだろう? ただし、座敷牢になんて入れたら承知しないからな。柚子のために今すぐ最高の部屋ともてなしの用意をしておけ」
「まあ、あなたがそこまでおっしゃるなら信じるしかありません。しかし、手荒な真似ができないとなると、少しやり方を変えねばなりませんね。他の者たちにもよくよく言って聞かせなければ」
当初の予定では、鬼龍院へ嫌がらせができるのであれば花嫁がどのような状態でもいいと考えていたので、綿理は真剣に思案する。
「柚子に傷ひとつつけるなよ。絶対だ」
「困りましたねぇ」
やれやれと微笑む綿理は、どうしたものかと顎に手を当てる。
「それと、柚子と一緒にいる子鬼という使役獣には気をつけろよ」
「鬼龍院が作った使役獣のことでしょうか?」
「そうだ」
「気をつけると申しましても……。たかが使役獣でしょう?」
あまりに真剣に注意を促されたので、綿理は戸惑う。
使役獣は使役獣でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。
いくら鬼が作った使役獣と言え、他の弱いあやかしならまだしも、鬼と肩を並べるほど強い天狗のあやかしが気を配る必要があると思えなかった。
「あれは強いぞ。それこそ夜斗を瞬殺する程度にな。恐らく霊獣から力を与えられているのかもしれない。なめてかかるとこちらがやられるぞ」
「なんて面倒な」
ただでさえ、鬼の囲いの中から柚子を奪おうというのに、常にそれほどの強い使役獣が一緒にいるとなると、工夫を凝らす必要がある。
「確か、龍も基本的に花嫁と一緒にいると報告にありましたが?」
「そうみたいだな」
「人の苦労も知らず簡単におっしゃってくれる」
綿理は思わず恨めしげな眼差しを朝霧に向けた。しかし、朝霧が気にする様子はまったくなく、むしろ楽しそう。
「俺の側近ならそれぐらい解決してみせろ」
朝霧は不敵に笑う。
どこまでも傲慢で、その傲慢さがよく似合う朝霧の言葉に、綿理はやれやれと微笑んだ。
「どう進めたものやら……」
顎に手を当てて悩む綿理の頭の中で必死に計画が練られていく。
「一番の難題は花嫁を傷つけられないことですねぇ」
綿理がちらりと朝霧を見れば、当然だという表情でにらんでいる。
これはかすり傷でも処罰されかねない。
鬼の守りの中から花嫁を奪うことの大変さは知っているだろうに。
実際、先代当主の時は、花嫁が壊れない程度の強引な手を使うのは許されていたと聞く。
綿理は思わず深いため息を吐いた。
すると、朝霧がなにかを思い出した様子で、企むように口角を上げる。
「〝あれ〟に指示を出せ。最終的にはあいつを使う」
朝霧に『あれ』と言われて、すぐに綿理は誰のことか察した。
「まあ、もともとそのつもりでしたが、あれがうまくやれるかどうか不安ではありますね」
「できなければ捨てるだけだ」
そう言って、朝霧の口元は酷薄に弧を描いた。
鬼に柚子はもったいない。
朝霧は冷淡に、しかし柚子への思慕にうっとりと目を細めた。



