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六花と氷雨が去っていった後、当主の回廊には意気消沈した紫電の姿が残されていた。
それを慰める白霧は、紫電の様子に内心で舌打ちする。
紫電と六花の間に婚約話が持ち上がったのは白霧も知っていた。
その時にはすでに側近として紫電に仕え始めた頃だったので、よく覚えている。
当主に一番かわいがられている息子夫婦の長女は、強い霊力を持ちながらもその扱いができずに宝の持ち腐れとよく大人が嘲笑していた。
当主から特別目をかけられていた息子夫婦への妬みという土壌があったからこそ、余計にその声は大きくなるばかりだった。
紫電もそんな大人たちを見て育ったので、六花を見かけては意地悪をしており、それは日を追うごとに過激さを増していったが、白霧は見ているだけでなにもしなかった。
白霧は気づいていたのだ。紫電が六花を見つめる眼差しには、隠しきれない恋慕が含まれていることを。ただ、プライドの高い紫電はそれを素直に表現できず、意地悪という形で六花の関心を自分に向けたかっただけだと。
六花本人にはまったく伝わっていないどころか逆効果だったが。
婚約話とて紫電が当主に直談判した結果、生まれたものだった。
しかし、普段から嫌がらせをしている紫電との婚約を喜ぶはずもなく、あっさりと断られていた。
初めての失恋を経験した紫電はそれまで以上に、きつく当たるようになる。
あれから何年も経ち、成人となった今はもう昇華しきっていると思っていた白霧だったが、氷雨との婚約を聞いた時の紫電の反応はまだ未練を残しているようにしか見えなかった。
「ほんと、どこまでも目障りな子」
小さな小さなつぶやきは、自分のことで精いっぱいの紫電には聞こえなかった。
当主にかわいがられているばかりか、紫電にまで目をかけられ、本人はそれに気づこうともしない。
当主については仕方ないにしろ、よりによって紫電を誘惑するなど許されないというのに。



