「──ということで、いろいろ看病していたら気が合ったので結婚することにしました。けど籍はまだまだ入れずに、とりあえず婚約期間を設けるつもりです」
これまで、呼ばれなければ当主の館を訪れない六花が珍しく自分から足を踏み入れた。
その際、通りかかったあやかしたちが氷雨を見て驚いた顔していたが、氷雨はどこ吹く風だった。なんて図太いのだろう。
暁天の側近たちから喧嘩を吹っかけられないか六花の方がひやひやとしたが、むしろ笑顔で歓迎されたのはどういうことか。
六花の時にそんな好意的な反応が返ってきたためしはこれまで一度としてないので、まさに驚愕である。
周囲の反応に少々不満を覚えつつ報告に上がった六花に、暁天は驚いている。あれだけ無理だと叫んでいたので仕方がない。
「なんと、あれほど嫌がっておったのに」
「しっかり話してみると案外いい人でした」
まったく思っていない、出まかせである。どこを探しても〝いい人要素〟は皆無だが、致し方ない。六花は死んだ目で嘘をついた。
「そうかそうか、やはりわしの言った通りであろう。氷雨殿もそれでいいか?」
「はい。顔合わせの時には突然の退出、失礼をいたしました。後日予定していた顔合わせも急な任務でかなわず、そのせいでこんな素敵な人だと気づくのに遅れる結果となってしまい、あの時の自分を悔やむばかりです」
にっこりと爽やかな笑顔を浮かべる氷雨に、六花はドン引きする。
ついさっきまで六花と話している時の、愛想をどこかに落としてきたような男の変わり果てた様子に、誰だ、こいつ?と驚愕した眼差しで見る六花の手を、氷雨はぎゅっと力強く握った。
しかも恋人つなぎである。
心の中で悲鳴をあげたが、表情には出さず、六花もまたにっこりと笑ってみせた。
もちろんその悲鳴は恥じらうようなかわいらしいものではなく、嫌悪感いっぱいの悲鳴である。
「おお、おお、いつもポーカーフェイスな六花が笑っておるではないか。これは甘ったるさにじじいは砂糖を吐きそうだな」
仲よしアピールが効を奏したのか、暁天は大層ご満悦である。
だが、そのアピールの裏で、互いにぎりぎりと力いっぱい握力を込めてけん制し合っていたのを暁天は気づいていない。
「氷雨は忙しいですし、まだ婚約段階ですが一緒に館で暮らしたいと思いますが構いませんか? 霞のことを考えてしばらくこちらに滞在してくださるそうですので、お言葉に甘えようと思っています」
実際のところは、時雨が天鬼月の者だと知った氷雨が、それならばこの本家にいる方が会う確率も情報を得る確率も高いのではないかと判断したためである。
六花としても、いつでも氷雨から血をもらえ、宵闇の特訓ができるので、双方の利益が合致した結果だ。
「構わんぞ。周りの者にも氷雨殿は行き来ができるように通達しておこう」
「ありがとうございます。では」
ささっと会話を終わらせて去ろうとする六花に、暁天は名残惜しそうにする。
「もう行ってしまうのか? なれそめ話をもっと聞きたいのだが?」
「霞への紹介がまだ済んでおりませんので」
「なるほど。それは早くしてあげなさい。これから一緒に暮らすのだしな。霞も新しい家族ができてきっと喜ぶであろう」
「はい。ありがとうございます」
部屋を退出した六花はふうと安堵の息を吐く。
「とりあえず報告は済みましたけど、ちゃんと騙せたかどうか……」
暁天は六花が時雨を探すことをあまりよく思っていない。
そんな中で氷雨という武器を手に入れたら無茶をするのは想像にたやすく、これまでは宵闇が使えないからと慎重に動いていた六花が危険を冒すのをためらわなくなると思うだろう。
実際、六花自身が、これで迷わず突き進めると気合を入れているので、六花の性格をよく知る暁天が案じぬはずがない。
下手をすると、これまで協力的だったのに宵闇を没収され、あれだけ勧めていた氷雨とも会わせてもらえなくなる。
考えすぎかもしれないが、念には念を入れておくにこしたことはないと、あの恋人アピールとなったのだ。
「力を入れすぎだ、馬鹿力がっ」
「そっちこそ大人げないと思わないんですか?」
暁天のいる部屋から離れた途端に言い合いを始めるふたりの様子は、どこをどう見ても相思相愛とはほど遠い。だが、利害関係の一致による婚約なのだからなれ合う必要も感じられなかった。その時──。
「おい、貴様こんなところでなにをしている!?」
当主の回廊に響き渡る怒号は、不快な音として耳をつんざく。
これまで散々聞いてきた声が響いた方を向けば、案の定、いとこの紫電が白霧とともに向かってきていた。
決して走りはしないが、その足が忙しなく動いている。
いつも以上に尊大で早歩きな紫電の速度に、後ろをつき従う白霧は必死で追いかけている。
面倒な者に遭遇してしまったとげんなりする六花だが、紫電の視線は六花ではなく氷雨に向けられていた。六花など眼中にないと言わんばかりで、この反応は予想外だ。
「なんだ、こんなところで競歩の練習か?」
こちらも開口一番、皮肉を込めた言葉を投げつける氷雨に六花は驚く。
基本的に氷雨は六花以外に対して猫を何重にも被って、裏の顔を欺いていた。それなのに、紫電に対しては六花以上の棘のある声を出したのである。
そういえば、氷雨のあやかし嫌いという噂の元は紫電だったはずだと六花は思い出す。
会うたびに諍いが起きるとかで紫電の側近たちが頭を悩ませていたが、六花からすると、もっと苦労してみせろ、ざまあみろぐらいにしか思っていなかった。
まさかこんなにバチバチの喧嘩腰の争いが起こっているとは。
「なんだと、貴様! どうして一龍斎の者がこの大事な回廊を歩いている!? ここはお前のような人間が歩いていい場所ではないんだ!」
「それを素直に話すと思っているのか? どうしようもなく考えなしの頭を持っているようだな」
「貴様っ!」
「貴様、貴様と、それしか言えないのか? 辞書を引いて語彙力を鍛えてこい。それとも辞書を読む知性は存在しなかったか。それは失礼した」
紫電は怒りで顔を真っ赤にしている。
「なんだと!」
いつ殴り合いに発展してもおかしくない最悪な空気が流れている。
「相性最悪ですね」
氷雨と紫電が顔を合わせるとたびたび衝突していることは聞いていたが想像以上に険悪だった。
氷雨の様子で、六花に対してはあれでかなり優しい方だったのだと気づかされる。
怒り心頭の紫電へ発せられる、流れるような氷雨の嫌み。淡々と冷静にしているからこそ余計に苛立ちムカつく。
この時ばかりは紫電の気持ちがよく分かった六花だった。
すると、紫電の矛先は傍観していた六花へと向けられる。
「六花! お前がこいつをここに連れてきたのか!?」
「ええ。さっきご当主様に婚約のご報告をしてきたところです」
六花は、事実なので隠す必要もないと肯定した。
どうせ、すぐに暁天から一族へは通達が出されるだろう。伝わるのが遅いか早いかの違いだ。
「……婚約?」
それまで猪突猛進の勢いだった紫電が一瞬で大人しくなった。
「まさか、こいつと婚約したというのか!?」
「だからそう言っているじゃありませんか」
なぜかショックを受けた顔をする紫電に、六花は首をかしげた。
「もういいですか? 詳細はご当主様から発表されるはずです。早く霞に紹介しに行きたいからどいてもらえますか」
普段はもっと突っかかってくるのに、今日はどうしたのか唖然としたまま立ち尽くす紫電。白霧が駆け寄るのを横目に、六花はすんなりと通り過ぎた。
いつもならなんだかんだ因縁をつけられるので、これほどスムーズに紫電から解放されたのは初めてではないだろうか。
内心で喜んだ直後、ちっと舌打ちが聞こえたが、わざわざ振り返るまでもないかと気にせずその場を後にする。
六花の館に入ってすぐ、氷雨が質問してきた。
「お前、あいつとどんな関係だ?」
「あいつって紫電のことですか?」
「ああ」
「いとこというだけです。それも、いつも落ちこぼれの私をいじめてくるガキ大将みたいなやつでしょうか? 特に仲がいいわけでもありません」
小さい頃からも、宵闇を手にしてからも、六花に対して変わらない態度を取る、ある意味貴重な存在である。もちろん悪い意味でなのは言うまでもない。
「他に関係は? 元恋人とかではないよな?」
そんな不本意この上ない、疑問を持たれたことすら不快というように、六花は顔を歪める。
「どこをどうしたらそう見えるのか教えてください。冗談ではなく本気でやめてほしいんですが」
六花の憤懣やるかたない表情を見て、氷雨もいろいろ察したようだ。
「……あぁ、でもずっと昔に紫電との婚約話が持ち上がったことがありますよ。当時からいじめられていたから、全力で拒否してご破算にしてもらったので今は関係ありませんけど。向こうも私と婚約せずに済んで喜んでいるんじゃないでしょうか」
婚約話が持ち上がったのは、まだ両親が健在だった頃の話だ。
紫電と将来結婚するぐらいなら頭を丸めて出家するとまで訴えた結果、すぐにその話は立ち消えたのだが、六花の方から断ったのがよほど癪にさわったのだろう。
いじめがひどくなったのは理不尽この上ない。
嫌なら紫電の方から早々に断ればいいものをと、今でも六花は恨んでいる。
「それがどうかしましたか?」
「いや、少々憐れだと思ってな。まあ、あの様子では自業自得か」
顎に手を当て考え込む氷雨は、六花に対してなんとも言えない表情を浮かべた後、すぐに興味をどこかへ投げ捨てたような顔にころりと変わる。
「意味が分かんないですが?」
「分からないままでいい」
六花はきょとんとして首をかしげた。
これまで、呼ばれなければ当主の館を訪れない六花が珍しく自分から足を踏み入れた。
その際、通りかかったあやかしたちが氷雨を見て驚いた顔していたが、氷雨はどこ吹く風だった。なんて図太いのだろう。
暁天の側近たちから喧嘩を吹っかけられないか六花の方がひやひやとしたが、むしろ笑顔で歓迎されたのはどういうことか。
六花の時にそんな好意的な反応が返ってきたためしはこれまで一度としてないので、まさに驚愕である。
周囲の反応に少々不満を覚えつつ報告に上がった六花に、暁天は驚いている。あれだけ無理だと叫んでいたので仕方がない。
「なんと、あれほど嫌がっておったのに」
「しっかり話してみると案外いい人でした」
まったく思っていない、出まかせである。どこを探しても〝いい人要素〟は皆無だが、致し方ない。六花は死んだ目で嘘をついた。
「そうかそうか、やはりわしの言った通りであろう。氷雨殿もそれでいいか?」
「はい。顔合わせの時には突然の退出、失礼をいたしました。後日予定していた顔合わせも急な任務でかなわず、そのせいでこんな素敵な人だと気づくのに遅れる結果となってしまい、あの時の自分を悔やむばかりです」
にっこりと爽やかな笑顔を浮かべる氷雨に、六花はドン引きする。
ついさっきまで六花と話している時の、愛想をどこかに落としてきたような男の変わり果てた様子に、誰だ、こいつ?と驚愕した眼差しで見る六花の手を、氷雨はぎゅっと力強く握った。
しかも恋人つなぎである。
心の中で悲鳴をあげたが、表情には出さず、六花もまたにっこりと笑ってみせた。
もちろんその悲鳴は恥じらうようなかわいらしいものではなく、嫌悪感いっぱいの悲鳴である。
「おお、おお、いつもポーカーフェイスな六花が笑っておるではないか。これは甘ったるさにじじいは砂糖を吐きそうだな」
仲よしアピールが効を奏したのか、暁天は大層ご満悦である。
だが、そのアピールの裏で、互いにぎりぎりと力いっぱい握力を込めてけん制し合っていたのを暁天は気づいていない。
「氷雨は忙しいですし、まだ婚約段階ですが一緒に館で暮らしたいと思いますが構いませんか? 霞のことを考えてしばらくこちらに滞在してくださるそうですので、お言葉に甘えようと思っています」
実際のところは、時雨が天鬼月の者だと知った氷雨が、それならばこの本家にいる方が会う確率も情報を得る確率も高いのではないかと判断したためである。
六花としても、いつでも氷雨から血をもらえ、宵闇の特訓ができるので、双方の利益が合致した結果だ。
「構わんぞ。周りの者にも氷雨殿は行き来ができるように通達しておこう」
「ありがとうございます。では」
ささっと会話を終わらせて去ろうとする六花に、暁天は名残惜しそうにする。
「もう行ってしまうのか? なれそめ話をもっと聞きたいのだが?」
「霞への紹介がまだ済んでおりませんので」
「なるほど。それは早くしてあげなさい。これから一緒に暮らすのだしな。霞も新しい家族ができてきっと喜ぶであろう」
「はい。ありがとうございます」
部屋を退出した六花はふうと安堵の息を吐く。
「とりあえず報告は済みましたけど、ちゃんと騙せたかどうか……」
暁天は六花が時雨を探すことをあまりよく思っていない。
そんな中で氷雨という武器を手に入れたら無茶をするのは想像にたやすく、これまでは宵闇が使えないからと慎重に動いていた六花が危険を冒すのをためらわなくなると思うだろう。
実際、六花自身が、これで迷わず突き進めると気合を入れているので、六花の性格をよく知る暁天が案じぬはずがない。
下手をすると、これまで協力的だったのに宵闇を没収され、あれだけ勧めていた氷雨とも会わせてもらえなくなる。
考えすぎかもしれないが、念には念を入れておくにこしたことはないと、あの恋人アピールとなったのだ。
「力を入れすぎだ、馬鹿力がっ」
「そっちこそ大人げないと思わないんですか?」
暁天のいる部屋から離れた途端に言い合いを始めるふたりの様子は、どこをどう見ても相思相愛とはほど遠い。だが、利害関係の一致による婚約なのだからなれ合う必要も感じられなかった。その時──。
「おい、貴様こんなところでなにをしている!?」
当主の回廊に響き渡る怒号は、不快な音として耳をつんざく。
これまで散々聞いてきた声が響いた方を向けば、案の定、いとこの紫電が白霧とともに向かってきていた。
決して走りはしないが、その足が忙しなく動いている。
いつも以上に尊大で早歩きな紫電の速度に、後ろをつき従う白霧は必死で追いかけている。
面倒な者に遭遇してしまったとげんなりする六花だが、紫電の視線は六花ではなく氷雨に向けられていた。六花など眼中にないと言わんばかりで、この反応は予想外だ。
「なんだ、こんなところで競歩の練習か?」
こちらも開口一番、皮肉を込めた言葉を投げつける氷雨に六花は驚く。
基本的に氷雨は六花以外に対して猫を何重にも被って、裏の顔を欺いていた。それなのに、紫電に対しては六花以上の棘のある声を出したのである。
そういえば、氷雨のあやかし嫌いという噂の元は紫電だったはずだと六花は思い出す。
会うたびに諍いが起きるとかで紫電の側近たちが頭を悩ませていたが、六花からすると、もっと苦労してみせろ、ざまあみろぐらいにしか思っていなかった。
まさかこんなにバチバチの喧嘩腰の争いが起こっているとは。
「なんだと、貴様! どうして一龍斎の者がこの大事な回廊を歩いている!? ここはお前のような人間が歩いていい場所ではないんだ!」
「それを素直に話すと思っているのか? どうしようもなく考えなしの頭を持っているようだな」
「貴様っ!」
「貴様、貴様と、それしか言えないのか? 辞書を引いて語彙力を鍛えてこい。それとも辞書を読む知性は存在しなかったか。それは失礼した」
紫電は怒りで顔を真っ赤にしている。
「なんだと!」
いつ殴り合いに発展してもおかしくない最悪な空気が流れている。
「相性最悪ですね」
氷雨と紫電が顔を合わせるとたびたび衝突していることは聞いていたが想像以上に険悪だった。
氷雨の様子で、六花に対してはあれでかなり優しい方だったのだと気づかされる。
怒り心頭の紫電へ発せられる、流れるような氷雨の嫌み。淡々と冷静にしているからこそ余計に苛立ちムカつく。
この時ばかりは紫電の気持ちがよく分かった六花だった。
すると、紫電の矛先は傍観していた六花へと向けられる。
「六花! お前がこいつをここに連れてきたのか!?」
「ええ。さっきご当主様に婚約のご報告をしてきたところです」
六花は、事実なので隠す必要もないと肯定した。
どうせ、すぐに暁天から一族へは通達が出されるだろう。伝わるのが遅いか早いかの違いだ。
「……婚約?」
それまで猪突猛進の勢いだった紫電が一瞬で大人しくなった。
「まさか、こいつと婚約したというのか!?」
「だからそう言っているじゃありませんか」
なぜかショックを受けた顔をする紫電に、六花は首をかしげた。
「もういいですか? 詳細はご当主様から発表されるはずです。早く霞に紹介しに行きたいからどいてもらえますか」
普段はもっと突っかかってくるのに、今日はどうしたのか唖然としたまま立ち尽くす紫電。白霧が駆け寄るのを横目に、六花はすんなりと通り過ぎた。
いつもならなんだかんだ因縁をつけられるので、これほどスムーズに紫電から解放されたのは初めてではないだろうか。
内心で喜んだ直後、ちっと舌打ちが聞こえたが、わざわざ振り返るまでもないかと気にせずその場を後にする。
六花の館に入ってすぐ、氷雨が質問してきた。
「お前、あいつとどんな関係だ?」
「あいつって紫電のことですか?」
「ああ」
「いとこというだけです。それも、いつも落ちこぼれの私をいじめてくるガキ大将みたいなやつでしょうか? 特に仲がいいわけでもありません」
小さい頃からも、宵闇を手にしてからも、六花に対して変わらない態度を取る、ある意味貴重な存在である。もちろん悪い意味でなのは言うまでもない。
「他に関係は? 元恋人とかではないよな?」
そんな不本意この上ない、疑問を持たれたことすら不快というように、六花は顔を歪める。
「どこをどうしたらそう見えるのか教えてください。冗談ではなく本気でやめてほしいんですが」
六花の憤懣やるかたない表情を見て、氷雨もいろいろ察したようだ。
「……あぁ、でもずっと昔に紫電との婚約話が持ち上がったことがありますよ。当時からいじめられていたから、全力で拒否してご破算にしてもらったので今は関係ありませんけど。向こうも私と婚約せずに済んで喜んでいるんじゃないでしょうか」
婚約話が持ち上がったのは、まだ両親が健在だった頃の話だ。
紫電と将来結婚するぐらいなら頭を丸めて出家するとまで訴えた結果、すぐにその話は立ち消えたのだが、六花の方から断ったのがよほど癪にさわったのだろう。
いじめがひどくなったのは理不尽この上ない。
嫌なら紫電の方から早々に断ればいいものをと、今でも六花は恨んでいる。
「それがどうかしましたか?」
「いや、少々憐れだと思ってな。まあ、あの様子では自業自得か」
顎に手を当て考え込む氷雨は、六花に対してなんとも言えない表情を浮かべた後、すぐに興味をどこかへ投げ捨てたような顔にころりと変わる。
「意味が分かんないですが?」
「分からないままでいい」
六花はきょとんとして首をかしげた。



