『朝、部室に集まって指令を受け取る』
と書かれている部分を長く白い指でさした山内は、静かに
「俺、朝苦手」とつぶやいた。
そのあと、付け足すように
「放課後、次の日の指令を受け取る方が、一晩で色々考えられていいんじゃないか」と言う。
絶対、朝早く来たくないだけなのに、冷静な物言いで説得力が増していてずるい。
椎名は目を輝かせ、ナイスアイデア!と声を上げた。
「一晩あるとドキドキも増すもんな」
なんて、はしゃいでいる。
幼馴染にドキドキなんてするわけないじゃん。
と言おうと顔を上げたタイミングで、口を開いたのは山内だった。
「…だな」
だな?じゃないだろ、山内。
「俺ら…ドキドキするの?」
するわけないだろ?
何言ってんだよ!と顔を覗き込んで声を掛けると、山内はサッと目を逸らしながら「えっ…」と息を漏らして
「あー、見てる客が…ドキドキするかなって思った」
と、言葉を続けた後、口元を押さえて表情を隠した。
絶対、笑われてる。
笑って誤魔化せるか?
今すぐここから走り去りたい。
一人、とんだ勘違いをしていたみたいだ。
「顔真っ赤」
淡々と呟かれて、走り去るだけでは足りないくらい、顔が熱くなる。
そんなやり取りに加わらない椎名の方を見たら、スマホを向けられていた。
「は?もう撮ってるの?」
慌てて画角から外れる。
「念のため。仲良さそうだったから」
満足そうに笑う声に、腹が立つ。
カメラの向こうの椎名の目に、見覚えのある光がある。
あれは、先生の背中にカマキリをくっつけた時の、イタズラの顔。
俺を揶揄って遊んでいる姿に、腹が立つのに懐かしくなる。
変な感情に、つい「やめろよー」と笑うしかなかった。
『指令封筒で渡される。共通の指令は黄色、丸瀬だけの指令はピンク、山内への指令は水色。なお、個人指令の内容は互いに開示しないこと』
戯れ合っていた俺たちを横目に、山内は企画書を淡々と読み上げた。
「そうそう! さっそく明日から部室で配るから。あとは指令を遂行する過程を撮らせてくれれば」
説明しようと椎名が山内の方へ歩き出す。
ひと通りの説明が終わると、
「じゃあ、明日からよろしくってことで」
と言いながら、椎名は紙コップを三つ配り、オレンジジュースを注ぎ始めた。
紙コップのオレンジジュース。
子どもの頃の“お誕生日会”みたいな光景に、思わず胸がくすぐったくなる。
「おたのしみ会みたいだろ?」
と、椎名が嬉しそうに声を上げ、
「「誕生日会だろ」」
と、俺と山内がぴたりと重なって突っ込む。
「おたのしみ会もあったじゃん?」
「おたのしみ会はリンゴジュース」
「で、クリスマス会はブドウジュース」
あー、そうだ。そんなルールが何故かあったな。
誰が何を言ったのか曖昧になるくらい、笑い声が混ざり合って溶けていく。
喉を通るオレンジの甘酸っぱさと一緒に、胸の奥も少し熱くなる。
きっとこれからは、
オレンジジュースは“おたのしみ会の思い出”だけじゃなくなる——
そんな予感がした。
DAY0
俺たちは、あの頃と同じ“幼馴染”だった。
崩れていくのか、積み上げていくのか──わからない日々が、明日から始まる。
