「頼む!お前らで恋愛観察ドキュメントを撮らせてくれ!」


映画研究会の部室に呼ばれて、中に入った途端、椎名が真顔で言った。

「いや、む……」

反射的に断ろうとして山内を見ると、あいつは飄々とした顔で、

「別にいいけど」

と、あっさり承諾していて、こっちは混乱する。


なんで俺ら?
なんで恋愛?
疑問は湧かないのか山内。

「丸瀬も頼むっ!」

勢いよく頭を下げられ、つい「わかったよ」と返してしまった。
椎名はぱっと顔を明るくする。

……ほんと、この“頼まれ事を断れない性格”どうにかしたい。
この性格のせいで苦労してきたのに。

「で、なんで俺らなの?」

当然の質問を投げると、椎名は明るい声のまま、

「どうしても、お前らじゃなきゃ駄目なんだ!理由は……作品が出来たら教えてやる!」

と捲し立てる。

「演技は、しなくて良いんだよな?」

大切な確認をする。
……もう絶対、人前で演技なんかしたくない。
胸の奥の古傷が、わずかにうずく。理由を説明する気はないけど。

思ったより深刻な声になってしまって焦っていると、

「大丈夫。ドキュメンタリーって書いてあるだろ」

と、椎名の穏やかな声が返ってきた。
いつもイタズラばかりなのに、こういう時だけは妙に優しいのは、子どもの時から変わらないな。

その優しいトーンが、小さな頃を思い出させてホッとする。

「恋愛に発展しないと思うけどいいの?」

と投げ掛ければ、

「構わない、自然にしてくれたらいいから!」

と、また慌ただしい声に戻って、企画書をガサゴソと探し始めた。

「恋愛しなくてもいいんだって。よかったよな」

山内は唇の端を噛んでいた。
目が合うと、何故か少し寂しげに口角を上げて─そっと目を伏せた。

……わかるよ、“自然に”って言われても難しいよな。
俺も黙って頷く。

椎名が「はいこれ、はい」と軽快に企画書を押しつける。
表紙には大きく、

『幼馴染が撮る幼馴染の恋愛観察』

幼馴染が撮る、まではわかる。
……でも、やっぱりなんで恋愛なんだ?

視界の隅で、慌ただしい椎名と飄々と立つ山内が並ぶ。
その組み合わせが懐かしくて、昔の記憶がふっとよみがえった。
いつも3人で遊び回っていたあの頃。

胸の奥にふわりとあかりが灯る。
……また3人で一緒にいられるなら、まあ、いいか。

保育園の同級生なんて、小学校が別になれば中高で再会しても、関係は薄くなる。

それが普通と思っていたけれど、
3人でいると居心地がよくて、やっぱりどこか寂しかったのかもしれない。

たぶん、椎名も同じ気持ちだったんだろう。

また3人の日々が始まる。

「幼馴染……」

山内の声が少し温かい。
あ、嬉しい時の声だ、と気づいて椎名を見ると、目が合って2人で吹き出した。

「なんだよ」と不貞腐れながら言う山内。
「変わってないな、2人とも」と弾む椎名。

声色で気持ちがわかるくらいには、俺たちはちゃんと幼馴染だ。

この部室が、あの頃の秘密基地みたいに感じられてワクワクしたのは、きっと3人とも同じ。

恋愛観察な理由はやっぱりわからない。

答えがあるかな、と企画書をぱらりと開く。


…………は?
え?

ワクワクなんて前言撤回。