ぺたん、ぺたん。白い指先が、器用に仁の膝や手の甲に絆創膏を貼っていく。久遠は借りてきた猫のように大人しくなっていた。そりゃ、あんな大騒ぎを起こしておいてデカい態度のままだったならそれはそれで問題だが。
「……本当にごめん」
ぺたん。
仁の手の甲の絆創膏を撫でながら、久遠が言う。その頭とお尻に、ヘタった犬耳と尻尾が見えるようだ。
「正直、自分でもなんでパニクったのかわかんない」
「マジか?お前、何か思い出したような口ぶりだったけど。何で置いていったのーとかって言ってたぞ」
「そうなの?俺、自分が何口走ったのかも覚えてないよ。ただ、その名前聞いたらいろいろ吹っ飛んだ。急に怖くなって、パニクって、気づいたら部屋はめちゃくちゃだし仁は傷だらけになってるしで、もうなにがなんだか。……本当に、ごめん」
「いいって。終わったことだ、どうしようもないだろ」
「だけどさぁ」
あの後すぐに目覚めた彼は、慌てて部屋の救急箱を探した。箪笥の中に入っていたせいで無事だったそれは、大慌ての久遠によってすぐ床に中身をぶちまけることにはなったが。――今現在、真下の部屋に人が住んでなくて良かった。というか、近隣住人が多分不在だったのだろう。これだけ大騒ぎして、誰も見に来ないのはそういうことに違いない。久遠の叫び声は聞こえずとも、仁の声とものが壊れる音は外にも聞こえていたはずなのだから。
「俺、自分で自分が怖くなっちゃった」
久遠はひっくり返った椅子を見つめて、泣きそうな顔をした。
「ポルターガイストくらい起こせる力があるのは知ってたんだよ。でも、椅子レベルを吹っ飛ばすのは、かなり集中して“椅子だけ狙った”場合なんだよね。こんな無差別にいろんなものを吹き飛ばせるなんて、自分でも知らなかった。……俺、その気になれば誰かのこと、この力だけで殺せちゃいそうだね」
「でもその気はないんだろう、お前は」
「俺にその気はないからこそ嫌なんだよ。今回はたまたま落ち着いたけど、次にパニックになったら誰を傷つけるかわかったもんじゃない。それこそ……今度は仁に、取り返しがつかないことをしちゃうかも……」
仁の傷は、どれもこれもかすり傷だった。皿の破片とかでちょっと切ったとか、飛んできたシャープペンシルが掠ったとかそのくらいである。とりあえず、今回はそのくらいで済んで良かったと思うべきだと仁は考えるのだが、久遠はそうではないらしい。
確かに、あと少し止めるのが遅かったら、もっと大きな怪我を負っていた可能性もあるが。
「何でパニックになったのか、わからないって言ったな。でもパニックになったってことは、その名前の人物をお前は知ってるってことだよな?そいつに殺されたってことか?」
「……わかんない」
久遠は困惑したように首を横に振った。
「知ってる、とは思う。多分大切な人だったんだろうなとも。でも、その人と俺がどういう関係だったかまでは。……この部屋で俺、殺されたわけじゃないような気がするし」
それは仁も思っていたことだ。この部屋で久遠が死んでいたら、流石にあの人の良い佳代子が黙ってはいなかっただろう。彼女は本当に、この部屋で人死にがあったと思っていない様子だった。長い付き合いではないが、個人的に彼女の言葉は信用して良いと思っている。その彼女が無いと言ったなら、きっと本当に無かったのだ。
「……変だなあ。俺、自分が死んだ時のこととか、その人のことは全然思い出せないのに。途切れ途切れで、覚えてることもあるんだ。ていうか、今、思い出したのかもしれない」
記憶を辿るように、少年は壁に寄りかかって座り、天井を見上げた。その向こう、見えるはずもない空を探すように。
「多分俺、生まれついてのゲイだったと思うんだよね。なんとなくだけど。だから子供の頃、色々と嫌なこともあってさ」
「バレたらいじめられる、とか?」
「うん。絶対気持ち悪いって言われるじゃん?一緒に着替えてるのとか見てヨクジョーしてたのかよ変態!とかって言われそうじゃん?そういうのが凄く嫌でさ。みんなと違うって気づいてからは、隠すのに必死だったというか。……当たり前のように、女の子のアイドルの誰それが可愛いとか、女優の誰が好みとかクラスの女子の誰がイイとか、そういうこと話せる友達が羨ましかったな」
なよなよしいつもりはなかった、と久遠は語る。世の中に同性愛者は何種類もいるが、男性が好きな男性全てがオカマと呼ばれる趣向であるわけではないのだと。それは、仁も聞いたことがある話だった。そもそもレズ&ゲイとトランスジェンダーは別物だ。久遠は自分が男であるという自覚があって、性自認に違和感を覚えたことはなかった。それでも、恋愛対象は男性だったという。意外とそういう者も、珍しくはないらしい。
だからこそ、苦悩もあるのだろうが。
「だから、恋愛できる相手って本当に少なかったと思うんだ。……一人だけ覚えてる。高校か中学かわかんないんだけど……先輩でさ。俺のこと綺麗だって言ってくれて、気持ち悪いとか言わないでキスしてくれた人がいた。多分、セックスしたんじゃないかな……ってごめん、こんな話だ気持ち悪いよね。仁はストレートなんでしょ」
「ストレートだけど、平気だ。好きに話せ」
「ありがと。……俺のことわかってくれる、ゲイだって馬鹿にしたりしない、うれしい。……そういう気持ちが膨らみすぎて依存して、それがきっと重かったんだろうなぁ。先輩は、すぐ離れてっちゃって、別に彼女作っちゃった。柔らかくて可愛くて優しくて、堂々と付き合える女の子の方がいいに決まってるよねそりゃ。……バイの人は、そういう選択ができていいなって、そう思った」
だから、と久遠は続ける。
「その、先生とやらにも。ひょっとしたら、依存してたのかもね。恋愛なのか、そうじゃないのかはわからないけど。だから捨てられて今、俺はこんな惨めな幽霊になってこの部屋に囚われてるのかも。外に出ることもできず、何十年もさ。馬鹿みたいだよねえ」
あはは、と乾いた笑い声が上がる。仁からすればちっとも笑えなかった。笑えるはずがなかった。あまりにも、胸が痛くてならなかったから。
「本当は、辛かったんじゃないのか」
よっこらせ、と彼の隣に胡座をかいて座る仁。
「一人ぼっちで。そんな気持ちを抱えたまま、寂しかったんだろ」
「かもしれない。泣いてたかどうか、覚えてないのは本当だけど」
あのさ、と久遠は続ける。
「仁から見ると、俺って可哀想なのかな。でも、そんな気を使ってくれなくていいよ。この部屋だって借家なんだし、嫌なら出ていくこともできるはずだろ。無理しなくていい。……気持ち悪いと思わないの。地縛霊でさ、ゲイでさ、しかもポルターガイストで迷惑かけてくる、とかさ」
彼が言いたかったのはそれであるらしい。記憶が中途半端に蘇って、不安で仕方ないのだろう。やっと出来た話し相手が、これでいなくなってしまうかもしれない。本当はそばにいてほしいのに、そんなこと言う資格なんてないと自分でもわかっている、そんな声。
本当はまだ、子供であるはずなのに。
「……そりゃ、俺はゲイじゃねーし。男とどうこうなりたいって思ったことはないけど。そういうの、わかるとは言わないけど」
だから仁は、隠すことなく正直に気持ちを告げることにしたのだ。
「それでも、なんつーか……病気とかじゃねえじゃん、そういうの。本気で好きになる相手がたまたま男か女が、それ以外の誰かかって違いでさ。結局誰かに迷惑かけなければいいんじゃねっつーか。そもそも、異性愛者が迷惑かけないかっていうとそんなこともねーだろ。世の中にはロリコンの変態もいっぱいいるし。つか、痴漢とかの性犯罪して平気で歩ける奴らの方がよっぽどキメェし」
「……それはそうかもだけど」
「お前に迷惑かけられたってそりゃ思わなくもねぇし?幽霊と同居する趣味もないけどな。でも俺は……それ以前に、一人の人間だから。困ってるやつを放っておくのは寝覚めが悪い。見捨てて、平然とできる人間にもなりたくはねえと思う」
「それってつまり、同情ってこと?」
「それもなくはねぇが、それだけでもない……と思う」
自分でもうまく説明できる自信はない。そこまで器用でもない。ただ。
「お前が作ってくれたオムライスやチャーハンはすげえ美味かったし、感謝してるからな。……きちんとその恩返しはしたいし、また食いてえってだけだ」
こんな言葉で、納得させられるとは思っていなかった。しかし仁がそう告げると、ふふっ、と久遠が笑ったのが聞こえたのである。
彼も彼なりに一つ、答えを出したのかもしれない。
「仁らしいや。……次は、ミートソーススパゲティでいい?俺の得意料理なんだ」
「そりゃいい。好物だ」
「良かった」
よし、と立ち上がる久遠。人間がするように、ストレッチをしているのがなんだかおかしい。幽霊なのだから関節が凝り固まる心配はないはずである。生きていた頃の癖のようなものなのだろうか。
「おいっちに!よーし!……俺、仁のことなんで好きなのかわかった。それ、記憶の彼方に消えた誰かに似てるだけだと思ってたんだけど、そうじゃない」
くるり、と仁を振り返り。いつものような向日葵の笑顔で言ったのだった。
「優しいから!……人の気持ちに寄り添ってくれる人だから!うーん、俺ってばいいこと言うよね!!」
「最後の一言が余計だっつーの」
「ええ、人間自己肯定感大事でしょ?ポジティブに生きようよポジティブにー。あ、俺もう死んでるからポジティブに死のうって言う方が正しい?」
「流れるようにブラックジョークやめろや!!」
何となく思ったのである。この関係はきっと長くは続かない――それでも。
――あと少しだけ、もうちょっとだけ……このままでもいいかもな。
一緒に部屋の片付けを始めつつ、考えたのだ。
この笑顔を、どうにかして守ってやりたいと。
「……本当にごめん」
ぺたん。
仁の手の甲の絆創膏を撫でながら、久遠が言う。その頭とお尻に、ヘタった犬耳と尻尾が見えるようだ。
「正直、自分でもなんでパニクったのかわかんない」
「マジか?お前、何か思い出したような口ぶりだったけど。何で置いていったのーとかって言ってたぞ」
「そうなの?俺、自分が何口走ったのかも覚えてないよ。ただ、その名前聞いたらいろいろ吹っ飛んだ。急に怖くなって、パニクって、気づいたら部屋はめちゃくちゃだし仁は傷だらけになってるしで、もうなにがなんだか。……本当に、ごめん」
「いいって。終わったことだ、どうしようもないだろ」
「だけどさぁ」
あの後すぐに目覚めた彼は、慌てて部屋の救急箱を探した。箪笥の中に入っていたせいで無事だったそれは、大慌ての久遠によってすぐ床に中身をぶちまけることにはなったが。――今現在、真下の部屋に人が住んでなくて良かった。というか、近隣住人が多分不在だったのだろう。これだけ大騒ぎして、誰も見に来ないのはそういうことに違いない。久遠の叫び声は聞こえずとも、仁の声とものが壊れる音は外にも聞こえていたはずなのだから。
「俺、自分で自分が怖くなっちゃった」
久遠はひっくり返った椅子を見つめて、泣きそうな顔をした。
「ポルターガイストくらい起こせる力があるのは知ってたんだよ。でも、椅子レベルを吹っ飛ばすのは、かなり集中して“椅子だけ狙った”場合なんだよね。こんな無差別にいろんなものを吹き飛ばせるなんて、自分でも知らなかった。……俺、その気になれば誰かのこと、この力だけで殺せちゃいそうだね」
「でもその気はないんだろう、お前は」
「俺にその気はないからこそ嫌なんだよ。今回はたまたま落ち着いたけど、次にパニックになったら誰を傷つけるかわかったもんじゃない。それこそ……今度は仁に、取り返しがつかないことをしちゃうかも……」
仁の傷は、どれもこれもかすり傷だった。皿の破片とかでちょっと切ったとか、飛んできたシャープペンシルが掠ったとかそのくらいである。とりあえず、今回はそのくらいで済んで良かったと思うべきだと仁は考えるのだが、久遠はそうではないらしい。
確かに、あと少し止めるのが遅かったら、もっと大きな怪我を負っていた可能性もあるが。
「何でパニックになったのか、わからないって言ったな。でもパニックになったってことは、その名前の人物をお前は知ってるってことだよな?そいつに殺されたってことか?」
「……わかんない」
久遠は困惑したように首を横に振った。
「知ってる、とは思う。多分大切な人だったんだろうなとも。でも、その人と俺がどういう関係だったかまでは。……この部屋で俺、殺されたわけじゃないような気がするし」
それは仁も思っていたことだ。この部屋で久遠が死んでいたら、流石にあの人の良い佳代子が黙ってはいなかっただろう。彼女は本当に、この部屋で人死にがあったと思っていない様子だった。長い付き合いではないが、個人的に彼女の言葉は信用して良いと思っている。その彼女が無いと言ったなら、きっと本当に無かったのだ。
「……変だなあ。俺、自分が死んだ時のこととか、その人のことは全然思い出せないのに。途切れ途切れで、覚えてることもあるんだ。ていうか、今、思い出したのかもしれない」
記憶を辿るように、少年は壁に寄りかかって座り、天井を見上げた。その向こう、見えるはずもない空を探すように。
「多分俺、生まれついてのゲイだったと思うんだよね。なんとなくだけど。だから子供の頃、色々と嫌なこともあってさ」
「バレたらいじめられる、とか?」
「うん。絶対気持ち悪いって言われるじゃん?一緒に着替えてるのとか見てヨクジョーしてたのかよ変態!とかって言われそうじゃん?そういうのが凄く嫌でさ。みんなと違うって気づいてからは、隠すのに必死だったというか。……当たり前のように、女の子のアイドルの誰それが可愛いとか、女優の誰が好みとかクラスの女子の誰がイイとか、そういうこと話せる友達が羨ましかったな」
なよなよしいつもりはなかった、と久遠は語る。世の中に同性愛者は何種類もいるが、男性が好きな男性全てがオカマと呼ばれる趣向であるわけではないのだと。それは、仁も聞いたことがある話だった。そもそもレズ&ゲイとトランスジェンダーは別物だ。久遠は自分が男であるという自覚があって、性自認に違和感を覚えたことはなかった。それでも、恋愛対象は男性だったという。意外とそういう者も、珍しくはないらしい。
だからこそ、苦悩もあるのだろうが。
「だから、恋愛できる相手って本当に少なかったと思うんだ。……一人だけ覚えてる。高校か中学かわかんないんだけど……先輩でさ。俺のこと綺麗だって言ってくれて、気持ち悪いとか言わないでキスしてくれた人がいた。多分、セックスしたんじゃないかな……ってごめん、こんな話だ気持ち悪いよね。仁はストレートなんでしょ」
「ストレートだけど、平気だ。好きに話せ」
「ありがと。……俺のことわかってくれる、ゲイだって馬鹿にしたりしない、うれしい。……そういう気持ちが膨らみすぎて依存して、それがきっと重かったんだろうなぁ。先輩は、すぐ離れてっちゃって、別に彼女作っちゃった。柔らかくて可愛くて優しくて、堂々と付き合える女の子の方がいいに決まってるよねそりゃ。……バイの人は、そういう選択ができていいなって、そう思った」
だから、と久遠は続ける。
「その、先生とやらにも。ひょっとしたら、依存してたのかもね。恋愛なのか、そうじゃないのかはわからないけど。だから捨てられて今、俺はこんな惨めな幽霊になってこの部屋に囚われてるのかも。外に出ることもできず、何十年もさ。馬鹿みたいだよねえ」
あはは、と乾いた笑い声が上がる。仁からすればちっとも笑えなかった。笑えるはずがなかった。あまりにも、胸が痛くてならなかったから。
「本当は、辛かったんじゃないのか」
よっこらせ、と彼の隣に胡座をかいて座る仁。
「一人ぼっちで。そんな気持ちを抱えたまま、寂しかったんだろ」
「かもしれない。泣いてたかどうか、覚えてないのは本当だけど」
あのさ、と久遠は続ける。
「仁から見ると、俺って可哀想なのかな。でも、そんな気を使ってくれなくていいよ。この部屋だって借家なんだし、嫌なら出ていくこともできるはずだろ。無理しなくていい。……気持ち悪いと思わないの。地縛霊でさ、ゲイでさ、しかもポルターガイストで迷惑かけてくる、とかさ」
彼が言いたかったのはそれであるらしい。記憶が中途半端に蘇って、不安で仕方ないのだろう。やっと出来た話し相手が、これでいなくなってしまうかもしれない。本当はそばにいてほしいのに、そんなこと言う資格なんてないと自分でもわかっている、そんな声。
本当はまだ、子供であるはずなのに。
「……そりゃ、俺はゲイじゃねーし。男とどうこうなりたいって思ったことはないけど。そういうの、わかるとは言わないけど」
だから仁は、隠すことなく正直に気持ちを告げることにしたのだ。
「それでも、なんつーか……病気とかじゃねえじゃん、そういうの。本気で好きになる相手がたまたま男か女が、それ以外の誰かかって違いでさ。結局誰かに迷惑かけなければいいんじゃねっつーか。そもそも、異性愛者が迷惑かけないかっていうとそんなこともねーだろ。世の中にはロリコンの変態もいっぱいいるし。つか、痴漢とかの性犯罪して平気で歩ける奴らの方がよっぽどキメェし」
「……それはそうかもだけど」
「お前に迷惑かけられたってそりゃ思わなくもねぇし?幽霊と同居する趣味もないけどな。でも俺は……それ以前に、一人の人間だから。困ってるやつを放っておくのは寝覚めが悪い。見捨てて、平然とできる人間にもなりたくはねえと思う」
「それってつまり、同情ってこと?」
「それもなくはねぇが、それだけでもない……と思う」
自分でもうまく説明できる自信はない。そこまで器用でもない。ただ。
「お前が作ってくれたオムライスやチャーハンはすげえ美味かったし、感謝してるからな。……きちんとその恩返しはしたいし、また食いてえってだけだ」
こんな言葉で、納得させられるとは思っていなかった。しかし仁がそう告げると、ふふっ、と久遠が笑ったのが聞こえたのである。
彼も彼なりに一つ、答えを出したのかもしれない。
「仁らしいや。……次は、ミートソーススパゲティでいい?俺の得意料理なんだ」
「そりゃいい。好物だ」
「良かった」
よし、と立ち上がる久遠。人間がするように、ストレッチをしているのがなんだかおかしい。幽霊なのだから関節が凝り固まる心配はないはずである。生きていた頃の癖のようなものなのだろうか。
「おいっちに!よーし!……俺、仁のことなんで好きなのかわかった。それ、記憶の彼方に消えた誰かに似てるだけだと思ってたんだけど、そうじゃない」
くるり、と仁を振り返り。いつものような向日葵の笑顔で言ったのだった。
「優しいから!……人の気持ちに寄り添ってくれる人だから!うーん、俺ってばいいこと言うよね!!」
「最後の一言が余計だっつーの」
「ええ、人間自己肯定感大事でしょ?ポジティブに生きようよポジティブにー。あ、俺もう死んでるからポジティブに死のうって言う方が正しい?」
「流れるようにブラックジョークやめろや!!」
何となく思ったのである。この関係はきっと長くは続かない――それでも。
――あと少しだけ、もうちょっとだけ……このままでもいいかもな。
一緒に部屋の片付けを始めつつ、考えたのだ。
この笑顔を、どうにかして守ってやりたいと。



