ラブリー・ゴースト!~事故物件で幽霊に好かれた俺~

 ヤキソバのせいで、ちょっとほだされてしまった俺ではあるが。

「……うがっ!?」

 翌朝。仁は悲鳴を上げて飛び起き――ようとしてできなかった。全身がガッチガチに固まっている。死後硬直かと思うくらいに固まっている。これはアレだ、つまりこの間と同じ現象ではあるまいか。

「て、てめえええ、久遠!」

 原因は一人しかいない。うぎぎぎ、と首だけ動かしてキッチンを見れば、パンにハムを挟んでいる久遠の姿が。朝ごはんを積極的に作ってくれてるっぽい姿勢は嬉しい。嬉しいっちゃ嬉しい、のだが。

「おはよう、仁。もう、目覚まし時計鳴らしても、止めて寝ちゃったら意味ないじゃん」

 こっちを見て、ぷくーっと頬を膨らませる。その顔はぶっちゃけ可愛い。可愛いけれども。

「仕方ないから強行手段に出ました。喰らえ、必殺の金縛り!」
「何でそうなるんだよ!」
「だって、今日は八時に起きて映画見るって約束したのに、全然起きてくれないんだもん。いーっだ!」
「小学生か!」

 お願いですから、人を叩き起こすのに金縛りを使わないでください。痛みはないが、全身がこむら返りでもしたかのようなこの違和感はヤバすぎる。仁は冷や汗をかいた。これは本当に、こいつの機嫌を損ねたら自分は殺されるのではないか、と。
 いや、多少以上にほだされたけれども。この後食べたハムチーズサンドイッチは美味しかったけれども!



 ***



 映画を見ると言っても、彼はこの家の外に出られるわけではない。あくまで、家で仁が持っているホラー映画のDVDを見ようという話である。今日は大学の講義もないし、部活動は夕方なので昼過ぎまではヒマなのだ。普段だったら昼寝をするか、ネットサーフィンをするか、ちょっとした買い物をするかで潰してしまう時間である。
 怖いものがあまり得意ではない仁だというのに、何でホラー映画のDVDが家にあるのかと言えば単純明快。以前家に遊びに来た風人が、しれっと自分のおすすめをいくつか置いていったからである。怖くて、一人で見た記憶はあまりない。まあ風人と一緒に見ても、本人が結構派手な悲鳴を上げるので(あいつも結構怖がりなくせになんでホラーが好きなんだろう)別の意味で怖いのだが。

「うう、気が進まない……」

 久しぶりに置くからDVDを引っ張り出してきて、仁はため息をついた。

「これ、マジでグロかったやつ……」
「仁は結構怖がりなんだねえ」
「う、うるせえよ!和製ホラーがダメなだけだっつの!」

 本当は怖いので見たくない。それでも久遠と映画鑑賞会の約束をしてしまった理由はただ一つ、彼の記憶を蘇らせるために有効かもしれないと考えたからだ。
 昨夜夕飯のあと少し話し合ったが、やはり本人は自分の名前くらいしか覚えていないという。ただ、シックスセンス、という映画の名前がしれっと出てきたところでふと思ったのだそうだ――己はミステリーとかホラーの映画が好きだったのかもしれない、と。シックスセンス、のジャンルがどれに該当するかは解釈が分かれるだろうが、一応幽霊が出るからホラー映画とみなしても問題あるまい。
 裏を返せば、彼が見たことがあるホラー映画でも見れば、何か思い出すかもしれないということだ。
 八鎖学園高等部、なる学校についても現在同時進行で調査中ではある。風人にLINEを送ったら、自分の方でもいろいろ調べてみるよと言ってくれた。仁より友達も多く、交友関係が広い彼だ。オカルトの知識も含めて、かなり頼れる存在であるのは間違いなかった。

――まあ、それはそれとして。本人がいろいろ思い出したら万事解決なのは確かだし。やれることは全部やってみねーとな。……いくらこいつが良い奴でも、いつまでも地縛霊で居すわられるのはまずいし、いろいろと。

 というわけで、今日見ることになったホラー映画は“壷鬼”という和製ホラーだ。日本のホラー映画の中では、結構グロテスクな部類に入る。なんせ、次々死んでいく人々の描写が普通に血まみれで痛々しいのだから。

「和製ホラーだけ駄目なの?てことは、ゾンビとかは平気なんだ?」
「わりとな」

 久遠の言葉に、仁は頷く。

「だって、ゾンビは殴れるだろうが。日本の悪霊は殴れねえ」
「……ものすごくわかりやすい理由だね。確かに、ゾンビは拳銃でヘッドショットすれば勝てるし。でも、直接触ってもいいんだっけ?あれってウイルス感染した元人間だったはずだよね。傷口からウイルスが入ったら自分も感染しちゃうわけだから、直接殴るのは避けた方が良いんじゃないっけ。俺、ゾンビになって死ぬの嫌だなー。レーザーでバラバラにされるのも嫌だけど」
「お前なんでそういうことばっか覚えてるんだよ……」

 レーザーでバラバラにされる。それを聴いて、ふと仁は別のホラー映画を思い出していた。つまり、“バイオハザード”である。ゾンビと言ったらバイオ、と連想するほど有名な作品だ。元々はカプコンが作ったビデオゲームが原作であり、2002年に映画第一作目が作られ、ノベライズなんかも発売されていたはずである。
 この映画も、わりと最近風人と一緒に配信で見ている。――そう、配信されているから、一概にどうこう言えないのだが。映画が日米で公開されたのは2002年で、もし久遠がそれをリアルタイムで見たとすると――やはりその時代を生きていた人間である可能性が高くなってくるのだ。
 もちろん、バイオシリーズは後続で映画が作られているので、本人が見たのが第一作目とは断定できない。ただ自分の記憶が正しければ、隊員が施設内のトラップにひっかかってレーザーでバラバラにされるシーンがあったのは一作目であったはずである。

――やっぱり、確かめる必要はありそうだな。

 今から見ようとしている和製映画の“壷鬼”は、あまり売上も芳しくなく、そもそも劇場での公開数も少なかった比較的マイナーな映画だ。その上、公開されたのは五年くらい前のこと。この映画を知っているかどうか?によって久遠についてわかってくることもあるはずである。
 もう一度見直すのは気が進まないが、これもこいつを成仏させるためだと割り切ることにしよう。

「とりあえず、入れるからな。……おい、久遠。お前怖いからって、変な悲鳴あげたり金縛りかけたりすんなよ、わかったな!?」
「大丈夫大丈夫!俺怖いの大好きだから!」

 久遠は笑っていた、それはもうニコニコと。だからきっと怖いもの平気なのかと思っていたのだが。
 怖いのが大好きとは言ったものの、怖くないとは一言も言ってなかったわけで。

「うわああああああああああ来る来る来る来る!」
「薫ちゃん後ろ、後ろおおおおおお!」
「ぎゃあああああああああああああああああ」
「うおおおおおおおおおおばああああああああああああああああああああああ」
「早く逃げて、逃げてええええええええええええええええええ」
「あがやっfくぁ039mぬ40t3q@9g49k@くぁ09g5@0mq4,8jくぁ@09j@fく039んm!?」

 ぽっかーん、と頭の上に本やらティッシュ箱やら目覚まし時計やらが落ちてきて火花が散った。
 金縛りを起こすなとは言ったが、だからってポルターガイストを起こしていいとは言っていない!

――お前!自分も幽霊なくせにびびるなよおおお!

 途中から仁は、映画の怖さより隣の久遠がやらかすポルターガイストに対処するのに必死で、まったく画面に集中できなくなってしまっていたのだった。



 ***



 いろいろ散々な目には遭ったが、一応収穫はあった。というのも、久遠が“壷鬼”はまったく見た覚えがない映画だったとはっきり断言したためである。

「多分、怖い映画は積極的に足を運んで見に行ったと思うんだよ。ていうか、映画館であんまり上映されてなくても、DVDはあるし、配信だってあるだろ?でも、壷鬼は見たことがなかったから……やっぱ、これが上映された五年くらい前にはもう、俺幽霊になってたんじゃないかなあ」
「つまり、死んでいたと」
「そうとも言う!」
「なんでそんなに明るいんだ……」

 相変わらず、この少年と接していると緊張感が薄れる。タンコブができた頭をさすりながら仁は思った。

「……他に、なんか覚えてることないのか?映画でもなんでもいいから」

 尋ねてみれば、そうだなあ、と彼は斜め上を見た。

「こんな洋画を見た覚えがあるんだけど、タイトルが思い出せなくて。ホラー映画じゃなくて、アメリカのパニック映画みたいなやつ。世界が、温暖化の影響で突然氷河期になっちゃうんだよね。で、主人公の男の人が、仲間や家族と生き残るためにがんばるの。あ、犬連れてた、犬!」

 映画やアニメを見ると、あとでなんだか部分的に変なことだけ覚えていたりするものである。久遠もその例に漏れないらしい。世界が氷河期になってしまう映画――どこかで聞いた覚えがあるが、自分もタイトルが思い出せない。もう少し何かないか?と続けて尋ねれば。

「えっと、日本も出てきたな。東京にいっぱい雹が降り注いできて日本人がパニックになってた!あと、イギリスのヘリコプターに乗ってた人が墜落して、生きたまま凍りついちゃったシーンがあって怖かったなあ。あとは……なんだっけ。最後に逃げ込むのが図書館みたいな施設だったような……」
「……デイ・アフター・トゥモローか?」
「あ、それそれ!その映画だ!」

 やっぱりそうだ、と仁は素早くスマホに打ち込む。この映画は、子供の頃に家族と一緒に見たのである。家で見たので、多分公開されてから何年かが過ぎていただろうが。

――思った通りだ。

 この映画も、公開されたのは2004年である。シックスセンス、バイオハザード、そしてデイ・アフター・トゥモロー。彼が話題に出す映画が、ほぼ2000年前後に集中している。流石にこれは、偶然ではあるまい。
 彼はこのくらいの時期に生きていた人間だ。そして、少なくともデイ・アフター・トゥモローが公開された2004年以降に死んだということになる。
 ここまで年代が揃っているともなれば、後でまとめて配信やDVDで見ましたというオチはないだろう。

「二十年くらい前に、お前は中学生から高校生くらいだった、と仮定しよう」

 仁は顎に手を当てて言う。

「次の問題は。お前が通ってたっていう八鎖学園高等部についてだ。このアパートから近い場所にあったと考えるのが自然なんだが、この近隣にそんな名前の学校はない。むしろ、検索でも全然引っかかってこないのはなんでだ?」
「俺に訊かれても」

 久遠は困ったように眉を八の字にした。

「二十年くらい前に実在した学校なら、検索で出てこないのは確かに変ではあるよね。何かの事情でなくなっちゃったとしても」
「そうだ。だから、もう一つ可能性を考えてる」

 仁はじっと、久遠を見つめた。自分の目には、長い黒髪を一つ結びにした、端正な顔の男子高校生に見える彼を。

「お前のその姿には、お前の何か……未練とか拘りが影響しているってのはないか?それによって、お前の本当の姿、もしくは服装ではなくなっている、と。久遠、本当に何にも心当たりはないのかよ?」