一限目の講義が終わった後。
仁の話を聴いた風人は、うーんと唸って一言。
「なんていうか……ご愁傷様?」
「感想それだけかい」
そんな簡単に片づけられてたまるか、と腐りたくなる仁。こっちは本当に悩んでいるというのに。
「まあ、事故物件じゃありませーん、って言われて住んだところに幽霊がいないとは限らんからなあ」
彼は苦笑いしながら言った。
「早い話、仁の前に住んだ人が特に死んだりしてないと、事故物件って告知義務なくなった気がするんやけど」
「マジっすか」
「ほんまほんま。その様子だと、前に住んだ女の人が何組か、何事もなく無事に済んでるんやろ?それより前にその男の子とやらが首吊って死んだりしてても……不動産会社は事故物件って言わなくてええっちゅーことになるんやね」
「うげえ」
知らなかった、とげんなりする仁。確かに、久遠は“前の住人は女性だったから興味はなかった”とはっきり言っていた。引っ越したのは環境が変わったとか結婚したとか転勤したとか、とにかくごく一般的な理由だったということだろう。
そもそもあのアパートは古いしボロい。耐震構造のなんちゃらという法律も守られているかどうか怪しい。そう考えると、一人暮らしの女性が一時の便利さを取って住むことがあっても長居するケースは少なかったことだろう。
「……確かに、告知義務はなくなるってのはわかったんだけど」
仁は困って頭を掻いた。
「不動産屋の雰囲気は、そんなんじゃなかったんだよなあ」
「というと?」
「ほら、俺って自分で言うのもなんだけどいかついだろ?ごっついだろ?そんな男にかなりしつこく『事故物件じゃありませんよね』って確認されたら普通びびるだろ?若干、不動産屋の兄ちゃんもちょっと引いてた感じだったし」
「ドン引かせるほど詰め寄ったんかい」
「だって事故物件なんかだったら怖くて夜眠れなっ……げふげふ、とにかく気持ち悪いだろうがよ、人が死んだ部屋なんて!で、その時の反応がそんなに動揺してる様子じゃなかったんだよな。告知義務がなくなっても、人が一度死んだ部屋かどうかってのは大抵不動産屋は把握してるはずじゃん?後でバレたらめんどくさいなーくらい思ってそうじゃん?でも、その人は俺にびびってはいても、そういう動揺は見えなかったというか」
そう、若干びびっていても、最後には笑顔で確かにこう言ったのだ。
『あの部屋でも、アパート全体でも誰かが亡くなったからなんてことはございません!安心してお住み頂けますよ!』
あの部屋、どころか。
アパート全体でも誰かが亡くなったなんてことはないと。あれが、嘘だったとは思えない。
「ってことは、その久遠君?とかいう男の子はそのアパートで亡くなったわけちゃうってことやな」
ふむ、と風人は顎に手を当てて言う。
「それでもあの部屋に憑いてるっちゅーことは、あの部屋になんらかの強い思い入れがある可能性が高そうやね。例えば、恋人が住んでたとか。で、ついでに言うならそれが仁によう似てたとか」
「ああ、あるかも、それ……」
「おれはオカルトに詳しいって言うても趣味である程度知ってる程度のもんやけど。それでも、基本的に幽霊のバックグラウンドを知らないで除霊出来ることって殆どない筈や。ましてや、地縛霊になるくらい強い霊ともなると、お寺のTさんだかJさんだかに気合一発で吹っ飛ばしてもらうとかは結構厳しいと思うで。つか、あんなのは創作怪談と漫画の世界にしかおらんやろ」
「うう、チート霊能者って現実にはいないのか……」
「おらんおらん。有名な霊能者やったのにうっかり呪われて死んだ人とかはぎょうさんおるけどな!」
「笑顔でそんなネガティブな情報言わないでくださる!?」
こいつ間違いなく面白がってるだろ、と仁は心底腐りたくなる。
まあ、これから自分がやるべきことが多少見えただけ良しとするべきか。久遠本人は、本当に自分がどうしてこの部屋に憑いているのか覚えてないというし、いつからこの部屋にいるかの記憶も曖昧だという。本人がうっかり忘れたフリをしている可能性もあるが、いずれにせよいくら問いただして今の状態で情報を引き出すことは無理だろう。
ならば、以前あの部屋に住んでいた人間を調べるしかない。それも、久遠が言うところの“興味のない女性達”が引っ越してくるより前の住人を、だ。なかなか骨が折れそうな作業である。
それから、彼の身元も。なんなら、本人の顔を知っている人間が聴きこみしてみる必要があるだろう。
「あいつを知っている人が、近所にいればいいんだけど」
ぼそり、と仁が呟くと、風人が微妙な顔をした。
「まさかと思うんやけど、仁。本人の写真撮って見せて回ろうとか思ってへんよな?」
「え?思ってるけど」
「心霊写真見せて回るんか?」
「………」
「………」
「……そもそも写真に写るのか、あいつ?」
「わりとそこから問題やろ」
あまりにも人間臭い言動ばかりするせいですっぽ抜けそうになるが、あいつは幽霊なのである。実際ティッシュ箱もすり抜けたし金縛りとポルターガイストも披露してくれたほどだ。その幽霊の写真、撮れても撮れなくても結構怖い。ていうか、見せた端から第三者を発狂させるのも御免被る。
「そもそも、幽霊が絶対写真に写るってのが迷信やし」
ほい、とカメラで写真を撮るようなポーズを取る風人。
「勿論写るケースもあるっちゃある。あるんやけど、そういう場合って大抵撮影者にチャンネルが合ってる場合なんや」
「チャンネル?」
「ラジオの周波数みたいなもん?ほら、周波数がズレてると、綺麗に音が聴かれへんやろ。ノイズまじりでまともに聞き取れなかったりする、それと同じや。魂と魂の周波数が合った者同士だけが、霊をはっきり見えたりその声を聴いたりできるし、写真に撮影するのも一種の霊能力やとおれは思うとる。で、霊能力者は多分その周波数を、自力である程度調整できる機能を持ってる人やと思ってるねん」
「ほうほう」
なかなか興味深い話だ。と思ったところで時計を見て、慌てて机の上に広げたノートの類を片づけ始める仁。自分は二限目のコマは空いているが、この教室は既に次の講義を聴く生徒が集まり出している。早く撤収しないと、うっかり取ってない授業に紛れ込む羽目になりそうだった。
ましてや、風人の方は別に講義があったはずである。あまり時間をかけるのはしのびなかった。
「裏を返せば、写真撮影ができた人はその霊とチャンネルが合ったちゅーことで……相手が悪霊だった場合よからぬ縁ができてる可能性が高いってことだとおれは思ってて。霊の側も、自分の存在を殊更アピールしたい奴や、積極的に人間に危害を加えたい奴ほどその電波を広い範囲で飛ばしてるんやないかなって。……まあ」
ちらり、と気の毒そうに仁の顔を見る風人。
「そう考えると、ひょっとしたら仁のスマホやと、その久遠君の写真は撮影できてまうかもしれへんな。姿が見えてるってことは、向こうとチャンネルが合ってるっちゅーことやから。しかも、向こうはわかりやく好意を持っとる。悪意やなくてまだ良かったやん!」
「良くねーよ!俺はストレートだし、何より幽霊と付き合うなんてまっぴらごめんだ!」
「でも、悪意やったらソッコーで呪われてたかもしれへんのやで?久遠君の正体がはっきりするまで嫌われたらまずいっちゅーのは自分でもわかっとるやろ。暫くは、ほどほどに仲良く付き合っとき」
「ええええ」
理屈はわかる。わかるにはわかるが、納得がいかない。
毎晩、彼にふよふよと漂われたり、気まぐれに金縛りを受ける部屋で寝ろというのか。嫌すぎる。
「そんなに嫌か、可愛い顔しとるんやろ?試しに付き合ってみてもええんちゃう?」
ましてや。風人が単純な仁の心配のみならず、半分面白がって言ってきているのがわかっているから尚更だ。
「おれやったら、好みの顔してたら男でも別にええかなあってちょっと思っちゃうんやけどなあ。ましてや相手は幽霊やで?セックスするわけでもないし、キスもできるかわからんのやし」
「そういう問題じゃない……!」
こいつ、他人事だと思いやがって。仁は相談に乗って貰った手前、若干手加減しながらもその額に軽くチョップを落としたのだった。
***
そんなこんなで大学で講義をひとしきり受け、アメフト部の練習をした帰り。アパートの部屋の前に来たところで、仁は足を止めたのだった。
「んあ?」
鼻腔が、いい匂いを嗅ぎつけた。香ばしいソースと肉の香り――ヤキソバだ、とすぐに理解する。仁の大好物だからだ。
まさか、と思って鍵を開けると、キッチンからジュージューと炒めものをする音が聞こえてくる。
「お、おいおいおいおいおい!」
手洗いうがいも忘れ、荷物を放り出して仁はキッチンに駆け込んだ。そこには、半透明の体をした少年がフライパンを片手に料理に勤しんでいるではないか!
「お、おま!おま、久遠!」
「あ、お帰り仁ー!おなかすいて帰ってくるかなと思って準備してみた!ヤキソバ嫌いだったらごめんだけど、冷蔵庫に入ってたってことは食べるんだろ?」
「そ、そりゃ食べるし材料はひとしきり揃ってたけど……」
一体誰が、事故物件に引っ越して来たら幽霊に好かれた挙句、その幽霊が晩御飯を作って待っているだなんて予想するだろう?
口をあんぐり開けて固まる仁。その仁をよそに、久遠はせっせとお皿にヤキソバを盛りつけていく。つい、何で一人分、と思ってしまって閉口した。彼は幽霊だから、食べられない。あくまで仁が食べるためだけに、ヤキソバを作って待っていてくれたのだ。
「……なんで」
「何でモノに触れられるかって?よくわかんないけど、映画の“シックスセンス”みたいなもんだと思うんだよね。自分が念じたものだけ触ることができる、みたいな能力が俺にはあるみたいでさー。だからフライパンも食材も触れるんだよ!」
「じゃなくて!あ、いやそれも気になってたけど、そういうことじゃなくてだな!何で自分は食べられないのに料理とか……っ」
あっけに取られる仁に、少年は一瞬きょとんとして――すぐににっこりと笑ったのだった。
「言っただろ。俺は、君に一目惚れしたんだって。俺は、君に恋人になって欲しいの!」
仁の話を聴いた風人は、うーんと唸って一言。
「なんていうか……ご愁傷様?」
「感想それだけかい」
そんな簡単に片づけられてたまるか、と腐りたくなる仁。こっちは本当に悩んでいるというのに。
「まあ、事故物件じゃありませーん、って言われて住んだところに幽霊がいないとは限らんからなあ」
彼は苦笑いしながら言った。
「早い話、仁の前に住んだ人が特に死んだりしてないと、事故物件って告知義務なくなった気がするんやけど」
「マジっすか」
「ほんまほんま。その様子だと、前に住んだ女の人が何組か、何事もなく無事に済んでるんやろ?それより前にその男の子とやらが首吊って死んだりしてても……不動産会社は事故物件って言わなくてええっちゅーことになるんやね」
「うげえ」
知らなかった、とげんなりする仁。確かに、久遠は“前の住人は女性だったから興味はなかった”とはっきり言っていた。引っ越したのは環境が変わったとか結婚したとか転勤したとか、とにかくごく一般的な理由だったということだろう。
そもそもあのアパートは古いしボロい。耐震構造のなんちゃらという法律も守られているかどうか怪しい。そう考えると、一人暮らしの女性が一時の便利さを取って住むことがあっても長居するケースは少なかったことだろう。
「……確かに、告知義務はなくなるってのはわかったんだけど」
仁は困って頭を掻いた。
「不動産屋の雰囲気は、そんなんじゃなかったんだよなあ」
「というと?」
「ほら、俺って自分で言うのもなんだけどいかついだろ?ごっついだろ?そんな男にかなりしつこく『事故物件じゃありませんよね』って確認されたら普通びびるだろ?若干、不動産屋の兄ちゃんもちょっと引いてた感じだったし」
「ドン引かせるほど詰め寄ったんかい」
「だって事故物件なんかだったら怖くて夜眠れなっ……げふげふ、とにかく気持ち悪いだろうがよ、人が死んだ部屋なんて!で、その時の反応がそんなに動揺してる様子じゃなかったんだよな。告知義務がなくなっても、人が一度死んだ部屋かどうかってのは大抵不動産屋は把握してるはずじゃん?後でバレたらめんどくさいなーくらい思ってそうじゃん?でも、その人は俺にびびってはいても、そういう動揺は見えなかったというか」
そう、若干びびっていても、最後には笑顔で確かにこう言ったのだ。
『あの部屋でも、アパート全体でも誰かが亡くなったからなんてことはございません!安心してお住み頂けますよ!』
あの部屋、どころか。
アパート全体でも誰かが亡くなったなんてことはないと。あれが、嘘だったとは思えない。
「ってことは、その久遠君?とかいう男の子はそのアパートで亡くなったわけちゃうってことやな」
ふむ、と風人は顎に手を当てて言う。
「それでもあの部屋に憑いてるっちゅーことは、あの部屋になんらかの強い思い入れがある可能性が高そうやね。例えば、恋人が住んでたとか。で、ついでに言うならそれが仁によう似てたとか」
「ああ、あるかも、それ……」
「おれはオカルトに詳しいって言うても趣味である程度知ってる程度のもんやけど。それでも、基本的に幽霊のバックグラウンドを知らないで除霊出来ることって殆どない筈や。ましてや、地縛霊になるくらい強い霊ともなると、お寺のTさんだかJさんだかに気合一発で吹っ飛ばしてもらうとかは結構厳しいと思うで。つか、あんなのは創作怪談と漫画の世界にしかおらんやろ」
「うう、チート霊能者って現実にはいないのか……」
「おらんおらん。有名な霊能者やったのにうっかり呪われて死んだ人とかはぎょうさんおるけどな!」
「笑顔でそんなネガティブな情報言わないでくださる!?」
こいつ間違いなく面白がってるだろ、と仁は心底腐りたくなる。
まあ、これから自分がやるべきことが多少見えただけ良しとするべきか。久遠本人は、本当に自分がどうしてこの部屋に憑いているのか覚えてないというし、いつからこの部屋にいるかの記憶も曖昧だという。本人がうっかり忘れたフリをしている可能性もあるが、いずれにせよいくら問いただして今の状態で情報を引き出すことは無理だろう。
ならば、以前あの部屋に住んでいた人間を調べるしかない。それも、久遠が言うところの“興味のない女性達”が引っ越してくるより前の住人を、だ。なかなか骨が折れそうな作業である。
それから、彼の身元も。なんなら、本人の顔を知っている人間が聴きこみしてみる必要があるだろう。
「あいつを知っている人が、近所にいればいいんだけど」
ぼそり、と仁が呟くと、風人が微妙な顔をした。
「まさかと思うんやけど、仁。本人の写真撮って見せて回ろうとか思ってへんよな?」
「え?思ってるけど」
「心霊写真見せて回るんか?」
「………」
「………」
「……そもそも写真に写るのか、あいつ?」
「わりとそこから問題やろ」
あまりにも人間臭い言動ばかりするせいですっぽ抜けそうになるが、あいつは幽霊なのである。実際ティッシュ箱もすり抜けたし金縛りとポルターガイストも披露してくれたほどだ。その幽霊の写真、撮れても撮れなくても結構怖い。ていうか、見せた端から第三者を発狂させるのも御免被る。
「そもそも、幽霊が絶対写真に写るってのが迷信やし」
ほい、とカメラで写真を撮るようなポーズを取る風人。
「勿論写るケースもあるっちゃある。あるんやけど、そういう場合って大抵撮影者にチャンネルが合ってる場合なんや」
「チャンネル?」
「ラジオの周波数みたいなもん?ほら、周波数がズレてると、綺麗に音が聴かれへんやろ。ノイズまじりでまともに聞き取れなかったりする、それと同じや。魂と魂の周波数が合った者同士だけが、霊をはっきり見えたりその声を聴いたりできるし、写真に撮影するのも一種の霊能力やとおれは思うとる。で、霊能力者は多分その周波数を、自力である程度調整できる機能を持ってる人やと思ってるねん」
「ほうほう」
なかなか興味深い話だ。と思ったところで時計を見て、慌てて机の上に広げたノートの類を片づけ始める仁。自分は二限目のコマは空いているが、この教室は既に次の講義を聴く生徒が集まり出している。早く撤収しないと、うっかり取ってない授業に紛れ込む羽目になりそうだった。
ましてや、風人の方は別に講義があったはずである。あまり時間をかけるのはしのびなかった。
「裏を返せば、写真撮影ができた人はその霊とチャンネルが合ったちゅーことで……相手が悪霊だった場合よからぬ縁ができてる可能性が高いってことだとおれは思ってて。霊の側も、自分の存在を殊更アピールしたい奴や、積極的に人間に危害を加えたい奴ほどその電波を広い範囲で飛ばしてるんやないかなって。……まあ」
ちらり、と気の毒そうに仁の顔を見る風人。
「そう考えると、ひょっとしたら仁のスマホやと、その久遠君の写真は撮影できてまうかもしれへんな。姿が見えてるってことは、向こうとチャンネルが合ってるっちゅーことやから。しかも、向こうはわかりやく好意を持っとる。悪意やなくてまだ良かったやん!」
「良くねーよ!俺はストレートだし、何より幽霊と付き合うなんてまっぴらごめんだ!」
「でも、悪意やったらソッコーで呪われてたかもしれへんのやで?久遠君の正体がはっきりするまで嫌われたらまずいっちゅーのは自分でもわかっとるやろ。暫くは、ほどほどに仲良く付き合っとき」
「ええええ」
理屈はわかる。わかるにはわかるが、納得がいかない。
毎晩、彼にふよふよと漂われたり、気まぐれに金縛りを受ける部屋で寝ろというのか。嫌すぎる。
「そんなに嫌か、可愛い顔しとるんやろ?試しに付き合ってみてもええんちゃう?」
ましてや。風人が単純な仁の心配のみならず、半分面白がって言ってきているのがわかっているから尚更だ。
「おれやったら、好みの顔してたら男でも別にええかなあってちょっと思っちゃうんやけどなあ。ましてや相手は幽霊やで?セックスするわけでもないし、キスもできるかわからんのやし」
「そういう問題じゃない……!」
こいつ、他人事だと思いやがって。仁は相談に乗って貰った手前、若干手加減しながらもその額に軽くチョップを落としたのだった。
***
そんなこんなで大学で講義をひとしきり受け、アメフト部の練習をした帰り。アパートの部屋の前に来たところで、仁は足を止めたのだった。
「んあ?」
鼻腔が、いい匂いを嗅ぎつけた。香ばしいソースと肉の香り――ヤキソバだ、とすぐに理解する。仁の大好物だからだ。
まさか、と思って鍵を開けると、キッチンからジュージューと炒めものをする音が聞こえてくる。
「お、おいおいおいおいおい!」
手洗いうがいも忘れ、荷物を放り出して仁はキッチンに駆け込んだ。そこには、半透明の体をした少年がフライパンを片手に料理に勤しんでいるではないか!
「お、おま!おま、久遠!」
「あ、お帰り仁ー!おなかすいて帰ってくるかなと思って準備してみた!ヤキソバ嫌いだったらごめんだけど、冷蔵庫に入ってたってことは食べるんだろ?」
「そ、そりゃ食べるし材料はひとしきり揃ってたけど……」
一体誰が、事故物件に引っ越して来たら幽霊に好かれた挙句、その幽霊が晩御飯を作って待っているだなんて予想するだろう?
口をあんぐり開けて固まる仁。その仁をよそに、久遠はせっせとお皿にヤキソバを盛りつけていく。つい、何で一人分、と思ってしまって閉口した。彼は幽霊だから、食べられない。あくまで仁が食べるためだけに、ヤキソバを作って待っていてくれたのだ。
「……なんで」
「何でモノに触れられるかって?よくわかんないけど、映画の“シックスセンス”みたいなもんだと思うんだよね。自分が念じたものだけ触ることができる、みたいな能力が俺にはあるみたいでさー。だからフライパンも食材も触れるんだよ!」
「じゃなくて!あ、いやそれも気になってたけど、そういうことじゃなくてだな!何で自分は食べられないのに料理とか……っ」
あっけに取られる仁に、少年は一瞬きょとんとして――すぐににっこりと笑ったのだった。
「言っただろ。俺は、君に一目惚れしたんだって。俺は、君に恋人になって欲しいの!」



