ニーズヘッグ戦に向け、白熱した議論は時間を忘れて続けられた。
その熱意は本当に気温をあげているようで、世界樹のおかげで滅多に汗もかかないこの身体に暑さを感じるような気さえしていた。
「なぁ……なんか、熱くないか?」
「ああ、そう言えばそうだな」
「ここに来てから熱いなんて感じたことないよな?」
「確かに。訓練してても、疲れた感覚はあるが、あの体が燃えるような体温を感じることはなくなったのに、今はなんだか熱いよな」
俺だけかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
集まった騎士たちも口々に熱い、熱いと口にしている。
疲れのせいだろうか?
まあ、確かに何時間も熱く議論をし、語り続ければそんなこともあるか。
俺がそう考えて、今日の会議をお開きにしようとした、その時だった。
「……コノ気配、マサカッ!?」
隣に腰を下ろし、身体を低くして俺たちとの会話に参加していたグラディオラスが勢いよく立ち上がり、世界樹の森のその先、北側を睨みつけた。
「グラディオラス? どうかしたのか?」
6メートルもの巨体が急に立ち上がったことで、全員の視線はグラディオラスに集まり、大声を出さずとも、俺の声は全員の耳に届く。
「……コノ炎ノ気配、間違イナイ。ヤツデハナイニシロ、ソレニ近シイ存在。ニーズヘッグノ眷属ガスグ近クマデ来テイル」
「「「「「——!?!?!」」」」」
衝撃が、全員の耳を駆け抜けた。
「……間違いはないのか? ニーズヘッグに眷属がいるという話は聞いていないが」
驚きそうになる声をなんとか飲み込んで、冷静を装いながらグラディオラスに聞く。
「アア。俺モ実際ニ見タ訳デハナイ。ダガ、アノ強大ナ気配ヲ忘レルコトモ、間違エルコトモナイダロウ」
きっぱりと言い切るグラディオラス。
それはつまり、この暑さが白熱した議論のためではなく、ニーズヘッグに由来するものだと確信づいているということ。
まだ関わりは短いが、こんなところで冗談を言うような者ではないことくらいは分かり切っている。
ならば、俺のすべきことは——
「全軍! 警戒態勢! 第五から第十一騎士団は即刻街へ! ルミネ、共に街へ戻り城を解放せよ! 人々を城に避難させるのだ!」
「「「はっ」」」
一秒でも早く、対処すること。
高さのある城に避難するのはある種の賭けだが、ここが戦場になりかねない以上、そうするほかない。
「第一から第四騎士団、霜の巨人たちは状況確認に向かうぞ! 隊列用意!」
俺が指示を出せば、騎士たちは乱れなく行動を開始した。
グラディオラスは強く足を踏み鳴らし、警鐘を鳴らすように大きな音を立てる。
「ロロ、君も城へ。今回は分身を作る余裕もないから、城のことはお願いするよ」
「私も——っ! いえ、そうですね。分かりました。城と民のことは任せてください。ですがどうか、アルトも無事で帰ってきてください」
「ああ。ありがとう」
自分も行きたそうにしていたロロだが、俺が直接現場に行く以上、まとめ役として自分が残る必要性を理解してくれたのだろう。
言葉を呑んで見送ってくれる。
「アルト様! 全軍、整列完了しました!」
俺はそんな決意を固めたロロの頬に手を伸ばしかけ、後ろから聞こえて来たその声に手を止めた。
「ああ、分かった! ……じゃあ、ロロ、行ってくる」
「はい。お気を付けて」
別れを惜しむ暇もなく、俺たちは反対の方向へ向かう。
正面には言葉通り、騎士と巨人の一団が整列を終えていた。
どうやら、先のグラディオラスの足音は巨人族の号令のような物だったようだ。
そんな迫力ある面々を見ながら、深く呼吸をする。
「騎士、それから巨人の戦士たちよ! 今、ここイグドラシルに危機が迫っている。ここは皆で作り上げた第二の母国だ。何者であろうと荒らさせるわけにはいかない。なんとしても食い止めるぞ! グラディオラスによれば、相手はニーズヘッグの眷属だとか。ちょうど良いではないか! この戦闘をニーズヘッグとの戦いの前哨戦にしてくれようぞ!」
「「「「「おぉっっ!!!!!」」」」」
全員、気合いは十分だ。
「グラディオラス、正確な場所は分かるか?」
「オソラク、我ラガ以前マデ拠点トシテイタ辺リダロウ」
「よし、先陣を任せる。俺たちの後ろではお前たちも歩きづらいだろうからな。良いか?」
遠慮をしている場合ではない。
歩幅が大きく違う以上、霜の巨人たちに先を歩いてもらうべきだと判断し、提案する。
「無論。道ハ我ラガ切リ開コウ!」
自分が先頭を行かないことに若干の後ろめたさを感じていたが、そんな俺の後ろめたさを吹き飛ばすような気迫で、グラディオラスは頷いた。
「全員聞いたな? 俺たちは巨人たちの後を追って現場へ向かう。グラディオラス、分かっていると思うが……」
「アア。アクマデ道ヲ切リ開クノミ。戦闘ハ先ノ通リニ」
俺の意図をすぐに理解し、こちらに頷いて見せるグラディオラス。
大丈夫だ。
彼らもまた、戦意を高めてはいるが冷静さを欠いているわけではない。
「よし! 全軍出撃!」
こうして俺たちは、急に訪れた熱の原因を確かめるべく、急行軍を結成し、再び北の地へと赴いた。
◇◇◇
つい二週間ほど前も通った道。
道自体に変わりはないが、巨人の後をついて歩くだけで肌に感じる熱がどんどん強くなっている。
だが、急行軍の士気は下がることなく、隊列は乱さずも、その意気を強く感じる行軍だった。
「(アルト。民の避難は完了しました。そちらはどうですか? 可能であれば返事をお願いします)」
すると、俺の元へロロから声が届いた。
一瞬、驚くも、ロロも俺のスキルである以上『世界樹権能』を扱えるのは道理。
すぐに納得し、反応を返す。
「(ロロ。避難完了、了解したよ。こちらはまだ、目的地にはついていないけど、すごい熱さを感じてる)」
「(熱さ……そうですか。やはり、いるのですね)」
「(うん、そうみたいだね。でも、心配はいらないよ。騎士たちも、巨人の戦士もいる。ニーズヘッグとの前哨戦として戦ってくるから。また、何かあったら連絡して)」
「(分かりました。アルトもこちらのことは気にせず戦って来て下さい。ご武運を)」
短いやり取り。
だが、少し肩の荷が下りたような気がした。
ロロも少し変わっただろうか?
以前より堂々としているというか、背中を預けられる安心感のような物が増したような気がする。
よし、俺も改めて切り換えよう。
国のことはロロがいる。
俺が今すべきは、騎士たちと共にニーズヘッグの眷属を倒すこと。
それに、この戦いでどんな攻撃が有効なのかを改めて確かめることも出来る。
そして決意を新たに一歩を踏み出そうとすれば、丁度そこで俺の前を歩く騎士が立ち止まった。
「イタゾ! ニーズヘッグノ眷属ダ!」
そして程なくして、前方からグラディオラスの叫び声が聞こえてくる。
「全軍、巨人たちと戦列を揃えるぞ!」
すぐに指示を出し、巨人たちの元まで進軍すると、それはその姿をあらわにした。
赤よりも赤、紅に染まった全身を、鎌首をもたげ、これでもかと見せつける。
口元に覗く鋭い歯からは炎を纏った粘液が滴り、落ちた地面を溶かすように焦がしている。
聞いていた話とは違い、その身体は蛇のようにぐねぐねと地を這っていた。
体長はおそらく全長にして8-10メートルほどだろうか? その半分を地に這わせた現在では、目線が丁度グラディオラスと合うほどだった。
それに、炎は纏っておらず、口元と牙に炎が見える程度だった。
「グラディオラス! あれはニーズヘッグとは違い、その眷属で間違いないんだな?」
「アア! 気配ハニーズヘッグダガ、見タ目ハ違う。ソレニ、熱サ、迫力、諸々ガニーズヘッグ本体ニハ劣ッテイル」
……あれで劣っているのか。
グラディオラスに確認した事実を受け止めながら、ニーズヘッグと言う魔獣の強大さを改めて思い知る。
目の前でこちらを睨み、牙をむき出しにして威嚇しているあの眷属の迫力もかつてないものだ。
巨人たちを初めて見た時とは比べ物にならない圧力を感じる。
っと、あれこれ考えるのは後だ。
まずはヤツを止め、ここで倒さなければ。
「第三、第四騎士団! 先の作戦通り対象の左右へ。第一騎士団は後方にそれぞれ回れ! 巨人たちは俺と共に正面だ!」
「「「「了解!」」」」
「第二騎士団は遠距離より攻撃地点を確保せよ! 行け!」
「「はっ!」」
二手に分かれ、俺たちは行動を開始する。
俺たちの作戦は、最初に俺が提案したものから大枠は変わっていない。
ニーズヘッグの四方を抑え、突進をさせないようにしながら、攻撃を与えていく戦法だ。
だが、今俺たちが対峙している相手はニーズヘッグではない。
本来は四本の足に一騎士団ずつ、それに加えて正面に立つことを計画していたが、この眷属には足は見られない。
そのため、左右と後ろの尾、顔を抑えて、余った第二騎士団は射程を活かす方向にシフトチェンジしたのだ。
急な動きで眷属を刺激しないように、ゆっくりと距離を縮めていく。
「世界樹権能:指揮形態」
距離を詰めながら、俺は樹具化した指揮棒を握り、第二騎士団のリスタへ連絡を入れた。
「(リスタ、攻撃地点の確保が完了し次第、俺に連絡を)」
「(承知しました)」
開戦の合図は、出来れば眷属が今のようにこちらを警戒し威嚇しているうちに、第二騎士団の攻撃により始めたい。
そんなことを考えながら、俺と巨人たちはいち早く足を止め、他の騎士団が持ち場に付くのを待つ。
こうしてニーズヘッグの正面に立ってみると、見の竦むような思いがする。
「シャーーー!」
と、のどを震わせ、今にも飛び掛かって来そうな眷属の蛇を見上げる。
これ以上近づけば、あの牙より滴る炎の粘液に焼かれてしまうだろう。
それに、大きく開いたあの口は1.5メートル程度の俺など、文字通り一飲みに出来てしまう。
「(アルト様、攻撃の準備が完了しました)」
すると、俺の元へリスタから連絡が返って来た。
「(よし、タイミングは任せる。それを開戦の合図とするぞ)」
「(はっ)」
俺はリスタに指示を出してすぐに、指揮棒を振るい、ここにいる騎士と巨人の戦士全員に指示を飛ばす。
「(全員、第二騎士団の攻撃後戦闘を開始する。無理に攻撃する必要はない。耐えて、隙を突く。この繰り返しだ。いいな!)」
「「「「(はっ!)」」」」
第二騎士団は眷属の蛇の右側後方に陣取っていた。
幸いなことに眷属の蛇は目の前の巨人たちのプレッシャーによって第二騎士団には気付いていない様子だった。
「攻撃開始!」
リスタのそんな声が聞こえた気がした。
瞬間、第二騎士団、魔術を扱う者たちで構成された騎士たちの得意魔術が、眷属の蛇に向けて一斉に飛んでいく。
「グシャァアッッ!!」
炎、氷、風、水、雷などなど様々な魔術を一度に食らった眷属の蛇は奇声を上げ大きく身体をよじらせた。
「第一騎士団! 防御態勢。この尾を振り回させるな!!」
その動きに即座に反応するように、第一騎士団のクルセドが防御を固める指示を飛ばす。
第一騎士団はなるべく密集した陣形を取って、しなり飛んでくる鞭のような尾をそれぞれのスキルによって受け止めていた。
「——ッ。ぐっ……オォォ!」
騎士たちの中でも屈強な者たちの決死の唸り声が、蛇の呻きに負けないほどに辺りに木霊した。
だが、そんな決死の防御のおかげで、蛇に大きな隙が生まれる。
「戦士タチヨ!」
「第三騎士団!」
「第四騎士団!」
その隙を逃す騎士たちではない。
グラディオラスと第三騎士団のトワレ、第四騎士団のグレンの声がほぼ重なると、それに呼応するように団員達がスキルを放って行く。
グラディオラスがあの時にも見た氷の槌で蛇の顔を思い切り殴りつければ、それに続くように氷の弾丸や刃を手に蛇へ斬りかかる霜の巨人たち。
トワレが雷神を思わせるような『雷槌』で蛇の横腹を叩きつければ、第三騎士団の雷の剣、槍がそれに続き蛇の左腹を攻撃していく。
グレンがニーズヘッグの眷属の蛇にも負けない大きな『炎斧』でトワレの反対側を斬りつければ、第四騎士団の炎の剣や火矢がそれに続き、蛇の右腹を抉っていった。
とめどなく降り注ぐ攻撃の嵐には、流石の蛇もひとたまりもなかったのだろう。
その巨体が、最初の攻撃で傾いたままの第三騎士団のいる左側へ倒れていく。
だが、まだ油断は出来ない。
「グラディオラス、肩を借りるぞ!」
俺はグラディオラスの方を借りて大きく跳び上がり、倒れていく蛇の頭上へと飛び出した。
「世界樹権能:剣形態弐式」
そして、いつもの片手剣ではなく、両手で持つ大剣、大太刀を樹具化させ、落下速度を合わせてその頭に向けて全力で振り下ろした。
刃の全長は俺の体躯を超えるほどに長い。
空中でなければ使いこなせないような巨大な太刀。
それが、落下速度、俺の体重に加え、『世界樹の王』によって強化された俺の腕力によって振るわれる。
しかし、斧形態で巨木を切り倒したときのように、ほとんど斬る感触もなく斬れてしまうようなことはなかった。
「うおぉぉぉっ!」
蛇の全身にびっしりと生えた分厚く堅固な鱗が、俺の刃を遮ろうと抵抗してくる。
少しでも弱そうな目の辺りを狙ったと言うのに、凄まじい堅さだ。
それに、ここまで近づくと全身が焼けそうなほどに熱い。
だが、先手必勝の完璧な状況。被害なく決め切る最大のチャンス。
俺がこの刃さえ、振り抜いてしまえれば……。
そう考えて、身を焦がすような熱さに歯を食いしばり、太刀を振るう手にさらに力を込めようとした瞬間。
俺の脳裏にロロの言葉が過る。
「——どうか、アルトも無事で帰ってきてください」
そうだ。
ここで無理をして、俺が倒れ、この蛇が起き上がった場合混乱するのはこちらだ。
俺が今ここですべきはやせ我慢と無理の一刀ではない。
冷静な状況判断だ。
熱さにやられて鈍った思考が一気にクリアになる。
「世界樹権能:大楯形態!」
俺は振り下ろしていた大太刀を大楯へと変化させ、それを足場に大きく後ろへ飛び退いた。
「グラディオラス!」
そして、背後にいるであろうグラディオラスに叫びかける。
「アア!」
特に指示も出していない。
だが、不思議と分かり合える気がした。
俺は体勢を崩したまま、落下していく。
しかし、その落下もすぐに停止した。
「助かったぞグラディオラス」
「フッ、アルト様ハ、巨人ノ使イ方ガ上手イナ」
俺は俺を受け止めてくれたグラディオラスを見上げ感謝を告げた。
背後にいたのがグラディオラスでないと出来ない着地方法。
俺の四倍以上の体躯を持つグラディオラスに全身を預け、受け止めてもらったのだ。
と、急な連携に満足している暇はない。
俺の一撃では決め切れなかったが、それでも蛇は連続して受けた大打撃に苦しそうに倒れ込んでいる。
「全軍! この好機を逃す手はない! 畳みかけろ!!」
「「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」」
俺の号令の元、騎士と戦士たちが矢継ぎ早に攻撃を仕掛けていく。
蛇も身体をよじり、顔の近くにいる巨人たちに噛みつこうとしていたが、流石は戦士と名乗るだけのことはあるのか、巨人たちは遅い脚でも、最小限の動きで攻撃を回避、もしくはダメージを最小化し、攻撃の手を止めない。
尻尾による薙ぎ払いも、そのこと如くを第一騎士団が身体を張って受け止めることで、残りの騎士団は攻撃に集中することが出来、そんな俺たちの圧倒的な優位によって進んだ戦闘は数分後……。
「これで決める! 『世界樹権能:槍形態』」
グラディオラスの肩を借りることなく普通に跳び上がった俺は、今度は剣ではなく槍に持ち替えて、その頭頂部に向けて、全力の突きを放った。
一点集中の攻撃が、鱗と鱗の隙間を突き刺し、貫いていく。
「シ、シャァ……」
そして、穂の中ほどまで槍が突き刺さったところで、蛇は力なくそう声を上げ、凄まじい地響きを起こしながら、地面へと倒れ伏した。
すると、絶えず滴っていた炎の粘液が止まり、目こそ閉じていないものの巨大な蛇が完全に動かなくなる。
「よし! 勝った、勝ったぞ!」
蛇の顔に着地して、その様子を念入りに確かめてから、その死亡を確認し、俺は思わず子供のように喜んでしまう。
だが、そんな様子は全軍へと波及していき——
「「「「「ニーズヘッグの眷属に勝ったぞ!」」」」」
「「「「「俺たちの勝利だ!!!」」」」」
すぐに辺りは騎士や巨人の戦士たちの鬨の声に包まれていった。
◇◇◇
「第四騎士団、負傷者6名、重症者、死者は共にありません!」
「そうか。ご苦労だった。負傷者には手を貸して戻るように」
「はっ」
戦闘終了後、俺は今一度整列をして、各騎士団の被害状況の共有を受けていた。
騎士団の中では尻尾の攻撃を受け続けた第一騎士団の負傷者こそかなり多かったものの、どれも既に世界樹の力によって再生が始まっており、意識を失っている者も一時間も経たないうちに目を覚ます見込みだ。
正面を張っていた霜の巨人たちは蛇の炎の粘液を受けてしまった者が、一名倒れてしまったが、それも一週間もしないうちに目を覚ますだろうということだった。
「……かなり一方的な戦いになったとはいえ、やはり被害なしと言う訳にはいかなかったか」
それぞれの下で労い合っている騎士や戦士たちの方を見ながら、俺は思わずぼやいてしまう。
勝利を決めた時こそ、喜びに溢れていたが、今となっては色々な問題点が見えてしまっていた。
「王様が勝ち戦の後にしている顔ではないですわよ」
すると、俺の様子に気付いてか、一人、団の元を離れてリスタが声を掛けてくれる。
「ああ、そう、だな。だが……」
「反省は確かに重要でしょう。ですが、それは戻ってからでも出来ることですわ。今はそれ以上に、やるべきことがあるのではなくて?」
厳しい口調。
だが、それを言うリスタの目は優しげだった。
「……そうだな。ありがとうリスタ。貴方にはいつも助けられている」
「王を支えるのが貴族の務めですから」
俺がお礼を言えば、リスタは恭しく頭を下げて、再び騎士団の方へ戻って行く。
そうだな。今はまず彼らを労うべきだ。
「騎士、戦士諸君! 此度の活躍、皆見事であった! 皆のおかげでニーズヘッグが眷属を打ち倒すことが出来た。形に残る褒賞を出してやることは難しいが、その代わりにこの言葉を送らせて欲しい。皆は俺の誇りだ!」
今一度手に出現させた剣を掲げ、そう伝えれば、皆はこちらに膝を付き、頭を垂れる。
「だが、この戦いはここで終わりではない。今日の戦いを忘れず、来るニーズヘッグとの戦いに備えようぞ! 皆、改めて見事だった!」
言い終えると共に、全員が顔を上げ、誰からともなく二度目の鬨の声が上がりだす。
俺はそんな声を聴きながら、掲げた剣を指揮棒へと持ち替えた。
「(ロロ、今大丈夫かな? こっちは終わったよ。被害者がゼロって訳にはいかなかったけど、かなり理想的な勝利だ)」
リスタの言った俺のすべきこと。
それは皆を労うことだけではない。
「(アルトッ! 良かったです! ……では、皆さんにはもう戻っていただいて大丈夫ですか?)」
俺のことを一番に心配してくれている相手に無事と勝利を伝えることも大事な仕事だ。
心配そうな声で俺の連絡に出るロロ。
だけど、こちらを気遣ってかすぐに普段の調子に口調を戻す。
「(ああ、大丈夫。ありがとうロロ)」
「(? お礼を言うのは私の方です。世界樹の、イグドラシルの危機を救ってくれてありがとうございますアルト)」
「(いや、それは俺だけの力じゃないからね。帰ったら皆に言ってあげてよ。それより、ロロが民を任せてって言ってくれたことが、すごく力になったんだ。ロロになら安心して任せられる。そのおかげで俺は戦闘に集中できた。だから、ありがとう)」
「(そんなこと……いえ、そうですね。アルトの力になれたのなら、良かったです)」
「(うん。すごく力になったよ。これからもよろしくねロロ)」
「(はい。私こそ、これからもよろしくお願いしますアルト)」
やっぱりロロと話すと心が落ち着いていく。
今は離れている家族と一緒にいた時のように、すごく穏やかな気持ちになれる。
「帰ったら、もう一回お礼を言おうかな」
未だに止まない騎士、戦士たちの鬨の声を聴きながら、俺は空にロロの顔を見ていた。
◇◇◇
誰もが喜び、倒れたニーズヘッグの眷属から目を離していた。
だから、気が付けなかったのだ。
倒れ、死亡し、もう動かないはずのニーズヘッグの眷属の目が、まるで今ようやく役割を終えたかのようにギョロリと不気味に動いたことに。
その熱意は本当に気温をあげているようで、世界樹のおかげで滅多に汗もかかないこの身体に暑さを感じるような気さえしていた。
「なぁ……なんか、熱くないか?」
「ああ、そう言えばそうだな」
「ここに来てから熱いなんて感じたことないよな?」
「確かに。訓練してても、疲れた感覚はあるが、あの体が燃えるような体温を感じることはなくなったのに、今はなんだか熱いよな」
俺だけかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
集まった騎士たちも口々に熱い、熱いと口にしている。
疲れのせいだろうか?
まあ、確かに何時間も熱く議論をし、語り続ければそんなこともあるか。
俺がそう考えて、今日の会議をお開きにしようとした、その時だった。
「……コノ気配、マサカッ!?」
隣に腰を下ろし、身体を低くして俺たちとの会話に参加していたグラディオラスが勢いよく立ち上がり、世界樹の森のその先、北側を睨みつけた。
「グラディオラス? どうかしたのか?」
6メートルもの巨体が急に立ち上がったことで、全員の視線はグラディオラスに集まり、大声を出さずとも、俺の声は全員の耳に届く。
「……コノ炎ノ気配、間違イナイ。ヤツデハナイニシロ、ソレニ近シイ存在。ニーズヘッグノ眷属ガスグ近クマデ来テイル」
「「「「「——!?!?!」」」」」
衝撃が、全員の耳を駆け抜けた。
「……間違いはないのか? ニーズヘッグに眷属がいるという話は聞いていないが」
驚きそうになる声をなんとか飲み込んで、冷静を装いながらグラディオラスに聞く。
「アア。俺モ実際ニ見タ訳デハナイ。ダガ、アノ強大ナ気配ヲ忘レルコトモ、間違エルコトモナイダロウ」
きっぱりと言い切るグラディオラス。
それはつまり、この暑さが白熱した議論のためではなく、ニーズヘッグに由来するものだと確信づいているということ。
まだ関わりは短いが、こんなところで冗談を言うような者ではないことくらいは分かり切っている。
ならば、俺のすべきことは——
「全軍! 警戒態勢! 第五から第十一騎士団は即刻街へ! ルミネ、共に街へ戻り城を解放せよ! 人々を城に避難させるのだ!」
「「「はっ」」」
一秒でも早く、対処すること。
高さのある城に避難するのはある種の賭けだが、ここが戦場になりかねない以上、そうするほかない。
「第一から第四騎士団、霜の巨人たちは状況確認に向かうぞ! 隊列用意!」
俺が指示を出せば、騎士たちは乱れなく行動を開始した。
グラディオラスは強く足を踏み鳴らし、警鐘を鳴らすように大きな音を立てる。
「ロロ、君も城へ。今回は分身を作る余裕もないから、城のことはお願いするよ」
「私も——っ! いえ、そうですね。分かりました。城と民のことは任せてください。ですがどうか、アルトも無事で帰ってきてください」
「ああ。ありがとう」
自分も行きたそうにしていたロロだが、俺が直接現場に行く以上、まとめ役として自分が残る必要性を理解してくれたのだろう。
言葉を呑んで見送ってくれる。
「アルト様! 全軍、整列完了しました!」
俺はそんな決意を固めたロロの頬に手を伸ばしかけ、後ろから聞こえて来たその声に手を止めた。
「ああ、分かった! ……じゃあ、ロロ、行ってくる」
「はい。お気を付けて」
別れを惜しむ暇もなく、俺たちは反対の方向へ向かう。
正面には言葉通り、騎士と巨人の一団が整列を終えていた。
どうやら、先のグラディオラスの足音は巨人族の号令のような物だったようだ。
そんな迫力ある面々を見ながら、深く呼吸をする。
「騎士、それから巨人の戦士たちよ! 今、ここイグドラシルに危機が迫っている。ここは皆で作り上げた第二の母国だ。何者であろうと荒らさせるわけにはいかない。なんとしても食い止めるぞ! グラディオラスによれば、相手はニーズヘッグの眷属だとか。ちょうど良いではないか! この戦闘をニーズヘッグとの戦いの前哨戦にしてくれようぞ!」
「「「「「おぉっっ!!!!!」」」」」
全員、気合いは十分だ。
「グラディオラス、正確な場所は分かるか?」
「オソラク、我ラガ以前マデ拠点トシテイタ辺リダロウ」
「よし、先陣を任せる。俺たちの後ろではお前たちも歩きづらいだろうからな。良いか?」
遠慮をしている場合ではない。
歩幅が大きく違う以上、霜の巨人たちに先を歩いてもらうべきだと判断し、提案する。
「無論。道ハ我ラガ切リ開コウ!」
自分が先頭を行かないことに若干の後ろめたさを感じていたが、そんな俺の後ろめたさを吹き飛ばすような気迫で、グラディオラスは頷いた。
「全員聞いたな? 俺たちは巨人たちの後を追って現場へ向かう。グラディオラス、分かっていると思うが……」
「アア。アクマデ道ヲ切リ開クノミ。戦闘ハ先ノ通リニ」
俺の意図をすぐに理解し、こちらに頷いて見せるグラディオラス。
大丈夫だ。
彼らもまた、戦意を高めてはいるが冷静さを欠いているわけではない。
「よし! 全軍出撃!」
こうして俺たちは、急に訪れた熱の原因を確かめるべく、急行軍を結成し、再び北の地へと赴いた。
◇◇◇
つい二週間ほど前も通った道。
道自体に変わりはないが、巨人の後をついて歩くだけで肌に感じる熱がどんどん強くなっている。
だが、急行軍の士気は下がることなく、隊列は乱さずも、その意気を強く感じる行軍だった。
「(アルト。民の避難は完了しました。そちらはどうですか? 可能であれば返事をお願いします)」
すると、俺の元へロロから声が届いた。
一瞬、驚くも、ロロも俺のスキルである以上『世界樹権能』を扱えるのは道理。
すぐに納得し、反応を返す。
「(ロロ。避難完了、了解したよ。こちらはまだ、目的地にはついていないけど、すごい熱さを感じてる)」
「(熱さ……そうですか。やはり、いるのですね)」
「(うん、そうみたいだね。でも、心配はいらないよ。騎士たちも、巨人の戦士もいる。ニーズヘッグとの前哨戦として戦ってくるから。また、何かあったら連絡して)」
「(分かりました。アルトもこちらのことは気にせず戦って来て下さい。ご武運を)」
短いやり取り。
だが、少し肩の荷が下りたような気がした。
ロロも少し変わっただろうか?
以前より堂々としているというか、背中を預けられる安心感のような物が増したような気がする。
よし、俺も改めて切り換えよう。
国のことはロロがいる。
俺が今すべきは、騎士たちと共にニーズヘッグの眷属を倒すこと。
それに、この戦いでどんな攻撃が有効なのかを改めて確かめることも出来る。
そして決意を新たに一歩を踏み出そうとすれば、丁度そこで俺の前を歩く騎士が立ち止まった。
「イタゾ! ニーズヘッグノ眷属ダ!」
そして程なくして、前方からグラディオラスの叫び声が聞こえてくる。
「全軍、巨人たちと戦列を揃えるぞ!」
すぐに指示を出し、巨人たちの元まで進軍すると、それはその姿をあらわにした。
赤よりも赤、紅に染まった全身を、鎌首をもたげ、これでもかと見せつける。
口元に覗く鋭い歯からは炎を纏った粘液が滴り、落ちた地面を溶かすように焦がしている。
聞いていた話とは違い、その身体は蛇のようにぐねぐねと地を這っていた。
体長はおそらく全長にして8-10メートルほどだろうか? その半分を地に這わせた現在では、目線が丁度グラディオラスと合うほどだった。
それに、炎は纏っておらず、口元と牙に炎が見える程度だった。
「グラディオラス! あれはニーズヘッグとは違い、その眷属で間違いないんだな?」
「アア! 気配ハニーズヘッグダガ、見タ目ハ違う。ソレニ、熱サ、迫力、諸々ガニーズヘッグ本体ニハ劣ッテイル」
……あれで劣っているのか。
グラディオラスに確認した事実を受け止めながら、ニーズヘッグと言う魔獣の強大さを改めて思い知る。
目の前でこちらを睨み、牙をむき出しにして威嚇しているあの眷属の迫力もかつてないものだ。
巨人たちを初めて見た時とは比べ物にならない圧力を感じる。
っと、あれこれ考えるのは後だ。
まずはヤツを止め、ここで倒さなければ。
「第三、第四騎士団! 先の作戦通り対象の左右へ。第一騎士団は後方にそれぞれ回れ! 巨人たちは俺と共に正面だ!」
「「「「了解!」」」」
「第二騎士団は遠距離より攻撃地点を確保せよ! 行け!」
「「はっ!」」
二手に分かれ、俺たちは行動を開始する。
俺たちの作戦は、最初に俺が提案したものから大枠は変わっていない。
ニーズヘッグの四方を抑え、突進をさせないようにしながら、攻撃を与えていく戦法だ。
だが、今俺たちが対峙している相手はニーズヘッグではない。
本来は四本の足に一騎士団ずつ、それに加えて正面に立つことを計画していたが、この眷属には足は見られない。
そのため、左右と後ろの尾、顔を抑えて、余った第二騎士団は射程を活かす方向にシフトチェンジしたのだ。
急な動きで眷属を刺激しないように、ゆっくりと距離を縮めていく。
「世界樹権能:指揮形態」
距離を詰めながら、俺は樹具化した指揮棒を握り、第二騎士団のリスタへ連絡を入れた。
「(リスタ、攻撃地点の確保が完了し次第、俺に連絡を)」
「(承知しました)」
開戦の合図は、出来れば眷属が今のようにこちらを警戒し威嚇しているうちに、第二騎士団の攻撃により始めたい。
そんなことを考えながら、俺と巨人たちはいち早く足を止め、他の騎士団が持ち場に付くのを待つ。
こうしてニーズヘッグの正面に立ってみると、見の竦むような思いがする。
「シャーーー!」
と、のどを震わせ、今にも飛び掛かって来そうな眷属の蛇を見上げる。
これ以上近づけば、あの牙より滴る炎の粘液に焼かれてしまうだろう。
それに、大きく開いたあの口は1.5メートル程度の俺など、文字通り一飲みに出来てしまう。
「(アルト様、攻撃の準備が完了しました)」
すると、俺の元へリスタから連絡が返って来た。
「(よし、タイミングは任せる。それを開戦の合図とするぞ)」
「(はっ)」
俺はリスタに指示を出してすぐに、指揮棒を振るい、ここにいる騎士と巨人の戦士全員に指示を飛ばす。
「(全員、第二騎士団の攻撃後戦闘を開始する。無理に攻撃する必要はない。耐えて、隙を突く。この繰り返しだ。いいな!)」
「「「「(はっ!)」」」」
第二騎士団は眷属の蛇の右側後方に陣取っていた。
幸いなことに眷属の蛇は目の前の巨人たちのプレッシャーによって第二騎士団には気付いていない様子だった。
「攻撃開始!」
リスタのそんな声が聞こえた気がした。
瞬間、第二騎士団、魔術を扱う者たちで構成された騎士たちの得意魔術が、眷属の蛇に向けて一斉に飛んでいく。
「グシャァアッッ!!」
炎、氷、風、水、雷などなど様々な魔術を一度に食らった眷属の蛇は奇声を上げ大きく身体をよじらせた。
「第一騎士団! 防御態勢。この尾を振り回させるな!!」
その動きに即座に反応するように、第一騎士団のクルセドが防御を固める指示を飛ばす。
第一騎士団はなるべく密集した陣形を取って、しなり飛んでくる鞭のような尾をそれぞれのスキルによって受け止めていた。
「——ッ。ぐっ……オォォ!」
騎士たちの中でも屈強な者たちの決死の唸り声が、蛇の呻きに負けないほどに辺りに木霊した。
だが、そんな決死の防御のおかげで、蛇に大きな隙が生まれる。
「戦士タチヨ!」
「第三騎士団!」
「第四騎士団!」
その隙を逃す騎士たちではない。
グラディオラスと第三騎士団のトワレ、第四騎士団のグレンの声がほぼ重なると、それに呼応するように団員達がスキルを放って行く。
グラディオラスがあの時にも見た氷の槌で蛇の顔を思い切り殴りつければ、それに続くように氷の弾丸や刃を手に蛇へ斬りかかる霜の巨人たち。
トワレが雷神を思わせるような『雷槌』で蛇の横腹を叩きつければ、第三騎士団の雷の剣、槍がそれに続き蛇の左腹を攻撃していく。
グレンがニーズヘッグの眷属の蛇にも負けない大きな『炎斧』でトワレの反対側を斬りつければ、第四騎士団の炎の剣や火矢がそれに続き、蛇の右腹を抉っていった。
とめどなく降り注ぐ攻撃の嵐には、流石の蛇もひとたまりもなかったのだろう。
その巨体が、最初の攻撃で傾いたままの第三騎士団のいる左側へ倒れていく。
だが、まだ油断は出来ない。
「グラディオラス、肩を借りるぞ!」
俺はグラディオラスの方を借りて大きく跳び上がり、倒れていく蛇の頭上へと飛び出した。
「世界樹権能:剣形態弐式」
そして、いつもの片手剣ではなく、両手で持つ大剣、大太刀を樹具化させ、落下速度を合わせてその頭に向けて全力で振り下ろした。
刃の全長は俺の体躯を超えるほどに長い。
空中でなければ使いこなせないような巨大な太刀。
それが、落下速度、俺の体重に加え、『世界樹の王』によって強化された俺の腕力によって振るわれる。
しかし、斧形態で巨木を切り倒したときのように、ほとんど斬る感触もなく斬れてしまうようなことはなかった。
「うおぉぉぉっ!」
蛇の全身にびっしりと生えた分厚く堅固な鱗が、俺の刃を遮ろうと抵抗してくる。
少しでも弱そうな目の辺りを狙ったと言うのに、凄まじい堅さだ。
それに、ここまで近づくと全身が焼けそうなほどに熱い。
だが、先手必勝の完璧な状況。被害なく決め切る最大のチャンス。
俺がこの刃さえ、振り抜いてしまえれば……。
そう考えて、身を焦がすような熱さに歯を食いしばり、太刀を振るう手にさらに力を込めようとした瞬間。
俺の脳裏にロロの言葉が過る。
「——どうか、アルトも無事で帰ってきてください」
そうだ。
ここで無理をして、俺が倒れ、この蛇が起き上がった場合混乱するのはこちらだ。
俺が今ここですべきはやせ我慢と無理の一刀ではない。
冷静な状況判断だ。
熱さにやられて鈍った思考が一気にクリアになる。
「世界樹権能:大楯形態!」
俺は振り下ろしていた大太刀を大楯へと変化させ、それを足場に大きく後ろへ飛び退いた。
「グラディオラス!」
そして、背後にいるであろうグラディオラスに叫びかける。
「アア!」
特に指示も出していない。
だが、不思議と分かり合える気がした。
俺は体勢を崩したまま、落下していく。
しかし、その落下もすぐに停止した。
「助かったぞグラディオラス」
「フッ、アルト様ハ、巨人ノ使イ方ガ上手イナ」
俺は俺を受け止めてくれたグラディオラスを見上げ感謝を告げた。
背後にいたのがグラディオラスでないと出来ない着地方法。
俺の四倍以上の体躯を持つグラディオラスに全身を預け、受け止めてもらったのだ。
と、急な連携に満足している暇はない。
俺の一撃では決め切れなかったが、それでも蛇は連続して受けた大打撃に苦しそうに倒れ込んでいる。
「全軍! この好機を逃す手はない! 畳みかけろ!!」
「「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」」
俺の号令の元、騎士と戦士たちが矢継ぎ早に攻撃を仕掛けていく。
蛇も身体をよじり、顔の近くにいる巨人たちに噛みつこうとしていたが、流石は戦士と名乗るだけのことはあるのか、巨人たちは遅い脚でも、最小限の動きで攻撃を回避、もしくはダメージを最小化し、攻撃の手を止めない。
尻尾による薙ぎ払いも、そのこと如くを第一騎士団が身体を張って受け止めることで、残りの騎士団は攻撃に集中することが出来、そんな俺たちの圧倒的な優位によって進んだ戦闘は数分後……。
「これで決める! 『世界樹権能:槍形態』」
グラディオラスの肩を借りることなく普通に跳び上がった俺は、今度は剣ではなく槍に持ち替えて、その頭頂部に向けて、全力の突きを放った。
一点集中の攻撃が、鱗と鱗の隙間を突き刺し、貫いていく。
「シ、シャァ……」
そして、穂の中ほどまで槍が突き刺さったところで、蛇は力なくそう声を上げ、凄まじい地響きを起こしながら、地面へと倒れ伏した。
すると、絶えず滴っていた炎の粘液が止まり、目こそ閉じていないものの巨大な蛇が完全に動かなくなる。
「よし! 勝った、勝ったぞ!」
蛇の顔に着地して、その様子を念入りに確かめてから、その死亡を確認し、俺は思わず子供のように喜んでしまう。
だが、そんな様子は全軍へと波及していき——
「「「「「ニーズヘッグの眷属に勝ったぞ!」」」」」
「「「「「俺たちの勝利だ!!!」」」」」
すぐに辺りは騎士や巨人の戦士たちの鬨の声に包まれていった。
◇◇◇
「第四騎士団、負傷者6名、重症者、死者は共にありません!」
「そうか。ご苦労だった。負傷者には手を貸して戻るように」
「はっ」
戦闘終了後、俺は今一度整列をして、各騎士団の被害状況の共有を受けていた。
騎士団の中では尻尾の攻撃を受け続けた第一騎士団の負傷者こそかなり多かったものの、どれも既に世界樹の力によって再生が始まっており、意識を失っている者も一時間も経たないうちに目を覚ます見込みだ。
正面を張っていた霜の巨人たちは蛇の炎の粘液を受けてしまった者が、一名倒れてしまったが、それも一週間もしないうちに目を覚ますだろうということだった。
「……かなり一方的な戦いになったとはいえ、やはり被害なしと言う訳にはいかなかったか」
それぞれの下で労い合っている騎士や戦士たちの方を見ながら、俺は思わずぼやいてしまう。
勝利を決めた時こそ、喜びに溢れていたが、今となっては色々な問題点が見えてしまっていた。
「王様が勝ち戦の後にしている顔ではないですわよ」
すると、俺の様子に気付いてか、一人、団の元を離れてリスタが声を掛けてくれる。
「ああ、そう、だな。だが……」
「反省は確かに重要でしょう。ですが、それは戻ってからでも出来ることですわ。今はそれ以上に、やるべきことがあるのではなくて?」
厳しい口調。
だが、それを言うリスタの目は優しげだった。
「……そうだな。ありがとうリスタ。貴方にはいつも助けられている」
「王を支えるのが貴族の務めですから」
俺がお礼を言えば、リスタは恭しく頭を下げて、再び騎士団の方へ戻って行く。
そうだな。今はまず彼らを労うべきだ。
「騎士、戦士諸君! 此度の活躍、皆見事であった! 皆のおかげでニーズヘッグが眷属を打ち倒すことが出来た。形に残る褒賞を出してやることは難しいが、その代わりにこの言葉を送らせて欲しい。皆は俺の誇りだ!」
今一度手に出現させた剣を掲げ、そう伝えれば、皆はこちらに膝を付き、頭を垂れる。
「だが、この戦いはここで終わりではない。今日の戦いを忘れず、来るニーズヘッグとの戦いに備えようぞ! 皆、改めて見事だった!」
言い終えると共に、全員が顔を上げ、誰からともなく二度目の鬨の声が上がりだす。
俺はそんな声を聴きながら、掲げた剣を指揮棒へと持ち替えた。
「(ロロ、今大丈夫かな? こっちは終わったよ。被害者がゼロって訳にはいかなかったけど、かなり理想的な勝利だ)」
リスタの言った俺のすべきこと。
それは皆を労うことだけではない。
「(アルトッ! 良かったです! ……では、皆さんにはもう戻っていただいて大丈夫ですか?)」
俺のことを一番に心配してくれている相手に無事と勝利を伝えることも大事な仕事だ。
心配そうな声で俺の連絡に出るロロ。
だけど、こちらを気遣ってかすぐに普段の調子に口調を戻す。
「(ああ、大丈夫。ありがとうロロ)」
「(? お礼を言うのは私の方です。世界樹の、イグドラシルの危機を救ってくれてありがとうございますアルト)」
「(いや、それは俺だけの力じゃないからね。帰ったら皆に言ってあげてよ。それより、ロロが民を任せてって言ってくれたことが、すごく力になったんだ。ロロになら安心して任せられる。そのおかげで俺は戦闘に集中できた。だから、ありがとう)」
「(そんなこと……いえ、そうですね。アルトの力になれたのなら、良かったです)」
「(うん。すごく力になったよ。これからもよろしくねロロ)」
「(はい。私こそ、これからもよろしくお願いしますアルト)」
やっぱりロロと話すと心が落ち着いていく。
今は離れている家族と一緒にいた時のように、すごく穏やかな気持ちになれる。
「帰ったら、もう一回お礼を言おうかな」
未だに止まない騎士、戦士たちの鬨の声を聴きながら、俺は空にロロの顔を見ていた。
◇◇◇
誰もが喜び、倒れたニーズヘッグの眷属から目を離していた。
だから、気が付けなかったのだ。
倒れ、死亡し、もう動かないはずのニーズヘッグの眷属の目が、まるで今ようやく役割を終えたかのようにギョロリと不気味に動いたことに。


