君が覚えていなくても

 それから一ヶ月。
 症状は確かに悪化していた。一日に二回、三回とリセットが起きるようになった。

 でも、不思議なことに——和哉と会うたび、私の胸には温かさが灯った。
「また忘れちゃったね」
昼休み、和哉が苦笑する。
「......ごめん」
「謝らなくていいよ。ほら、これ見て」
 彼が見せてくれたのは、二人で撮った写真だった。
「今朝撮ったやつ。梨紗、すごく笑ってるだろ?」
 写真の中の私は、確かに幸せそうに笑っていた。
「......本当だ」
「だから大丈夫。梨紗は忘れても、俺が覚えてるから」
 そう言って、和哉は私の手を握った。

 ある日の放課後、また症状が起きた。
「あの......」
「ん?」
「あなた、誰?」
 和哉は慣れた様子で答えた。
「桐島和哉。梨紗の彼氏で、梨紗のことが世界で一番好きな男子」
「......そうなの?」
「うん。信じて」
 不思議だった。この人のことは知らないのに、その言葉は嘘じゃないって、心のどこかで分かった。

「......信じる」
「ありがとう」
 和哉は嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、私の胸にも笑顔が浮かんだ。
「なんか、あなたと一緒にいると安心する」
「嬉しいこと言ってくれるね」
「本当のことだもん」
 そんな会話を重ねるうち、日が暮れた。

「梨紗、もう暗いし送るよ」
「ありがとう」
 並んで歩きながら、私は思った。この人といると、世界が白くない。色がある。
「ねえ」
「ん?」
「明日も、また会える?」
「もちろん。毎日会えるよ」
「......よかった」
和哉の手を、ぎゅっと握った。この温かさは、きっと忘れてしまうけれど——でも、今は、ただこの温もりを感じていたかった。