それから、私たちの日々は続いた。
 でも、ある日の午後——それは突然起きた。
「梨紗、この問題分かる?」
 授業中、和哉が隣から話しかけてきた。でも、私の頭は真っ白だった。

「......誰?」
 和哉の顔が凍りついた。
「梨紗?」
「あなた、誰......?」

 その瞬間、私は理解した。症状が悪化している。朝だけじゃない。一日の途中でも、感情がリセットされるようになったのだ。


 放課後、保健室。
「梨紗、大丈夫?」
 目の前の男子生徒が、心配そうに覗き込んでいた。
「......あなたは?」
「和哉。桐島和哉。梨紗の彼氏」
 ノートを見せられて、確かにそう書いてある。でも、実感がない。

「ごめん......覚えてない」
「いいよ。慣れてるから」
 彼は寂しそうに笑った。
 その夜、病院。医師は深刻な顔で言った。

「症状が進行していますね。このままだと、数時間ごとにリセットが起きるようになるかもしれません」
 絶望が胸を覆った。和哉との時間すら、持続しなくなる。
「......もう、無理だよ」

 家に帰って、和哉に電話をかけた。
「和哉、ごめん。もう、付き合えない」
 電話の向こうで、和哉が息を飲む音がした。
「どうして?」
「だって、もう持続しないもん。数時間ごとに忘れるようになるんだよ? 和哉だって疲れるでしょ」
 「疲れないって言ってるじゃん」
 「嘘だよ! 絶対疲れるよ!」
 私は泣きながら叫んだ。

「和哉が優しいのは分かってる。でも、私、和哉に迷惑かけたくない。だから——」
「梨紗」
 和哉の声が、静かに私を遮った。
「明日、会える?」
「......うん」
「じゃあ、明日、ちゃんと話そう」
 電話が切れた。私は一人、涙を流し続けた。