君が覚えていなくても

 和哉と付き合い始めて、二週間が経った。
毎朝、ノートには『和哉ーー彼氏。大切な人』と書かれている。でも、目を覚ました私には、その実感がない。

「おはよう、梨紗」
「......おはよう」
 教室で会うたび、和哉は変わらず笑顔で話しかけてくれた。
「今日も可愛いね」
「......ありがとう」

 そして毎日、少しずつ、会話を重ねていく。
「梨紗、好きな食べ物は?」
「イチゴ」
「昨日も同じこと答えてたよ」
「......そうなの?」
「うん。味覚は変わらないんだね」
 そんな些細な会話が、私には愛おしかった。

 ある日の放課後。
「梨紗、ちょっと来て」
 和哉に手を引かれて、屋上に連れて行かれた。
「どうしたの?」
「これ」
 彼が差し出したのは、小さなノートだった。
「何これ?」
「俺が毎日書いてる、『梨紗日記』」

 ページを開くと、そこには彼の文字で、私との日々が綴られていた。
『今日、梨紗が初めて笑ってくれた。嬉しかった』
『梨紗の好きな花は、桜らしい』
『今日、梨紗が俺のこと”和哉”って呼んでくれた』
 涙が溢れた。

「......どうして」
「梨紗が忘れても、俺は覚えてるから。いつか、この日記を一緒に読もうと思って」
 彼は優しく微笑んだ。

「梨紗の記憶を、俺が全部覚えてるよ」
 その言葉が、胸に深く刺さった。
「......和哉」
「ん?」
「ありがとう」
 私は彼の胸に顔を埋めた。温かかった。この温かさも、明日には忘れてしまうのだろうか。
でも、今は、ただこの瞬間を感じていたかった。