翌朝。
 目が覚めて、また世界は白くなっていた。でも枕元のノートには、昨日の私の文字でこう書かれていた。
 『桐島和哉(きりしまかずや)ーー隣の席。私の秘密を知ってる。優しい人。信用できる』
 教室に入ると、茶色い髪の男子生徒が手を振った。
「おはよう、梨紗」
「......おはよう、桐島くん」
 ノートで名前を確認してきた。彼は少し嬉しそうに目を細めた。

「今日も覚えてくれてありがとう」
「ノートに書いてあったから」
「それでも嬉しいよ」
 彼はそう言って笑った。その笑顔を見て、私の胸に小さな温かさが灯る。不思議だった。初めて会った人のはずなのに、どこか懐かしいような、安心するような。

「なあ、梨紗」
 昼休み、また彼は隣を歩きながら言った。
「毎朝、俺のこと好きになってくれるよう頑張るから」
「......え?」
「だって、梨紗は毎朝リセットされるんだろ? なら俺は毎朝、また一から梨紗に好きになってもらえるよう努力する。それだけだ」
 あまりにも真っ直ぐな言葉に、私は言葉を失った。

「無理だよ......。どうせ明日になったら、また忘れるのに」
「忘れてもいい。また好きになってもらえるよう頑張るから」
 彼は空を見上げた。
「それに、梨紗は本当に全部忘れてるのかな?」
「......どういう意味?」
「だって、今朝会った時、梨紗は俺を見て少し安心した顔してたよ。それって、どこかで覚えてるってことじゃないの?」
 胸がざわついた。確かに、彼を見た時、不思議な安心感があった。でもそんなはずはない。私の感情は毎朝リセットされる。医者にもそう言われた。

「......きっと気のせいだよ」
「そうかな」
 和哉は楽しそうに笑った。
「じゃあ、これから毎日確かめていこうぜ」