vino/nelle/vene

[“8月” 灼熱と突然出会う果実]

「休憩!5分後には、全員が揃っているように!」
「「「はい!」」」

(はぁー。きっつ。マジしんどい。)

 期末課題のレポートが滞っている現状は把握していたが、
予定よりも遅い時間まで悪戦苦闘することになるとは思っていなかった。

(まぁ…やる気が出なくて遅らせてたウチが悪いんだけど)

 ココロは、心のなかで文句を垂れながら、
体育館の床に置いていたタオルと、経口補水液の入ったコップを手に取った。

(なんかなぁ…。
最近つまんなくね?代わり映えしないっていうか…。
贅沢って言われたら、そうなんだけど。)

なんか、楽しいことないかな…


 何かを与えれば、必ず『結果』が帰ってくる。
 良い結果を求める者には、それ相応の努力が求められる。

 (つい)も然り。
 
 『結果』として後からやってくるのではなく、
魅力的な『果実』を先に見せられれば、欲望を唆される。
 あれは謂わば、運命が示した餌であった。

(ーーーーーー。)

 ただ一枚の大きな紙に印刷された青年は、憂いを帯び、
凛と澄ました横顔を見せていた。

 魅力の効き目は、個々人によって千差万別。
 ある者は美青年であると言い、ある者は気に留めない。

 しかし、ココロの目は、深い縁を感じる程の懐かしさと、
切なさを浮かべていた。

 単に、血が疼く。
心のポンプを飛び出し、顔に温度を集める。

(な、な、な、な…な!?)

 当然、パニックに陥った。

「集合!」
(うそ!?今!? 待って待って、まって、ま…)

 大慌てで声のする方に向かう。
 友人達が不思議そうに顔色を伺う様子にも、
そのうちの一人が、勘の鋭く、心情を察したことにも気づかない。

(なんで、日焼けしたみたいに顔が熱いの!?
ウチ、おかしくなった?自律神経の乱れ?それとも…)

「相原さん?」

「は、はい!!?」

「あなたは、このサークルの中でも、リボントスの才能が特にピカイチ。
 プロの新体操選手にも引けを取らない。
 長年の練習の成果でもあると思うけど…」

 鋭い目付きをしたコーチは、眼差しを和らげてココロの様子を窺う。
「あなたには後輩のために、手本を見せて欲しいと思ったのだけど…
 顔が赤いわね。もしも、体調が悪いなら、少し休んで…」

「ま、任せてください! 元気ですよ!この通り!げほっ」

 盛大に()せてしまい、更に心配の目を向けられるも、
半ば強引に、指定された演技面に移動し、体勢を整える。


 今日のパートナーは、聞き慣れたクラシック音楽。

 軽やかに弾むヴァイオリンの音色に合わせ、ステップを踏む。
 一足も軽やかに魅せるように、つま先まで意識する。
予定通りにターンを加え、その間もリボンでクルクルと遊ぶ。

 ここで、リボンを頭上へ飛ばす。
 目線はリボンから、自身のしなやかに伸びた手先へ。
そして、演技面の中央を見つつ、シェネを丁寧に行う。

 リボンの落下点目前で、前転し、キャッチ。
失敗しなかったことにホッとしても、動きは止めず。
 右足を軸にしてイリュージョン、フェッテターン、
続けてジャンプターン。

 もう一度、リボンを大きく投げて、シェネ。
後転しながらもぐって、足先でキャッチ。

 曲も終盤、止まらずに続けていく技も、隅々まで丁寧に。
重心を意識して、疲れを見せず、ピルエット。
 ステップもリズムに重なるように、更に開脚。

 リボンは絶えず、大小、軌道を変えながら、円を描き、
完璧に思われた。

「そこまで!」

 音楽は止まり、リボンも止まる。

「ココロさん。」
 後輩たちの顔には緊張が走っていたが、当の本人は堂々としていた。

「また上達したのね。」
「ありがとうございます。」

 深々と頭を下げるココロは、周囲にいる皆が安堵したのを感じた。

 ココロは、知っていた。
数日以内に手本を見せてほしいと言われていたのだった。
 だから準備していたし、そのための個人練習もしていた。
時に、コーチからアドバイスをもらい、研鑽していたことが、ココロの自信になっていた。

 サークルに入って間もない子達から、羨望の眼差しを向けられながら、大学3年生のココロは練習に集中しようと気を引き締めるのだった。