準透明人間の僕ら

 


 名前を呼ばれたような気がする。

だけど、誰だか思い出せない。

誰が呼んでいるのだろう。

というか私は誰なんだろう。

何もわからない。

ずっと真っ暗な海の底で漂っているみたいな、ただ潮の流れに身をまかせていた。

「俺は逃げてきた。今までずっと」

誰の声だろう。

懐かしい声だ。

「でも俺はまだ、光璃と一緒にいたい」

光璃って誰だろう。

なんで、この人の声を聞いて涙が出そうになるんだろう。

「もう逃げないし、たまに振り返るかもだけど後ろに戻ることはしない」

たぶん、あなたのこと知ってる。

誰よりも楽しそうに笑って、意地悪な一面もある。

「だから、もう一度会いたい!」

・・・そうだ、杉原くんだ。

私と同じように消えたかった、杉原くん。

消えれるなら本望だったはずなのに。

いつのまにか、一緒にいる時間が大切でかけがえのないものになっていった。

私も逃げたくないよ。

真っ暗だった目の前に光が差し込む。

光の先に手を伸ばす。

声が聞こえる。

私の名前を呼ぶ声だ。

強く強く願う。

そして、君の名前を口にした。

真紘(まひろ)くん!」



 光が目の前に差し込む。

「光っ!」

ギュッと体を抱きしめられる。

消えたかったはずなのに、自分が誰かに触れられていることに、安堵する。

「・・・はなしてもらっていい?」

杉原くんはバッと手をあげ、気まずそうに俯く。

「・・・消えない?」

ボソリと聞こえた声は震えていて、悪いことをしてしまったとは思う。

「ごめん。目の前で消えたりして、怖かったよね」

「もうあんなのは嫌だ」

今度は目を見て凛とした声で言う。

「だから、相馬さんが消えたいって思わないようしようって考えたんだけど」

だめ?とヘタクソな笑顔で言われ、何も言えなくなった。

今でも消えたい思いは消えてない。

だけど、もう少しだけここにいたい。

「おっ、間に合ったの?よかったね」

後ろから幼い声が聞こえ、振り返ると美少年がニコッと笑みを浮かべて立っていた。

「相馬さんって消えるの?」

美少年にあの時と同じように質問する杉原くんを横目にギュッと手のひらを握る。

今更、消えたくないとか聞き得れてもらえるとは思ってない。

消えるのか、不安でさらに強く手のひらを握りしめた。

「いや、消えないよ。というか、見つかったら消えたくても記憶に残っちゃうから消えれないわけ」

なんだ、消えないのか。

肩のを力を抜く。

「あれ?」

なぜか、座り込んでしまった。

「安心して腰が抜けたんじゃない?」

杉原くんがふふっと笑ってくる。

「まあ、よかったね。それじゃあ、僕はそろそろ行かなきゃだから」

フワッと花のように笑う美少年から目が離せなかった。

「あなたは何者なの?」

「人間の姿を消せるなんてただものじゃない」

美少年は、俯き何か呟いたが何と言ったのか聞こえなかった。

ぱっと笑顔を咲かせて

「お姉ちゃんがまた消えたいと願ったときはまた、会いに来るからね~」

そう言って、消えていった。

「・・・消えたいなんて思わせないから」

杉原くんがこちらを向き、手に触れる。

私と違って硬くて広い手のひら。

くすぐったくてムズムズする。

コツン、私の手が彼のおでこに一瞬だけ、触れた。

そして、はあーと何かを吐き出すように息をつきしゃがみ込む。

「消えなくてよかったっ」

杉原くんがそこまで私のことを心配していたとは知らずにひどいことしたな、と思う。

顔が見たくて、彼と同じようにしゃがみ込む。

「ここにいる」

杉原くんはその言葉で安心したようで、ニコッと眩しい笑顔を向けてくる。

その笑顔を見ていると、心がポカポカと温かくなってきた。

「・・・好きだなぁ」

思わず零れた想いに自分でもびっくりする。

そうか、私は杉原くんが好きなのか。

「うん、好きだ」

私は杉原くんを見る。

なぜか、顔を真っ赤にさせていた。

そんな杉原くんを見て、自分がなんて恥ずかしいことを言ったのか、後から頭に入ってくる。

「はは、顔真っ赤」

「杉原くんもだけど」

いつものように憎まれ口で返すと、また杉原君は笑いだす。

「さっきからずっと笑ってばっか」

何がそんなに面白いのだろう。

「いや、好きだなぁって思って」

「へぇ?」

不意打ちを食らうとは思わず、変な声が出る。

「そんな息をするみたいに言う?」

「それを相馬さんが言うの?」

言われて自分がさっきしたことが頭に蘇り、また顔に熱が集まる。

「にげないから。これからちゃんと向き合うから」

私の手を握りしめ、視線を落とす。

伏せられたまつ毛の影が頬にうつる。

「相馬さんが消えたくなくなるぐらいの存在(みれん)になれるように努力してもいいですか?」

まっすぐとした目。

その瞳には私が映っている。

そのことが妙にうれしかった。

「もう、十分なってる」

私も杉原くんの未練になれるようになりたい。

「私もあなたの未練になれるように頑張ってもいい?」

「もう、なってるけどね」

ふと、真っ暗なところで彷徨っていた時のことを思い出す。

「名前、呼んで?」

「・・・光」

耳の先が真っ赤になってる。

「そっちこそ、名前呼んで」

「・・・真紘・・・くん」

「本当に、可愛いね」

本当に、真紘くんはずるい。

「好きだよ」

「うん。知ってる」

このさき、ずっと楽しいことだけじゃないだろう。

だけど、君の笑顔を思い出すたび、まだ消えたくないって思えてくる。

「俺も好きだよ」

この笑顔を一生、忘れないだろう。