その名君は破滅的な愛をささやく

 夢のなかは、ずっとつらい気持ちでいる。
 くらくて、つめたいところで、だれかにたたかれたり、引っ張られたりする。
「ささ、わるいこなの……?」
 こわい、こわい。
 わすれても、おいかけてくるみたいに……夢のなかは、にげられない。
 よごれた床と、つめたい手と、だれかが笑ってる。
「いらない子」「じゃまもの」「働けないなら食べるぶんがもったいない」――そんな声が聞こえる。
 おなかを、ぎゅっと蹴られた。
「やっ……!」
 苦しいと叫んでも、だれも助けてくれない。
 でも――目を覚ますと、そこはちがう世界だった。
「砂々、怖かったね……大丈夫だよ」
 なきながら目を開けると、いつもこくようさまが側にいる。
 あったかい胸に抱きしめられて、髪をそっと撫でてくれる。
 こくようさまは、ささのことを叱ったりしない。
 身体がぐらぐらするほど強く抱きしめて、ささの体の中にはいってくる……そのとき、とても怖いだけ。
 こくようさまはささを庇ってくれる。ここのひとたちはみんなやさしいけど、どこか遠い。
 食べ物をかくされない、服も取られない。
 ささは、おんなじなのに……世界が、ちがう。
 ちがう世界をいったり、かえったりしていると、どちらが夢かわからなくなる。
 もしかしたらどちらも夢なのかもしれない。
 だって最近、ささの体はおかしい。
 胸がむかむかして、えずいてしまう。
 息が苦しいときも、体が重たくなるときもある。
 それで――いちばん怖いのは、けられること。
「……また、いたい……」
 おなかの奥を、だれかが、とん、とん、と叩く。
 小石を投げ込まれたみたいに、びくって震える。
「こくようさま……っ、こわいよ……」
 泣きながらすがると、こくようさまは微笑む。
「大丈夫だよ。砂々のお腹の中にいるさなが、君に会いたがっているんだ」
 そう言って、にこにこしてささのお腹を撫でる。
 ささは、こくようさまのことがわからない。
 だって、さなはお人形さんだ。
 お話しできないし、うごいたりもしない。ごはんも食べない。
 何より、おなかの中にいるなんて、へんだ。
(さなは……ささを、食べてるの?)
 そう考えたら、こわくてこわくて、どうしていいかわからなくなった。



 その夜も、夢はやってきた。
 暗いところ、ささをすみにおいやる影、つめたい声にかこまれる。
「役立たず」
「親もいないくせに」
「おまえなんかいなくなればいい」
 おなかに、強い痛みが走った。
「いやっ、やめて……っ!」
 ぎゅうっと抱えると、夢の中のだれかが笑った。
「それがお前の宝物か。……お前を食べてるのにな」
 おなかの奥で、なにかがぐるんとうごいた。
(やだ……やだ……やだ……!)
 何かが、破れて出てくる――そんな予感が全身をつらぬいた。
「いやぁぁぁぁあああ!!」
「砂々!」
 目をあけたら、ぜぇぜぇしていた。
 ふくがはりついて、のどがひりひり痛い。
 こくようさまが、すぐにささの頬を包んでくれた。
「どうした? 苦しいのか? どこが痛い?」
「……さな……っ、さなに、たべられちゃう……!!」
 ささは自分のお腹を叩こうとした。
 こわくて、そこにいるなにかを出したかった。
「……っ、砂々! だめだ!」
 こくようさまがささの手首をつかんで、ぎゅっと抱きしめる。
「砂々、落ち着いて! 叩いちゃだめだ……!」
「やだ、やだ、やだぁ……! おなか、やだ……なにかいる……っ!」
 泣きながら暴れた。
 でもこくようさまにむりやり手をとられて、よしよしとなだめられる。
「砂々、砂々? さなはいい子だよ。砂々が大好きなんだ。お母様を食べたりなんかしないよ」
「たべられちゃうの……ささのお腹のなか、なにもないから。さな……ささを……たべちゃう……」
 自分で言葉にして、涙が止まらなくなった。
 食べられるなんて、こわい。だって食べられたら、しんじゃう。
 でも、ささがもっと小さかったころ……お腹を空かせていたころの思い出が、ふっと目の前に見えた。
 さむくて、みじめで、つらかった。
 あんな思い、さなにさせたくない。だって、小さい子は守ってあげなきゃ、だめだから。
 ……ささはおかあさまに、なりたかったから。
「でも、さななら……。ささ、たべられても……いい」
 そう思ったら、力が抜けた。
 手も足も、どうでもよくなってしまった。
「さな、すき……。さなにぜんぶ、あげたい……」
 うつろな目のまま呟くと、こくようさまの腕が震えた。
 ささはもう、しゃくりあげるのをやめて、ぼんやりと天井を見ていた。
「砂々、君は……誰よりも、美しい子だ」
 こくようさまの唇が、ささの手にも、髪にも、唇にもふれていく。
(さなにたべられて……しんでも、いい……)
――砂々がみつめる暗い夢の行きつく先を、まだ黒耀は知らない。