九頭竜の花嫁 ※こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。

■ 高天家 玄関外 夜

 大広間から屋敷の外に出る紅蓮と双葉。
 紅蓮が印を切ると、執事達は全員消滅する。後には人の形をした紙が地面に落ちている。

双葉「ええ⁉ あの執事さん達は全員、紅蓮様の式神だったんですか⁉」

双葉〈何て凄い霊力をお持ちなのかしら? 普通の退魔士ならせいぜい2~3体を使役するのがやっとなのに、20体以上も使役するだなんて凄すぎです……!〉

 双葉はキラキラと目を輝かせ、紅蓮に尊敬の眼差しを向ける。

紅蓮「荷物持ち程度なら式神で十分だからな。第一に本物の執事を連れて行くと移動に車を使わなければならず不便なのだ」

双葉「紅蓮様はいつもどうやって移動しているのですか?」

紅蓮「もちろん、こうやってだ」

 紅蓮が霊力を込めながら右手を印を切ると、目の前に門が出現する。

双葉「これは転移門⁉ 凄い、こんな高等霊術まで使えるだなんて」

紅蓮「さあ、行くぞ、双葉」

 紅蓮は双葉の肩を掴んで抱き寄せると、そのまま転移門の中に入っていった。

■ 九頭竜家 本家 夜

紅蓮「さあ、着いたぞ」

 一瞬で二人は九頭竜家の本家に到着する。
 双葉は転移門で一瞬で移動したことに対しても、九頭竜家の本家を前に唖然となる。
 屋敷というよりは城と形容した方が相応しい威容を誇る九頭竜家本家を前に双葉はただただ驚いた様子。

双葉〈これが始祖の十二家、全ての退魔士の頂点に君臨する九頭竜家の本家。私の生家も一般家庭とは比べ物にならないほど広かったけれど、九頭竜家とはまるで次元が違うわ〉

紅蓮「今帰ったぞ」

 紅蓮がそう言うと、巨大な屋敷の門が開かれる。
 目の前が光り輝くと、いつの間にか二人は屋敷内に佇んでいた。
 双葉は驚く暇も与えられず、大勢の執事やメイド達に出迎えられる。

執事・メイド達「お帰りなさいませ、紅蓮様!」

 大勢の執事・メイド達に出迎えられ双葉は驚き戸惑う。
 すると、執事達の中から若い男性、執事長の氷雨が前に出てくる。

氷雨「お帰りなさいませ、我が主」

紅蓮「氷雨、紹介する。こちらがオレの花嫁の双葉だ」

氷雨「双葉様、お初にお目にかかります。執事長の氷雨と申します。紅蓮様よりお話は伺っておりますので何かございましたら遠慮なく私にご申しつけくださいませ」

 氷雨はそう言って恭しく首を垂れる。

紅蓮「皆に伝えておく。双葉の言葉はオレの言葉だと思ってしっかり仕えてくれ。しかと頼んだぞ」

執事・メイド達「かしこまりました、紅蓮様! ようこそおいでくださいました、双葉様!」

 大勢の執事やメイド達に首を垂れられ圧倒されてしまう双葉。
 その時、双葉は慌てて頬の痣を隠す。

双葉〈いけない。こんな醜いものを見せて紅蓮様に恥をかかせるわけには……〉

 自分の痣を隠した双葉に気付いた紅蓮。

紅蓮「双葉、ここに君を傷つける者は誰一人として存在しないから安心してくれ」

双葉「でも、皆様のお目汚しになるので……」

 紅蓮は頬を隠している双葉の手を掴む。

紅蓮「何度でも言おう。双葉は美しい。その容姿だけではなくその心も。そして、その蛇の痣は醜くもなければ呪いでもない。むしろ祝福とさえ言える。そのことを高天家の者達は知らずに双葉を蔑んでいただけなんだ。御覧、ここに双葉を蔑んだ目で見る者が一人でもいるかい?」

 そう言われて双葉は執事やメイド達に目線を移す。双葉を見る者は誰もが一様に瞳を輝かせていた。それはまるで推しのアイドルでも目の前にしているかの様。

双葉〈何故、私を見て皆さんは目を輝かせているの? これまで私を見てきた人たちはみんな、恐れや軽蔑の目で顔を引きつらせていたのに〉

紅蓮「氷雨、後のことは頼む」

氷雨「はっ、かしこまりました」

紅蓮「双葉、支度が整ったら一緒に食事をしよう。詳しい話はその時にな」

 そう言って紅蓮は踵を返す。

双葉「あの、紅蓮様!」

紅蓮「なんだい?」

双葉「本日は色々とありがとうございました! この御恩は一生かけてもお返ししますので!」

 双葉はそう言って首を垂れる。
 紅蓮はクスリと微笑む。

紅蓮「双葉、恩を返すのはオレの方だよ」双葉には聞こえない様にぼそりと呟く。

双葉「え? 今、なんておっしゃったんですか?」

紅蓮「また後でな、オレの可愛い花嫁」

 紅蓮はそう言って双葉の頭を撫でると、そのまま立ち去る。
 頭を撫でられた双葉は恥ずかしそうに頭を押さえる。

双葉〈生まれて初めて殿方に頭を撫でられちゃいました……! いえ、そもそも誰かに頭を撫でられることも初めてね〉

 双葉は頭に残った紅蓮の温もりを噛みしめる。

双葉〈誰かに頭を撫でられるのって、胸がぽかぽかするものなのね〉

氷雨「それではご案内いたします、双葉様」

双葉「は、はい! よろしくお願いいたします!」

氷雨「双葉様、そう固くならずとも大丈夫ですよ。もうここは双葉様の家でもあるのですから」

■ 双葉の部屋 夜

 高級ホテルのスイートルームの様な豪華な部屋に案内される双葉。

氷雨「手狭ではございますが、本日のところはこちらのお部屋をお使いください」

双葉「あの、すみません。こんな豪華なお部屋、私にはもったいないし汚しても申し訳ないので何処か使っていない納戸にでもご案内していいただけないでしょうか?」

氷雨「ははは、お戯れを。双葉様は御冗談がお上手ですね」

双葉「いえ、私、高天家の実家では庭の物置小屋で寝起きしていたもので……そもそもお家のお部屋で寝泊まりしたことがないので、どう過ごしていいか分からないんです。我がままを言って申し訳ございません……」

 氷雨を含め、後ろで控えていた三人のメイド達は絶句する。

氷雨「まさかそこまでご苦労をなさっていたとは……」

 氷雨は微かに怒りを湛えながら眼鏡の位置を直す。後ろにいたメイド達は哀れみのこもった瞳で双葉を見る。

メイドA「双葉様! 何もお気になさらずこちらのお部屋でお過ごしください!」

メイドB「分からないことがあれば、私たちがお教えしますので大丈夫です!」

メイドC「これからは私たちが心を込めてお仕えいたしますので、どうぞご安心ください!」

双葉「お気遣いいただきありがとうございます。まだまだ未熟ですが、どうぞよろしくお願いしますね」

 双葉はそう言ってメイド達にニコッと微笑む。
 メイド達は双葉のあまりに美しく可憐な笑顔に胸を突き刺されるような幻を垣間見る。

メイド達〈双葉様、な、何て麗しい笑顔なのかしら……⁉ まるで天女の様……!〉

 メイド達はうっとりとした表情で双葉の笑顔に見惚れる。

氷雨「さあ、双葉様、お召し替えを。きっと紅蓮様も首を長くして心待ちにされていることでしょう」

 メイド達はお互いに頷き合うと、双葉を取り囲んだ。

■ 九頭竜家 本家 食卓 夜

 竜の紋様をあしらった巫女服を着て食卓に現れる双葉。
 同じく竜の紋様をあしらった黒の和服に身を包んだ紅蓮が双葉を笑顔で出迎えた。

紅蓮「待っていたよ、双葉。用意させておいた巫女服も似合っていて何よりだ」

双葉「何故、私に巫女の服を?」

紅蓮「それも含めて色々説明するよ。でもまずは食事にしよう。さあ、席について」

 紅蓮は自ら椅子を引き双葉を席に着くように促す。

双葉「ありがとうございます、紅蓮様」

 紅蓮も席に着くと、手を二回たたいて合図を送る。
 すると、メイド達によって瞬く間にテーブルには和洋中様々な料理が並べられた。
 見たことも無い豪華な料理を前に双葉は思わず唾を呑み込む。

双葉〈見たことも無い料理ばかり……!〉

紅蓮「双葉の好みが分からなかったから適当に用意させておいた。他に欲しいものがあれば何でも言ってくれ。すぐに用意させよう」

双葉「いえ! これだけでも私には十分すぎるくらいです! だって……」

双葉〈だっていつもは残飯や自分で採って来た山菜しか口に出来なかったから……〉

 と言いかけて双葉は慌てて口をつぐむ。

紅蓮「どうした?」

双葉「い、いえ! 何でもございません! 用意して下さったお料理は有り難くいただきますね」

双葉〈自分が惨めだったのはもうどうでもいい。これ以上、大恩ある紅蓮様に余計なご心配だけはかけないようにしよう〉

 その時、双葉は紅蓮の隣にも席が用意されていることに気付く。

双葉「あの、他にもどなたかいらっしゃるのですか?」用意されているもう一つの席を見ながら言う。

紅蓮「後でと思ったが、双葉に紹介したい奴がいるんだ。せっかくだから今、紹介しよう」

 紅蓮はそう言って印を結ぶ。
 周囲に焔のような霊力が迸る。
 次の瞬間、真っ赤な霊力が弾けると、双葉の目の前に和服姿の男の子が現れた。頭部の両端から二本の角が生えているのが特徴だった。
 双葉は瞬時にその男の子のことを思い出す。あの時、妖に襲われていたところを救った男の子に間違いなかった。
 男の子は屈託のない笑顔を浮かべると、そのまま無邪気に双葉へ飛びついた。驚いた様子の双葉は男の子をキャッチして抱きしめる。

セキ「我が名はセキ。九頭竜家の守護霊獣である。双葉、また会えて嬉しいぞ!」

双葉「あの時助けた男の子が九頭竜家の守護霊獣だったの⁉」

 驚きのあまり言葉を失う双葉。