「確か、妹だったな」
 不機嫌な顔を向けた真世は驚愕に固まった。その目が陶然と彼の全身を往復してから怒りに染まる。
「あんたもう浮気してるわけ?」
「浮気?」
 驚いた燈子は聞き返す。

「最悪ね。綾月様に言いつけるから! ねえ、ご存じ? この人はもう婚約してるのよ。こんな女と付き合ってたら悪い評判がたつわよ」
 腰をくねらせ媚びた笑みをたたえる真世を、颯雅は侮蔑を存分に含んだ目で見下ろす。

「お前の目はまったく節穴だな」
「は?」
「俺がその婚約者だ」
「え?」
 真世はきょとんと彼を見て、それから声を上げた。

「嘘よ、公爵子息は大きな犬だったじゃない!」
「狼です!」

「本当は人間だったんじゃない! あんたは私を騙して演技をしてたんだわ」
「盗人猛々しいとはこのことだな」
 あきれた颯雅に、真世は顔を歪めた。

「盗人なんかじゃないわ!」
「衆目の前で盗んでおいてなにを言う。警察に突き出してやろうか。証人はいくらでもいるぞ」
 顎をくいっとする颯雅につられて周りを見た真世は愕然とした。人々がこちらを見てひそひそとささやき合っている。

「行くぞ。こんな阿呆(あほう)につきあってられん」
 颯雅が燈子の手をぐいっと引いたときだった。

「きゃあああ!」
「うわああ!」
 悲鳴が響き、燈子たちはそちらを見た。

 さきほど見た野良犬がぐるると唸り声をあげていた。身の丈にあわない影がゆらゆらと揺れ、大きくなって犬を包む。
 犬は見る間に熊ほどの大きさになった。

「あやかしだ!」
「あやかしが出たぞ!」
 人々が叫び、逃げ惑う。

「こんなときに」
 颯雅は舌打ちし、燈子を守ってあやかしにたちはだかった。



第八話 終