「真世、燈子、いるか!?」
 どたどたと大きな足音ともに、父、正雄(まさお)の声が響いた。

「なんですか、騒々しい」
 麻子が不機嫌そうに声をかけ、廊下に出て来る足音が聞こえた。
「お父様、どうなさったの?」
 真世が声をかけると、正雄は麻子をともなって書斎に来た。

「縁談が来た、相手は公爵子息だ!」
「ほんとに!?」
 目を輝かせた真世は、はっとして新聞を指差した。

「この人じゃないでしょうね?」
「そうだ、この方だよ」
「いやだわ、犬じゃない」
「狼だよ」
 正雄の訂正に、真世は顔をしかめた。

「同じことよ。人間じゃないんですもの」
「あなた、なんでこんな縁談を持って来るのよ!」
 非難する真世と麻子に、正雄はおろおろとうろたえる。

「そうは言ってもだな……」
「そうだわ、これは燈子が受ければいいのよ」
「それがいいわ! 公爵と縁続きになれる上に、厄介者がいなくなってせいせいするもの!」
 麻子と真世が言い合い、正雄はほっとした笑みを浮かべた。

「燈子も年頃だしな。来週の土曜日、頼むぞ。淑女らしく振舞って縁談をまとめるんだ」
「来週……」
 燈子は呆然とつぶやいた。