「食器はうまく使えないんじゃなかったんですか?」
「言ったかな、そんなこと。知ってるか、極楽では箸が長くてお互いに食べさせ合うんだぞ」

「……ここは極楽じゃないですけど」
「俺が極楽にしてやるさ」
 くくっと笑う颯雅に毒気を抜かれ、燈子は差し出されたアイスを食べた。
 なんだかさきほどよりも甘みが強くなっている気がしてならない。

「もっと食べさせてやろうか」
「自分で食べます」
 器とスプーンを奪い返すと、彼はまた楽しそうに笑った。
 もう、と少し腹を立てながら、それでも彼の笑顔で胸に幸せの火が灯る。

 だけど。
 燈子はアイスを眺める。

 だけど、こんなに幸せだと、離れるときにさみしくなってしまう。婚約は偽物、しばらくしたら解消するのだから。

「どうした? 早く食べないと溶けるぞ?」
「は、はい」
 燈子は慌ててまたアイスを口に入れる。

 最初は冷たいのにしだいに甘さが口いっぱいに広がる。まるで彼みたいだ、と思った。最初は冷たい人だと思ったのに、本当は優しくて、今日にいたってはひたすら甘い。こんなの今だけだ、と思うと胸が痛くなる。
 燈子は切なさをごまかすようにソーダを飲んだ。ぱちぱちする泡は夢が覚めるようにはじけて、消えた。