土曜日、昼を告げる大砲が鳴ると仕事は終了だ。
 おにぎりで腹ごしらえをした燈子と颯雅は、乗合自動車で街に向かった。

 颯雅は人の姿で軍服を着用し、銀髪は軍帽をかぶって隠している。
 それがなんとも言えず男前で、燈子はときめきを抑えられない。
 今日の訓練でサーベルを使った彼は、初めてとは思えない剣技で相手を圧倒していて、そんな姿も胸に焼き付いている。

 一方の燈子は今日も着物を借りていた。牡丹の咲いたくちなし色の小紋に鶸色(ひわいろ)の帯を合わせ、髪はスエが西洋下げ巻きに編んでくれた。

 彼に連れられて行ったのは光越百貨店(みつこしデパート)だった。五階建てで、海外から建築士を呼んで建てたのだという。
 下足番に履物を預けて番号札を受け取り、上履きをはいて歩く。
 店内は西洋で流行っているアール・デコの意匠が施されていた。直線を多用し、大胆な色の配置が見事だ。人気の松久夢三(まつひさ ゆめぞう)のイラストを使ったポスターも飾られている。

 宝飾品コーナーを通りかかり、ふと颯雅の足が止まった。
 彼はガラスの陳列台(ショーケース)に並んだ指輪をじっと見ている。装飾性の高い電灯の下、ダイヤモンドやサファイアなど、色とりどりの指輪がきらきらと輝いていた。

「婚約指輪も買わなくてはな」
「必要ないですよ、いずれ解消するのですから」
 自分の言葉に、思いのほか胸が痛くなった。

「お前は俺と結婚したがっていたではないか。実際に今は婚約中だ」
 むっとした颯雅に燈子は首をかしげる。彼と結婚したがっている言動をしてきたとは思うが、本心が違うことも彼はわかっているはずだ。居場所がほしいのだとはっきり言ったこともある。