婚約者は狼神!? 帝国の守護神の通訳として雇われた私、なぜか溺愛されてます!

「字を書くのも箸を使うのも慣れないな」
「仕方ありません、人の姿になって間もないのですから」

「お前は箸の使い方がうまいな」
「母から教わりました」
「そうか。母君はお前の中でそうして生きているのだな」

 燈子は愕然とした。手から力が抜けて、からん、と箸がテーブルに落ちる。
 ぶわっと記憶があふれ出す。母の笑顔、手に添えた優しい感触。
 今までどうして忘れていたのかと思うほど鮮明に姿がよみがえる。

「どうした?」
 箸を拾い、颯雅が言う。

「母が亡くなってから初めて、箸の持ち方を教えてもらったときのことを思い出しました。もういないと思ってましたけど、母は自分の中にいるのですね」
 思わず目が潤んでしまう。

 ずっと失ったことばかり考えていた。もう二度と会えないと思っていた。
 だが、母は遠い場所ではなく燈子の中にいたのだ。それが嬉しい。

「そうか。母君の教えを俺にも教えてくれないか?」
「もちろんです」
 燈子はふたつ返事で答える。人に教えることで母がもっと生きてくれるなら嬉しい。

「お箸はこうして持つのですよ」
 颯雅の右手に手を添えて持ち方を直させているときだった。

「いいなあ、おしどり夫婦」
「俺もあんな嫁さんほしい」
 どこからともなく聞こえた声に、燈子は思わず固まった。

「どうした?」
「いえ……」
 照れたなんて言えずに燈子はごまかす。声は颯雅にも聞こえていたのだろうに、彼は平然としている。

「明日は半ドンだ、午後は一緒に買い物に行こう」
「買い物ですか」

「俺もお前も着るものがないからな。ほかにも必要なものがあれば買うといい」
「ありがとうございます」

「初めてのデートだな」
 にこやかな颯雅に、燈子の心臓が跳ね上がる。
 颯雅はなにごともなかったかのように食事を続けるが、燈子はどきどきしてなにを食べても味がしなかった。