どうして失念していたのだろう。
 いつの間にか、当然のように颯雅の隣にいられる錯覚に陥っていた。
 もう用済みだろうか。家を追い出されるのだろうか。
 まだだ、と燈子は思う。まだ大丈夫なはずだ。彼は自分が口づけをしなければ人になれないのだから……。

「あなたが来てから、兵たちが今まで以上に励んでいるという話があってね。これからも犬の世話係として通ってくれないか」
 予想外の言葉に、燈子の目は点になった。
「いいのですか?」
「ああ。女性がいると、いいところを見せたいと思うようだな。男というのは単純だ」
 苦笑する尚吾郎に戸惑い、颯雅を見る。

「俺の婚約者だというのに」
 颯雅が不貞腐れたようにぼそっと言う。
「帝国の守護神が嫉妬か」
 かかと笑う尚吾郎に、燈子は目を丸くした。

 嫉妬? 本当に?
 彼を見ると優し気な微笑に出迎えられ、慌てて目をそらした。

 その後はずっと心がふわふわして、妙に颯雅が輝いて見えて困った。
 帰ってもお風呂に入っても、なにをしていても彼の顔がちらついて離れない。

 翌朝も彼に口づけ、人の姿になった彼は軍服を身にまとった。
 初めて見る洋装は各段に素敵で、彼の輝きは増すばかりだ。

 朝礼で紹介されると、どよめきが走った。
 午前は狼の姿に戻って軍用犬を訓練し、お昼は人の姿で一緒に食堂へ行った。

 ざわめきに戸惑う燈子と違い、颯雅は平気で定食を受け取り、燈子の分もテーブルへ運んでくれた。
 窓辺で並んで座り、一緒にいただく。
 颯雅は箸に慣れず、ぽろぽろと食べものをこぼした。