「もう騙されません。結局は壊されたり偽物だったりしましたから」
 最初は、母の形見が戻るならと言うことを聞いた。

 だが、目の前で写真を焚火の中に放り込まれて拾えと命じられたり、母が持っていたとは思えない安物を目の前で壊されたりした。
 高価なものはとうに売り払い、写真はいびるために持っていたのだろう。
 どうせ遺品は偽物。そう思う一方、本物だったら、という希望が捨てられない。

「写真、ほしいわよねえ」
「写真は残ってないと麻子様から言われました」
「お父様が隠していたのよ。きっと最後の一枚ね。お母様に見つかったら燃やされるわ」
 燈子の顔からみるみる血の気が引いて行った。

 健康だったころの母のおもかげはおぼろ、脳裏に浮かぶのはやせ衰えた姿。
 庭に思い出の木はあるが、写真があるなら手元にほしい。

「……わかりました」
 言いなりになるのは癪だが、母を彼女らに踏みにじられるのだけは嫌だ。
「最初からそう返事をすればいいのよ、愚図!」
 真世は満足げに笑みを浮かべ、着物の生地を投げつける。

 ばさっとかぶった着物をどけようとして、ちくっと痛みが走った。
「いたっ」
 生地には待ち針がついていて、燈子はぞっとした。目に刺さらなくて良かった。

「あら。いやあね、犬ごときが公爵子息って」
 真世が見とがめて言うのは、狼の写真が大きく映った一面だ。
 燈子はむっとしたが、なにも言わなかった。他人であっても罵られるのを見るのは不快だが、わざわざ抗議して攻撃をくらう必要もない。