「どうしてここにいるんだ」
 燈子は眉を下げて首をかしげ、彼を見る。
「こういうとき、どうしていいのかわかりません。だけどきっと、ひとりじゃないほうがいいと思いました。私は母を亡くしたとき、悲しくて寂しくてたまらなかったのですが、父も誰もそばにいてくれませでした」

 父は妻を亡くしたかわいそうな自分に酔い、愛人だった麻子に慰めてもらいにでかけてばかりだった。
 女中たちは使用人の壁を超えて寄り添うことはなく、ただひとり、夜ごとに枕を濡らした。もし誰かがそばにいてくれたら、どれほど慰められただろう。

「すまない、お前は母を亡くしたのに」
「いいえ。いいんです」
 母が死んだ自分は、ある意味で見切りがついている。

 だが、彼は違う。
 目の前にいる。生きている。
 なのに、母の瞳に自分が映らない、映してもらえない。

 それはどれだけ苦しく胸を(えぐ)るだろう。
 かすかに見える希望の光。だけどそれは常に遠く、どれだけ手を伸ばしても届かない。いっそ見えなければすがることもないだろうに。なまじっか見えているだけに、乾いた喉が水を欲するように、希望を欲するに違いない。

「私はおそばにおります。慰めにならないかもしれませんが」
 言った直後、燈子は抱きしめられていた。
 驚く彼女の耳を、彼の声が力なく撫でる。