しかしそれもすぐに薄れる。どれだけあやかしを退治しようとも、その知らせを耳に入れようとも、母が心を取り戻すことはない。
 思い出に浸る間に、気付けば母の部屋に来ていた。目の前のふすまをあければ母がいる。
 颯雅は深呼吸して心を整えた。

「お母さん、入りますよ」
 口にしてみて、違和感が強かった。お母さん、母上、お母様。どの呼び方もしっくりこない。そう呼んだことがないのだから。

 部屋に入ると、母はいつかとおなじようにぼんやりと宙を見ていた。
 颯雅はゆっくりと彼女の前に進み、座った。

「お母さん、俺です。颯雅です。あなたの息子ですよ」
 静かに声をかける。が、彼女の焦点が自分に合うことはない。

「もう大人になりました。あなたの息子は、人の姿になることができましたよ」
 そっと手に触れてみるが、やはり反応はなかった。
 颯雅は手を離し、うなだれる。

 しばらくして、ぎゅっと唇を噛み締め、立ち上がった。
 廊下に出てふすまをしめた颯雅は、静かに本宅へと戻る。
 リビングに明かりが点いているのを見て、少し迷ったのち、開いたままのドアをノックした。

「颯雅様!」
 ソファの燈子が立ち上がるのを見て手で制して座らせ、口を笑みにゆがめる。

「やはりダメだった」
 それ以上は言葉にならなかった。
「そうですか……」
 燈子の声に落胆があり、颯雅は視線を床に落とした。