「いやあ、いやあ! 許して!」
 叫びながら涙を流す母。

 その姿に、絶望した。
 自分は、母にとっては脅威なのだ。
 悲鳴で駆けつけたスエは、しかし、彼を叱らなかった。
 本邸に戻ったあと「離れに行ってはなりません」とだけ告げた。

 家を訪れた親戚や来客などからこぼれる話で、自身が母に疎まれた存在だと知った。客の中には彼が人語を解しないと思う者もいて、目の前で母の話をされたからだ。

「かわいそうに。狼なんぞを産んだせいで心を壊して」
「結婚などしなければ」
「神の血と言えば聞こえはいいが」
「本当は犬と契ったのではないか?」

 下衆な言葉に、血が沸騰した。
 吠えたり噛んだりして抗議をし、そののちには父に叱られた。どれだけひどくそしられようとも噛みついた時点で負けだと言われ、悔しさに身がよじれた。

 颯雅の名は母が決めたという。
 毎日お腹を撫で、誕生を楽しみにしてくれていた母。
 生まれた瞬間に絶望を与えた自分に、生きる価値はあるのか。

 存在意義がわからなくなり、自責の念だけが降り積もる。
 父は「なにがあってもどんな姿でも俺の息子だ」と言ってくれた。だが、すでにそれだけでは埋められない穴が胸に穿たれていた。

 狼の姿で、ただただ食べて排泄し、寝る。それは獣とどれだけ変わるのか。
 俺は人だ。人間だ。そう叫びたいのに、長い口はただ咆哮をあげるのみ。どれだけ嘆いても怒っても、現実が変わることはない。
 せめて人の役に立てれば、母の名誉を取り戻せるのでは。