和風建築の離れに歩いていく颯雅は、緊張からか、ついつい足音をひそめていた。
会うのはかなり久しぶりだ。
ときおり、母が女中に連れられて庭を散歩する姿を見かけることはあった。夢の中にいるような状態だ、と医者に言われている。狼を産んだ現実を直視できず、心を現世にとどめておけなかったのだろう、と。それ以降、好きだった音楽を蓄音機で聞かせても反応はない。
なにも知らない幼い頃、颯雅は自分もいつか人になるのだと思っていた。だが、親戚が赤ちゃんを連れて来たときに違うとわかった。自分だけが生まれたときから狼の姿だったと聞いて驚愕した。
どうして自分は違うのだろう。
疑問は常にあった。
人の言葉はわかるのに、自分の言葉が届かないのももどかしかった。
人と同様に理解力、思考力があると気付いた父が家庭教師をつけてくれたから、勉強ができた。文字こそ書けなかったが、覚えたのちは本を読んだ。床に置いてもらえば自分でページをめくることはできた。今では低い本棚を置いてもらい、そこに本を置いている。背表紙を爪でひかっけて取り出すから上部はぼろぼろだ。
父は仕事で不在が多く、実際に彼を育てたのはスエだ。彼女を母だと思っていたこともある。
実の母がいると知ってからは、離れの母が気になった。
行ってはいけないと言われていたが、一度だけ、こっそり会いに行ったことがある。
部屋でぼんやりしている女性を見て、母だ、と喜んで中に入った。
目があった直後、悲鳴が上がった。
どうして? なんで?
尋ねる声は狼の吠え声。
母はさらに悲鳴を上げて、部屋の隅に逃げて行った。
会うのはかなり久しぶりだ。
ときおり、母が女中に連れられて庭を散歩する姿を見かけることはあった。夢の中にいるような状態だ、と医者に言われている。狼を産んだ現実を直視できず、心を現世にとどめておけなかったのだろう、と。それ以降、好きだった音楽を蓄音機で聞かせても反応はない。
なにも知らない幼い頃、颯雅は自分もいつか人になるのだと思っていた。だが、親戚が赤ちゃんを連れて来たときに違うとわかった。自分だけが生まれたときから狼の姿だったと聞いて驚愕した。
どうして自分は違うのだろう。
疑問は常にあった。
人の言葉はわかるのに、自分の言葉が届かないのももどかしかった。
人と同様に理解力、思考力があると気付いた父が家庭教師をつけてくれたから、勉強ができた。文字こそ書けなかったが、覚えたのちは本を読んだ。床に置いてもらえば自分でページをめくることはできた。今では低い本棚を置いてもらい、そこに本を置いている。背表紙を爪でひかっけて取り出すから上部はぼろぼろだ。
父は仕事で不在が多く、実際に彼を育てたのはスエだ。彼女を母だと思っていたこともある。
実の母がいると知ってからは、離れの母が気になった。
行ってはいけないと言われていたが、一度だけ、こっそり会いに行ったことがある。
部屋でぼんやりしている女性を見て、母だ、と喜んで中に入った。
目があった直後、悲鳴が上がった。
どうして? なんで?
尋ねる声は狼の吠え声。
母はさらに悲鳴を上げて、部屋の隅に逃げて行った。



