颯雅は翌朝には狼に戻っていたが、その顔に落胆はなかった。
仕事から戻り、ともに食事をとったあと、燈子はまた彼からキスを頼まれた。
『口でなくても効果があるかもしれない。前足で試してみないか』
了承し、今度はあらかじめ着物を着ておきたいと言われ、颯雅に着物を着せた。狼が着物を着ている姿はかわいいな、と不謹慎にも思ってしまった。
燈子は彼の前足を手にした。毛はごわごわしていて、鋭い爪が伸びていて、肉球はやわらかかった。
前足に軽く唇を押し当てた直後、輪郭がふやふやとぼやけた。
あれ? と目をこすった束の間に、もう彼は人の姿になっている。
「すごいな……」
彼は両手をかざして人間の姿である自分を確認し、それから燈子を見た。
「ありがとう。これで母に会いに行ける」
昨夜は時間が遅くなったため、京に会いにいくのは断念していた。
立ち上がった彼は着物の崩れを直してぎゅっと帯を結ぶ。
「お母様、元気になられるといいですね」
「そうだな」
颯雅は複雑そうな笑みを浮かべた。
彼を見送った燈子は、ソファに腰かける。
どうか良い結果となりますように。
ただそれだけを祈った。
第六話 終



