翌朝は彼の宣言通りに一緒に食事をいただいた。
 仕事は今日も休みで、颯雅を見送る。いつも通りの威厳ある彼に戻っていて、燈子は嬉しくなった。
 昼間はまたしても暇を持て余した燈子のために、スエが蓄音機を鳴らしてくれた。活動写真に使われた歌、浪花節などをひとしきり聴いたあと、お茶を入れてくれたスエに話しかける。

「蓄音機は凄いですね、円盤(レコード)を置くだけで音楽が聞けるなんて」
「奥様が音楽鑑賞を大好きでいらして、旦那様が買って差し上げたんですよ」
 こんな高いものを好きだからで買えるなんてすごいな、と燈子は素直に驚いた。

 夜もまた颯雅と一緒に食事をいただき、そのままなんとなくリビングで話をする。功之輔は残業でまだ戻っていない。
 シロマツは今日も元気だったとか、燈子がいないから意志の疎通に困ったとか、そんなたわいもない話を聞いたあとだった。

 ふいに言葉が途切れ、静寂が降りる。
 気まずい時間に、なにか言わないと、と焦るがうまく会話を続けられずに燈子の思考が空転する。

『この前のことだが』
 あらたまった物言いに、燈子は思わず居ずまいを正す。

『俺が人間になったのは、もしかしたら……』
 言葉を濁すから、燈子は続きを引き取った。
「たぶん、同じ予想をしています。く……」
 口づけ、と言いかけて、急に照れ臭くなった。

「唇が当たったのがきっかけではないかと……」
 熱くなる顔を伏せ、燈子はそう言った。

『事故とはいえ、女性の唇に触れたことは詫びる。だが、詫びながらいけない分際で申し訳ないが、頼みがある』