彼は颯雅が「はい」「いいえ」で答えられるように質問していた。それなら首を縦に振るか横に振るかで意思確認ができる。自分が来る前まではこうしていたのだろう。

「軍用犬って、ずっと軍にいるのだと思ってました」
『不適合の場合には民間に譲るんだ。老いて働けなくなった犬も同様。家族として飼ってくれる家庭を責任もって探す』
「シロマツも幸せにしてくれるご家庭に行けるといいですね」
 無邪気に走るシロマツを思い出す。彼なら飼ってくれたご家庭を笑顔にしてくれそうだ。

 二日の休暇届を出したときにはお昼休みが終わろうとしていた。
「すみません、私のせいでお昼休みがなくなってしまいました」
『かまわん。午後は車を手配してやるから先に帰れ』
「それでは通訳の仕事が」

「綾月大尉」
 割って入った声に、燈子と颯雅はそちらを見た。
 ぴしっと起立をした兵士がいて、颯雅を見ている。
「村松司令がお呼びであります。大鶴様もご一緒いただきたいと」

 一瞬きょとんとした燈子だが、すぐに自分が通訳だったことを思いだす。
 兵士に連れられて、颯雅と一緒に指令室に行く。
 部屋に入るのは初日の挨拶以来だ。
 足をケガしているという颯雅の説明により、燈子はソファに座らされ、颯雅は尚吾郎のデスクの前に座った。

「綾月大尉、益本中尉から報告があった。シロマツに襲いかかられた中尉が払いのけたのを咎めて一方的に暴力をふるい、あやうく殺されそうになったと。事実か?」
『そのようなことはしておりません』
 燈子は驚きながら通訳をした。