「人間様の邪魔するんじゃねえ、犬っころが!」
 男はいつだったか颯雅を侮辱した兵士だった。
「なんてひどいことするの!」
 燈子は思わず怒鳴っていた。

「できの悪い犬に躾をしてやっただけだ」
「蹴るのはしつけじゃないです!」
「女がでしゃばるな!」
 ずかずかと近寄った男は燈子をどん! と突き飛ばす。彼女はよろめいて地面に倒れた。

『大丈夫か!』
 追って来た颯雅が駆けより、燈子の隣に立った。
 燈子は立ち上がり、着物についた砂を払った。

「すみません、お借りしたお着物が汚れてしまいました」
『そんなものはいい、それより』
 颯雅は兵士を睨んで唸り声を上げた。

『国民を守るべき軍人が婦女子に手を挙げるとは、見下げた根性だな』
「大尉、どうされました? そんなに唸って、ますます犬っぽくなられましたね」

「あなた誰よ、そんな侮辱が許されると思うの!?」
 燈子は思わず言っていた。
「俺は異能部隊の益本(ますもと)だ。犬なんかよりよっぽどあやかしを(ほふ)って来たぜ」
 燈子は顔をしかめた。異能部隊の隊員は普通にはない力を持っていて、だから自尊心の強い人が多いと聞いたことがある。

「なのに犬が帝国の守護神だと? 笑わせるな!」
 怒りにぎらぎらする目が颯雅を睨みつける。颯雅もまた怒りを燃やして彼を睨み返した。
 じりじりとにらみあうふたりに、燈子は気圧されてなにも言えない。
 シロマツもまた、ただならぬ空気に尻尾をまいて燈子に寄り添っている。