『俺は誰とも結婚する気はない!』
「どうして?」
 自然に尋ね返していたが、颯雅はぎゅっと口を閉じた。
 答えない彼に、燈子は先に口を開く。

「結婚したくないなら、なおさらこの仕事はさせてください。仕事があれば生きていけます。仕事がなければ結婚にすがるしかありません」
『そうか……それもそうだな』
 ふむ、と頷く颯雅を意外に思った。理屈を話せばわかってくれる人なのかもしれない。

「私、亡くなった母のためにも絶対に幸せになりたいんです。そのためには仕事が必要です」
『ならば、お前が自立できるまでは仮の婚約者ということで認めよう。通訳はしっかりやってくれ。先の見通しが立った段階で婚約を解消する』

「それはこちらとしても助かります」
 燈子はほっとした。嘘をつくのは平気だが、ついた嘘の辻褄を合わせるのはけっこう大変だ。嘘を覚えておく記憶力も必要となる。
 それはそれとして、彼が結婚したくない理由が気になった。誰だって年頃になれば結婚を望むのが当然だと思っていた。
 狼だと感覚がいろいろと違うのかな、と燈子は首をかしげた。

***

 帝国の開国後はさまざまな技術が持ち込まれ、いっきに発展した。街には外灯が増え、夜でも明るい。
 スズラン型の外灯の下、士郎は酔っぱらってふらふらと歩いていた。
「鷹宮のやろう、今日も邪魔しやがって」
 がん! と外灯を蹴ると自分の足が痛くて士郎はしゃがみこんだ。
 その目の隅を横切るものがあり、そちらを見る。