革の座席で、燈子は居心地の悪さを感じていた。
 持ってきた着物はどれもすりきれた襤褸だったため、急遽、颯雅の母、(みやこ)の着物一式を借りることになった。髪飾りも京からの借り物で、スエが髪を結ってくれた。
 上等の絹の小紋と羽織には慣れなくて落ち着かない。襦袢も絹、帯も絹、当然帯締めも絹。公爵夫人ともなると普段着が上等なのだとは理解できるが、汚したらどれほどの損害になるのかと気になって仕方がない。

「車は初めてかね?」
「はい」
 功之輔の問いに、燈子は素直に答える。

「どうだね、乗ってみた感想は」
「早くて驚きました。私も運転してみたいです」
「運転したい、とは」
 ははは、と功之輔が楽しそうに笑うと、颯雅が鼻で笑った。

『女が車を運転するなど』
「女だって手と足があればできます」
『嫌味か』
「先に意地悪をおっしゃったのは颯雅様です」
「仲がいいな」
 痴話げんかだと思ったらしい功之は愉快そうに笑った。

 車が駐屯所に止まると、運転手がドアを開けてくれて颯雅の次に降りた。
 駐屯所はコンクリでできた門の奥にあり、レンガ造りの威風堂々としたたたずまいを見せていた。
「綾月准将ではないですか! 今日はどういうご用件で!?」
 へらへらした声とともに、くたびれたスーツの男性が功之輔に頭を下げていた。